南国からの美味しい話

ローカル市場の果物売り場

ローカル市場の果物売り場

現地での図書館通いが何日も続いていると、図書館の閉館日は、ほっと一息できる貴重な日だ。自分の調査研究から少し離れて、街歩きをしたくなる。蒸し暑い屋外の空気は、エアコンの効いた閲覧室で忘れかけていた、東南アジアにいるということを思い出させてくれる。東南アジアでの街歩きで面白いのは、何といっても地元の食料品市場(いちば)の見物である。外国資本の大手スーパーが進出している大きな街であっても、様々な商売人が丁寧に商品を積み上げている売り場の活気は、依然としてローカルな市場が人々にとって重要な買い物の場であることを実感させてくれる。雑然としているようでも、商品の性質ごと、秩序よく区画されている。肉屋、魚屋、乾物屋、おかず屋・・・なかでも私が好きなのは、色彩豊かな青果売り場である。都市近郊の村々から運ばれてくる野菜や果物、最近では交通事情がうんとよくなって、数百キロ離れた遠隔地の高原野菜や果物も並んでいる。年々、品揃えがよくなっているようにさえ感じられる。

台所のないホテル滞在の身でも、そんな食料品市場での買い物が楽しめるのが果物だ。日本で目にすることの少ないトロピカルフルーツを買って食べるのはとても楽しい。とにかく安く買えるというのも魅力だ。だからいつでもどこでも果物を切って食べられるようにと、私はいつもアウトドア用の折り畳み式ナイフを持ち歩いている。公園のベンチで一休みして食べることもあるし、カットの仕方に慣れていない果物は多めに買って、ホテル従業員に器用にカットしてもらって一緒に食べることもある。マンゴー、パパイヤ、スイカ、パッションフルーツ、釈迦頭、ジャックフルーツ、パイナップル、マンゴスチン、ライチ、竜眼、ドラゴンフルーツ、ドリアンなど様々な果物をこれまで味わってきた。それらの果物は、それぞれの旬になると常設市場の売り場に並べられるだけでなく、行商人が登場してそこここの路上で山のように積み上げて売るようになる。

そんな風にして現地での休日を楽しんでいると、どうしてもそれらの果物を日本にも持ってきたいという衝動にかられる。しかしご存知の通り、果物に限らず、海外から持ち込まれるあらゆる動植物(ハムなどの肉製品も含めて)は、空港での検疫の対象である。手荷物受取後、税関検査の前に、動物検疫所カウンターや植物検疫カウンターで輸入検査を受けなければならない。検疫所・防疫所は、日本の農産物や生態系を、海外の病気や害虫から守ってくれているのだから、こっそり持ち込んだりしてはいけない。以前、検査さえ形だけでも受ければ通してくれるものと思って、試しにマンゴー、ライチ、釈迦頭を持ち帰り、検疫カウンターに出してみたが、全部没収となった。検疫スタッフの目はなかなか厳しい。結局、ほとんどの果物が、日本には持ち込むことはできないことが判明した。

ドリアン、若かりし頃

ドリアン、若かりし頃ドリアン、晴れの舞台 ドリアン、晴れの舞台

渡航前のある日、日本でこんな噂を聞いた・・・「ココナッツとパイナップルは堅すぎて、ドリアンはクサすぎて、それぞれ虫がつかないから、海外から日本に持ち込める」と。そこで、その噂を検証しようと、先日の海外渡航の折に、パイナップルとドリアンの輸入に挑戦してみた。これらの果物の難点は、マンゴーやマンゴスチンと比べて、トゲがあって扱いにくく、ひと単位の実が重いこと。そしてドリアンはやはりニオイ・・・否カオリが強烈である。それでも日本に無事に入国させられた折には、立派な姿を家族や友人に自慢したかったので、持込み初挑戦の今回は、果物の諸王の名にふさわしく丸のままで持ち込むことを画策した。強烈な「芳香」のあるドリアンは、機内に持ち込むことを断念した――そもそも機内持ち込みお断りの航空会社がほとんどである―――。なるべく帰国直前のタイミングで、まだ熟れきっていない実を選んで購入し、実を丸のままビニール袋とテープで何重にもパッキングしてから、他のお土産にも割けるスペースを強引に空けてスーツケースしまい込んだ。立派な葉のついたパイナップルは、もはやスーツケースに入るスペースは残っていないので、手提げに入れて機内に持ち込みことにした。

