東京大学文学部教授で歴史地域学者の桜井由躬雄(さくらい・ゆみお:1945-2012)氏の旧蔵書です。ベトナム語書籍約1000冊、洋書約50冊からなっています。
ベトナムの歴史、地理、政治等に関する蔵書が大半を占めています。桜井由躬雄氏の研究は、
(1) 漢文史料に依拠し歴史学の手法で行われた、北部紅河デルタにおける村落共有田制度の展開に関する研究
(2) 紅河デルタ開拓史
(3) フィールドワーク調査を通じて行われた紅河デルタ農村研究(バックコック研究)
(4) 碑文史料の収集を通じて行われたハノイ市の歴史に関する研究があります。
本文庫の内容はこれらの研究を反映し、北部紅河デルタ村落とハノイ市史に関する文献は国内随一の規模となっています。一方、とりわけ希少性の高い文献としては、桜井氏が第二代の外務省在外公館専門調査員としてハノイ市に赴任していた1985年から1987年初頭にかけて収集された書籍があります。この時期はベトナム共産党がドイモイ(刷新)と呼ばれる改革を本格的に開始する前、すなわちベトナムが資本主義諸国の研究者に扉を開く前の時期にあたるため、この時期の出版物を所蔵する研究者や研究機関は極めて限られています。ベトナムにおける社会主義建設や歴史認識の変遷をたどるためには本文庫の書籍は貴重な資料です。
その他に当文庫の中核としては以下のコレクションがあげられます。
(1) 漢字・字喃(=ハンノム文献、ベトナム漢籍)については、主にベトナム社会主義共和国時代およびベトナム共和国時代の南部で発行された影印本があります。
(2) ベトナム社会主義共和国時代に発行された地方各省の郷土誌(地誌)や統計書は紅河デルタ以外の地域も含めて網羅的に収集されており、該当地域の地域研究に欠かせない基礎資料です。
(3) 国レベルの統計書では、農業や農村の生活水準など特定の主題に特化した統計書など発行部数が極めて少なく、日本国内で入手困難なものも含まれています。
桜井由躬雄氏の略歴・著作一覧については『一つの太陽 : オールウエイズ』(めこん、 2013)pp.i-xivにまとめられています。蔵書の内容に特に関係する著書・論文として、『ベトナム村落の形成-村落共有田=コンディエン制の史的展開』(創文社、1987)、『ハノイの憂鬱』(めこん、1989)、「ベトナム初級合作社の形成 : 紅河デルタ一小村バックコックのオーラルヒストリー 一九五九-一九六二」(『史学雑誌』115-12、1-38頁、2006)があります。