北村友人
東京大学大学院教育学研究科准教授
*北村友人准教授は、比較教育学・国際教育開発論を専門とする東京大学の研究者で、ユネスコ勤務等を経て長くアジア地域の教育について考えてこられました。本コレクション「ACCU寄贈識字教育資料」の本学受け入れにあたり多大なご尽力をいただき、資料活用の多様な可能性についてご教示いただきました。ご寄稿に感謝申し上げます。ACCU寄贈識字教育資料の概要はこちらをご覧ください。
東京大学附属図書館アジア研究図書館では、2014年6月に公益財団法人ユネスコ・アジア文化センター(ACCU)よりアジア太平洋地域の「識字教育資料」の寄贈を受けた。この識字資料の概要は東京大学附属図書館U-PARLのホームページ(http://u-parl.lib.u-tokyo.ac.jp/wp/japanese/accu)を参照いただくとして、この小論では資料の背景について紹介したい。
そもそもACCUは、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の理念にもとづき、アジア太平洋諸国の文化の振興と相互理解に寄与することを目的として、日本政府と民間の協力によって1971年に設立された財団法人である。ACCUは、ユネスコと緊密に連携しながら、アジア太平洋地域における教育協力、人物交流、文化協力の分野で多くの事業を展開している。とくにユネスコにとって最も重要な領域である教育協力事業は、ACCUの事業においても中核を占めてきた。ACCUによる教育協力事業のなかでも、とりわけ「識字教育」において先駆的かつ革新的な役割を果たしてきたことは、アジア太平洋地域の教育関係者たちに広く知られている。
主に読み書きのできない成人(15歳以上)を対象とする識字教育は、途上国への教育協力のなかでも最も困難な領域だと言われている。その背景には、学校教育と較べて優先順位が低いため、対象となる人口が非常に多いにもかかわらず政府や援助機関からの財政支援が限られており、教育の質を上げることが難しい状況がある。また、基本的な読み書きを身につけてもそれが就職や所得向上に容易には直結しないため、識字教育を受ける人たちのモチベーションを保つことが難しく、プログラムの途中で挫折してしまう人が多いことも課題である。
このような困難を抱える識字教育に、長年にわたり積極的に取り組み、多くの成果を上げてきたのがACCUである。ACCUの識字教育事業は、ユネスコでも高い評価を受けているが、その理由としてACCUが常に現地の人々に寄り添いながら識字教育を行ってきたことを指摘したい。1970年代からアジア各地で識字教育事業を始めたACCUは、それぞれの社会においてどのような識字教育が求められているのかを丁寧に検証してきた。そうした努力の積み重ねを、今回寄贈していただいた資料のなかにも見てとることができる。
今回寄贈された25か国・28言語に及ぶ識字教育の資料は、1970年代から今日に至るまで、それぞれの国や社会で人々が生活するなかで、何を大切にし、どのように日々の営みを積み重ねていたかを鮮明に映し出している。これらの資料は、アジア各地における教育のあり方を考えるうえで重要なものであるばかりではなく、社会・文化・習俗・言語などについても貴重な情報を提供してくれる。
たとえば筆者が専門とする比較教育学の観点からみると、アジア各地における文化・習俗と教育の関係を考えるうえで、極めて資料的な価値が高いものが多い。とくに、こうした識字教育の教材は、学校教育で使用される教科書・教材に較べるときちんと保管されていることは極めて珍しく、時間が経つにつれ散逸してしまうケースがほとんどである。実際、アジア太平洋地域の教育分野を統括するユネスコ・バンコク事務所をみても、識字教育に関する資料の収蔵は不十分であると言わざるを得ない。そうしたなか、これだけまとまった形でアーカイブされることは、学術的にも社会的にも意義が大きい。今後、これらの資料が、教育研究者のみならず、教育協力の実務に携わる人々にも参照されることを期待している。
また、大学という場を考えると、学生たちにもぜひ積極的にこれらの資料を活用していって欲しい。とくに、東京大学が国際化を進めるなかで、アジア各地からの留学生もさらに増えていくことが見込まれる。そうした留学生たちが、自国の教育や社会・文化について研究する際に、「自国でも見つけられない資料」をこのなかに見つけることができるであろう。もちろん、日本人学生をはじめアジアに関心をもつ幅広い学生たちにも、ぜひこれらの資料を大いに活用してもらいたい。
この識字教育資料を通して、ACCUがアジアの人々と積み重ねてきた「想い」を受け継ぎ、さらに研究者や実務家、そして次世代の学生たちへと繋いでいくことができるはずである。アジア教育研究・実践の発展に資するコレクションを東京大学のアジア研究図書館が受け入れることは、アジアの教育研究に携わる一学徒としてとても嬉しく思う。今回の受け入れにご尽力いただいた関係者の皆さんに感謝の意を表して、小論の結びとしたい。