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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
Uehiro Project for the Asian Research Library

COLLECTION

古田元夫文庫

English

古田元夫文庫は、東京大学名誉教授・ベトナム国家大学ハノイ校日越大学学長でベトナム現代史を専門とする古田元夫(ふるた・もとお:1949~)氏の旧蔵資料335点からなるコレクションで、現在、東京大学アジア研究図書館に収蔵されている。コレクションは図書および製本雑誌263点と、マイクロ資料69件、CD-ROM3点からなる。このうち図書と製本雑誌について、言語別構成はベトナム語が約97%と圧倒的多数を占め、他に英語、中国語、フランス語、ロシア語資料がある。2009年から2015年まで附属図書館長をつとめた氏が、このような構成の資料をアジア研究図書館に寄贈した背景には、ベトナム語資料の体系的なコレクションをつくり、それを個々の研究者の手元に置くのではなく、一般に利用が可能なしかるべき図書館に設置する必要があるという氏の信念がある(古田 1994: 143; 1996: 58)。

氏は東京大学教養学部教養学科に提出した卒業論文の課題に1945年のベトナムの八月革命(ベトナム民主共和国の建国をもたらした革命)をとりあげて以来、現在まで一貫してベトナム現代史研究を行ってきた(古田 2017: 6)。氏が大学院生だった1970年代の半ば、ベトナム語文献の入手は大変困難であった。氏は当時の状況について、「ベトナム語で書かれたものならば、ハノイから来た方が土産物を包むためにもってきた新聞の切れはしでも、われわれにとっては一級の資料だった」と回顧している(古田 1994: 142)。

このような状況において、氏は1977年にはじまる日本語講師としてのベトナム長期滞在中、ともかくも「本を買うこと」、可能ならば現代史研究の基礎となる体系的なコレクションを揃えることを、日本語教育につぐ第二の最重要課題と考え、毎週1回、ハノイ市郊外の古本屋から滞在先のホテルまでの約5キロメートルの道を、ブレーキのきかないベトナム製自転車の荷台にくくりつけて運ぶ生活を送った。しかし、このような苦労を経て日本に持ち帰った資料は、受入体制や製本の必要から東京大学の図書館・室では受入が実現しなかった((古田 1994: 142-143)参照)。当時収集された資料と、その後氏が東京大学を退職するまでに収集した資料は、2014年に東京大学附属図書館にアジア研究図書館上廣倫理財団寄附研究部門 (U-PARL)が設置されたことを契機に、ようやく図書館に受入れられ、一般に公開されることとなった。

古田元夫文庫の中でとりわけ特色ある資料としては、下記の三種の資料が挙げられる。
第一の資料は、「党文献」(văn kiện Đảng)と呼ばれる資料やその関連資料である。「党文献」はベトナム共産党―インドシナ共産党―ベトナム労働党―ベトナム共産党と変遷したベトナム人共産主義者の諸組織の主要な決議・決定を収録した資料で、ベトナム現代史の最も基礎的な資料の一つである((古田 1994: 142)参照)。中央レベルの資料のタイトルを具体的に挙げれば、ベトナム労働党時代に発行された『党文献: 内部資料(Văn kiện Đảng : Lưu hành nội bộ)』(1963~1964年発行)や、南北統一後に発行された『党文献1930~1945: 内部資料(Văn kiện Đảng 1930-1945: Lưu hành nội bộ)』(1977年発行)、『党文献1945~1954(Văn kiện Đảng 1945-1954)』(1979~1980年発行)、『党文献全集(Văn kiện Đảng toàn tập)』(1998年~発行)などがある。また「党文献」と関連する資料として、ベトナム民主共和国第二~三期国会の「文献(văn kiện)」(1960~71年発行、欠号あり)や党史、地方レベル(省レベル)の「党文献」、党支部史、地方史がある。現在、『党文献全集』はベトナム共産党中央宣教委員会(Ban tuyên giáo trung ương Đảng cộng sản Việt Nam)のウェブサイト(https://tulieuvankien.dangcongsan.vn/van-kien-tu-lieu-ve-dang/book/van-kien-dang-toan-tap/van-kien-dang-toan-tap-tap-1-15)からフルテキストがダウンロード可能であるから、主要な決議・決定はオンライン上で容易に読むことができる。とはいえ、これらの「党文献」と呼ばれる資料やその関連資料は、刊行または公開されたそれぞれの時点の党の立場を反映しているものであることや、ウェブサイト上で公開されている資料は公開後も差し替えできることを考えれば、紙媒体の資料を日本国内で保管することの重要性は極めて高い。