現地空港でのチェックインの折、私のスーツケースからは熟し始めているドリアンのかすかな「芳香」が漂っているように思えたが、航空会社の地上スタッフは、そんなことに気を留めることなく、手荷物として預かってくれた。その日の飛行機は満席で、座席上の収納棚もいっぱい。パイナップルはやむなく、座席下のスペースに押し込めるしかなかった。さすがの王者もそんなところにおとなしく収まってくれず、飛行中、その立派なトゲは、私の足を容赦なく刺してきた。

約6時間を経て飛行機が地上に降り立ち、手荷物受取所でドリアンと再会した。いよいよ植物検疫カウンターに向かった。何も悪いことしているわけではないないのに、緊張した。パイナップルを手提げから出し、ドリアンもパッキングを解いて、検疫スタッフの前に差し出した。スタッフは丁寧に果物を回しながら全体をチェックし始めた。問答無用で没収されてしまう他のフルーツと違って、やはり王者たちへの対応は一味違うようだ。5分ほどの検査で、ドリアンもパイナップルも、輸入検査合格となり、持ち込可との判断が下された。果物たちは、検疫済のテープをぐるぐる巻かれた。次に進んだ税関検査カウンターでは、このテープが、国境を越えることができた王者にのみ与えられる勲章のように、ひときわ輝いているように私には見えた。

ドリアン、解体される

ドリアン、解体されるドリアン、食卓へ ドリアン、食卓へ

後日、農林水産省農林水産省植物防疫所ホームページに、東南アジアから持ち込める果物としてパイナップル、ココナッツ、ドリアンが挙げられていることを知った(<よくあるご質問(海外編):海外からの植物の持ち込みに関するご質問>[2014年8月13日閲覧]参照)。もちろん、これらの果物も輸入検査の例外ではなく、植物検疫カウンターで検査を受ける義務がある。私が、検疫スタッフから聞いた話では、これらの果物でも、現地の市場での保管環境によっては、カイガラムシと呼ばれる害虫がついてしまうことがあるので、ホテルの洗面所などで、歯ブラシなどを使って実の外皮を掃除して汚れを取り除いておくと、これらの果実が、検疫をクリアできる確実性も一層増すという。

 

さて、初の持ち込みに成功したドリアンとパイナップルのその後はというと。植物検疫カウンターでパッケージを解いてしまったものだから、さらに熟度が進んでいたドリアンのにおいを再び封じ込めることは簡単にはできず、空港から乗車した列車のなかは、避けようもなくドリアンくさなってしまった。そのドリアン車両は、ちょうどラッシュ時の都心を通り抜けていくことになった。通勤者のヒンシュクを買っていたかどうか、居眠りしていた私にはわからなかった。ようやくたどり着いた自宅では、妻は強烈なにおいに辟易し、他のお土産のスペースを奪ったことにあきれた。息子は、見慣れぬ不気味な果物を怖がり近づきもしてくれなった。仕方がなく、翌日あった東南アジア研究者仲間の研究会のおやつとして持参した。けれどそこでもドリアン嫌いはたくさんいて、結局、部屋から出て食べてくれと追い出されてしまった。パイナップルのほうは、まあまあ美味しかったが、スーパーマーケットでもよく目にするこの果物に、家族はそれほど感動を覚えてくれなかった。

この経験以来、パイナップルだけ、安くて旨いを宣伝文句に、よく熟れて甘そうな実を選んで持ち帰るようにしている。もちろんトゲのある葉っぱは現地で切り落とした上で、コンパクトにパッケージして、他のお土産のスペースをあまり奪わないように注意している。

藤倉哲郎: U-PARL特任研究員