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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
Uehiro Project for the Asian Research Library

COLUMN

図書館利用者の満足度はどのようにして測られうるのか—アジア専門図書館国際会議参加記—

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2015年4月22日から24日の3日間にわたり韓国のソウルにて第4回アジア専門図書館国際会議International Conference of Asian Special Libraries (ICoASL 2015)が開催され、U-PARLを代表してこの会議に参加してきた。この会議は専門図書館協会(The Special Libraries Association)の主催で、2008年から2,3年に一度のペースで開催されてきたものである。

過去の開催情報は下記の通りである。

第1回 2008年 インド・イスラーム文化センター(インド)

テーマ:不明

第2回 2011年 東京

テーマ:“Building User Trust: The Key to Special Libraries Renaissance in the Digital Era”

第3回 2013年 フィリピン

テーマ:“Special Libraries towards Achieving Dynamic, Strategic, and Responsible Working Environment”

参照:ICoASL2015ウェブサイト(http://www.icoasl2015.com/)

そして第4回となる今回のテーマは“Creating the New Values beyond Library(図書館を超えて新たな価値を作り出す)”であった。昨今、図書館の機能や図書館員の役割をめぐっては、その拡充を推進する議論を様々なところで耳にするようになった。例えば、その代表的なものとして大学図書館におけるレファレンス機能の強化があげられる。従来の大学図書館のレファレンスのサービスは、レファレンスカウンターにやってきた人のみを対象にし、かつ質問に対して回答するにとどまるものであった。しかし現在の大学図書館に求められているレファレンスサービスは、まず学生に対しては積極的に文献検索方法を伝授し、学生がより多くの有益な文献にアクセスできる手助けをしていくことが必要とされる(これについては多くの日本の大学図書館ですでに実行されていることであろう)。さらに、その大学に所属する研究者や教員に対しては、各人の研究テーマに関係する文献や研究プロジェクトを紹介したり、今学界でどのような研究が注目されているかに関する情報を提供していかなくてはならないと考える動きが出ているのである。欧米の図書館情報系のウェブサイトを覗いていると、では「今注目されている研究」は何を指標にして評価されるのか、研究のインパクトはどのように測ることができるのかといったオルトメトリクスに関する議論が盛んにおこなわれているように見受けられる。今回のテーマはそのような内容が中心的に議論されるだろうことを予感させるものであった。

この予想は見事に的中し、両日午前中に行われた招待講演での講演内容はこれからの図書館の課題としてあげられるウェブ利用によるヴァーチャル空間(デジタル・ライブラリ、デジタル・コレクション、ヴァーチャル展示等)の拡充やタブレット端末の導入、大学コンソーシアムの発展、ソーシャルネットワークサービスとの連携といったものの重要性や課題について議論された。

以下が招待講演の講演者とタイトルである。

Keynote Speaker

Jill Strand (USA), 2015 SLA President

Learning into the Curve: Demonstrating the Value of Information Professionals

Invited Speakers

Diana Chan (Hong Kong), University Librarian

Creating Values in the Digital Domain

Kiduk Yang (Korea), Professor

Library XG: To Survive or to Thrive

Klaus Tochtemann (Germany), Professor

Science in Transition and its Impact on Scienticic Libraries

Richard Savory (UK), Licensing Manager

JISC Collections: Structure and Activities

Pascalia Boutsiouci (Switzerland), Head of Consortium of Swiss Academic Libraries

Times Change and We Change with Them

 

各講演者はこれらの内容について自分たちの図書館の事例に基づきながら話を展開していったのであるが、彼らが用意したスライドに映し出されたのはまさに「近未来の」図書館——それは、書架がなく、本も置かれていない、代わりに置かれているのはパソコン端末のみのフロア!——であった。講演者たちは誇らしげに完全にデジタル化された図書館の利便性や、facebookやtwitterなどのソーシャルネットワークサービスの有効性について語り、これこそがこれからの図書館像であるという方向付けをしたのであった。スライドのなかの図書館は、求めている資料にオンライン上でどこからでも瞬時にアクセスすることができるというアクセサビリティの良さ、資料をデジタル化することによって本を置くスペースや利用者のためのスペースを考慮しなくてよくなるという省スペース性を備えており、現在多くの図書館が抱えている問題が解決されているように見えた。彼らによれば、実際にこのような新しい図書館は利用者から好意的に受け入れられているという。しかし、講演後の質疑応答のなかで、一つのシンプルな、しかし実に的を得た質問が参加者(確かインドからの参加者だったと思う)から出された。それは、「そのような図書館がユーザーから支持されていると言うが、何を指標にしてユーザーの満足度をはかっているのか?」というものであった。意外なことに、講演者の回答は「自分の周りのユーザーがそういっている」というものであった。