写真1:『党文献全集』

 第二の資料は、ベトナムで発行された定期刊行物である。U-PARLが氏から寄贈の申し出を受けた定期刊行物は冊数にして621冊に及んだ。そのなかから、東京大学が既に所蔵している資料や同時期に桜井由躬雄氏のご遺族から東京大学に寄贈された資料を除いた資料が、東京大学アジア研究図書館に受入されることになっている。受入予定の代表的なタイトルは、『月刊ニャンザン(Nhân dân nguyệt san)』(1955年)、『経済研究(Nghiên cứu kinh tế)』(1968~2014年、欠号あり)、『歴史研究(Nghiên cứu lịch sử)』(1983~2014年、欠号あり)などの、ベトナム民主共和国・ベトナム社会主義共和国で刊行された代表的な学術雑誌である。これらの資料が一研究者によって自費で収集され保管されてきた定期刊行物コレクションとしては極めて息の長いコレクションであること、日本との間の学術交流が困難であった1950年代から1980年代までに刊行された巻号が多く含まれることは特筆に値する。またベトナム共和国(南ベトナム)政権下で刊行された学術雑誌『史地(Sử địa)』(1966~1974年、欠号あり)も一部含まれている。


写真2:定期刊行物『経済研究』

 第三の資料は、1908~1948年頃に発行されたカトリック教会関係の活版出版物、たとえば香港のパリ外国宣教会印刷所ナザレ(Nazareth)で発行された『聖人伝、一日一話(Hạnh các thánh, mỗi ngày mỗi truyện)』、ハーナム省のケーソー(Kẻ Sở)の印刷所で発行された『教会史略(Hội-thánh sử lược)』や、ハノイの印刷所で発行された『教会史記(Sử ký hội thánh)』、『カテキスタの書(Sách thày giảng)』、ニンビン省のファットジェム(Phát Diệm)とナムディン省のブイチュー(Bùi Chu)で発行された『福音引解(Phúc âm dẫn giải)』である。カトリックはベトナム語のローマ字表記法の考案・普及やフランス植民地主義と深い関わり合いを持ち、第一次インドシナ戦争からベトナム戦争の時期にかけては共産主義者に対抗する政治勢力にもなった(古田 2017: 15-16, 22-23)。そのため、これらの出版物は、ベトナム宗教研究の資料として重要性を持つのみならず、ベトナムの出版史やベトナム史の面でも着目されるべき資料である。これらの資料のうち、現在ベトナム国家図書館で所蔵・公開されている資料は一部にとどまるため、国際的にも貴重な資料といえる。

マイクロ資料については、『ル・パリア(Le Paria)』(1922~1926年)、『ニャンザン(Nhân dân)』(1954~1964年)、『新越華報(Hsin Yueh Hua Pa)』(1967~1969年)、『ベトナム人(Người Việt)』(1984~1992年)などのベトナム関係資料のほか、『ラオス王国官報(Journal officiel du Royaume du Laos)』(1955~1970年)がある。


写真3:『聖人伝、一日一話』

 古田元夫文庫はU-PARLが2014年度から2017年度にかけて整理を行い、2017年度に東京大学アジア研究図書館に寄贈された。整理業務は澁谷由紀(U-PARL特任研究員)、藤倉哲郎(U-PARL元特任研究員・現愛知県立大学准教授)、佐藤章太(総合文化研究科博士課程)が担当した。

また2015年度には、古田元夫文庫の受入にあわせ、図書資料168冊、マイクロフィルム10リール、マイクロフィッシュ14箱がアジア研究図書館蔵書として総合文化研究科から附属図書館に移管された。移管された資料のうち、主な図書資料はベトナムの地方レベルの共産党史、革命史、地方史、地誌であり、主なマイクロ資料はフランス植民地期の定期刊行物である『学生(Hoc-sinh)』(1936~1939年)、『週刊フォンホア(Phong hóa : Tuần báo)』(1932~1936年)のほか、『カンボジア研究(Études cambodgiennes)』(1965~1966年)などである。


写真4:総合文化研究科から移管された資料

<参考文献>
古田元夫 1994: 「ベトナム現代史関係図書コレクション」『東南アジア-歴史と文化-』
1994(23): 141-143. (https://doi.org/10.5512/sea.1994.141
古田元夫 1996:  「ベトナムとの学術交流: 開かれた扉(特集: 東南アジア諸国との学術交流)」『学術月報』49(3): 314-318.
古田元夫 2009: 『ドイモイの誕生: ベトナムにおける改革路線の形成過程』東京: 青木書店.
古田元夫 2017: 『ベトナムの基礎知識』東京: めこん.
Ban tuyên giáo trung ương Đảng cộng sản Việt Nam. “Tư liệu văn kiện Đảng”,
https://tulieuvankien.dangcongsan.vn/van-kien-tu-lieu-ve-dang/van-kien-dang-toan-tap, (Accessed on 2-17-2021).
Trung Tâm Hành Hương Sở Kiện. “Lịch sử Nhà in và Sách in tại Sở Kiện”,
http://trungtamhanhhuongsokien.org/2014/10/13/lich-su-nha-in-va-sach-in-tai-so-kien/,  (Accessed on 2-17-2021).

澁谷由紀(U-PARL特任研究員) 2021年4月5日

 

注1:古田元夫文庫のOPAC登録作業は終了しています(マイクロ資料、雑誌資料を除く)。(OPACで詳細を見る