現在、日本においても欧米式の「近未来型」図書館へ移行しようとする動きが各所で見られている。東京大学附属図書館の「新図書館計画」、またその枠組みのなかで進められているアジア研究図書館の計画もこのような流れのなかに位置付けることができるだろう。私自身も、図書館がより使いやすく、かつより多くの資料を収蔵するためには、どのような仕組みが必要であるか、日々考えさせられている。しかし、先の質問は、そのような仕組みをつくる側が利用者の求めるものを見失ってはいないだろうか、ということを問いかけるものであった。

さて、招待講演の後は、3つのセッションが並行する形で個別の発表が行われた。ここでの発表者はみなアジア地域からの参加者であり、各国の大学図書館等の状況を知ることができるよい機会であった。この発表のなかでわかったことは、招待講演で見せられた「近未来型」図書館を目指すべきものとすれば、アジア地域の図書館の状況はそれとは程遠い、「後進的な」状況であるということであった。例えば、最も印象的な話にバングラデシュの報告がある。報告者によれば、バングラデシュではインターネット回線自体がまだ十分に整備されていないためインターネットを安定的に使うことができないのだという。彼らにとっての目下の課題はデジタル化やソーシャルネットワークサービスの利用などではなく、そもそものインフラであるインターネット回線の安定化である。「アジア」といってもその中には様々な状況があるが、バングラデシュのような問題を抱えている国や地域は少なくないのではないだろうか。

 DSC_5431会場入口に設置された書店や出版社のブース。デジタル書籍の販売が中心であった。

3日目は韓国国内の図書館視察ツアーが組まれ、私は延世大学校アンダーウッド国際大学図書館へのツアーに参加した。ソウルの中心地から2時間ほどバスに揺られ、大学のある小高い丘の上に到着するやいなや、まぶしいくらいに真っ白な校舎が目に飛び込んできた。アンダーウッド国際大学は2006年に創設されたばかりの新しい大学とのことであり、なるほど敷地内の木々もまだ若い。キャンパスのほぼ中心に位置するアンダーウッド記念図書館に案内されると、そこには超近代的なビルディングがそびえており、それを見て驚きと興奮で満ちた各国の参加者たちは、早速、建物をバックにして記念撮影をしていた。

DSC_5557美しい校舎が立ち並ぶ延世大学構内

DSC_5562アンダーウッド記念図書館

私たちは最初に地下のホールに通されたが、その空間に置かれていたのは検索用のパソコンが数台と、壁に埋め込まれた展示用ディスプレイくらいであり、まるでホテルのロビーのようで、説明を受けなければ誰もそこが図書館であると思わないような空間であった。そこから各階に案内され、その図書館の目玉となる空間や設備などを見学することができた。このツアーの案内役は流暢な英語を話すアンダーウッド記念図書館のライブラリアンであったが、彼女によればこの図書館の特徴の一つは独自のソーシャルネットワークを導入していることであるという。これは読書ノートのような機能を持っており、利用者間でのおすすめ本や人気図書の情報を共有することができ、かつ似たような好みを持つ読書仲間を発見することもできるというものであった。ちょうど「読書メーター」の学内版のようなものであると理解した。

DSC_5571ホテルのようなロビー。右側のスクリーンではTEDを上映していた。

DSC_5570柱に描かれたフロアガイド。所々に漂うおしゃれ感。

DSC_5594トイレの案内。ちょっとしたところにもこだわりを感じる。

DSC_5603学内で使用されている読書アプリを映し出している巨大ディスプレイ。タッチスクリーン式になっている。

また、利用者が読書に耽ることができるような洞窟のようなベンチ?その名も「パンセpensée」もこの図書館の目玉として紹介された。本を読みながらメモをとることが多い私にとっては、きちんとした机がないと不便を感じるが、ただ読むというだけであればなるほど集中できそうである。同フロアには最新の出版物や図書館が推薦する図書をディスプレイするための書棚が置かれており、そこに並んでいる本を持ってきては読書に没頭することができるようになっていた。新刊書などが並べられている書棚は、白く塗られたスチール棚に木目調の板が側面に貼めこまれており、おしゃれ感が漂う。その状態の説明としては、「本が飾られている」と言う方が正確かもしれない。また、その周囲に配置されたソファも形状にこだわった様子がうかがわれた。この図書館は空間的なデザインも重視していることが伝わってきた。

DSC_5615パンセpensée。居眠りにもってこい?

DSC_5613球体はパンセの後ろ姿。形が愛らしい卵形になっている。ブックツリーも配置されている。

DSC_5609新刊書や推薦書が並べられているフロア。ソファもリッチ。

DSC_5612分類ラベル

 

デジタルネットワークの活用や十分な設備に加えて、洗練されたデザインの追求...この図書館が潤沢な資金を持っていることは明らかである。うらやましい限りだ、きっと悩みなどないのであろうと考えていたところで、あることに気づいた。そう、利用者の姿がほとんど見当たらないのである。パンセの中で読書に耽る利用者や、最新図書をブラウジングする利用者が、いない。確かにデジタル化が進めば、図書館の学習の場としての機能は縮小するのは想像できる(このことは前日の招待講演でも述べられていた)。しかし、それにしても利用者が少ない。平日のことである、もっといてもよいのではないか。無論、私が案内されたのは図書館の一部にすぎないので、利用者は別の部屋に隠れていたのかもしれないが。

 

そのような疑問を抱きつつ次に案内されたのはメディアのフロアであった。このフロアには、映像資料などを見るためのブースが一面に並んでいた。ブースは一人掛けと二人掛けの2タイプがあり、各ブースはある程度間仕切りされ、漫画喫茶的な空間になっていた。ブースのなかを覗かせてもらったが、ここには3人ほどの利用者がいて、少し安心した。その傍らには映像を編集するための編集室や、授業で映像を見る時に利用できるような大人数用のシアタールームがあった。視察ツアーの参加者たちはただただ感心するばかりといった様子であった。図書館視察で案内されたのはここまで、この後記念撮影をして解散となった。

DSC_5595メディアルームの個別ブース

DSC_5597二人掛け用のブース。このブースが必要となる学習シーンを考えてみたが私には思いつかなかった。

 

さて、この図書館視察ツアー中、同ツアーに参加していたイランからの図書館員と知り合い、大学図書館の状況について意見交換を行ったが、彼はイランの大学図書館と今回訪問したアンダーウッド記念図書館の状況のあまりの差に愕然としていた。「デジタル化」や「コモンズ」などをキーワードにした昨今の「新しい図書館」の模索は結局のところ欧米の図書館が主導に進められているものであり、この動きに同調していくことができるのはアジアのなかでも経済的に恵まれている国や機関に限られる。デジタル図書や雑誌、データベースは確かにどこからでもアクセスでき利用者にとっては便利かもしれない。しかしその購入には大変な費用を要し、かつ維持にも支出が伴う。維持費を支払わなければ購読停止となる。その時に図書館がその資料の現物版を購入して所蔵していなければ、利用者は資料にアクセスできなくなってしまう。だから図書館は維持費の支払いをしていかなくてはならない。一方、維持費の価格が上昇する可能性も否定できない。したがって、年間の維持費の支払いが可能であることを見込めるような財源が確保されていなければ、そう簡単にデジタル資料の購読に移行することができない。また、そもそもの値段が高額である。出版社によっては地域に応じた価格設定をしているところもあるかもしれないが、欧米の出版社が販売するデジタル資料は軒並み高額である。このような問題が解消されないかぎり、欧米諸国主導の「新しい図書館」が真の意味でのグローバルスタンダードとなることはないであろう。今後はますます欧米の図書館(デジタル、ヴァーチャル空間、サービスを提供する媒体としての図書館)とアジア地域の図書館(アナログ、現物、場所としての図書館)との二極化が進行していくのではないかと思う。それは当然の帰結である。重要なのは「グローバルスタンダード」を無理やり目指すことではなく、その地域にあるその図書館の利用者が一体何をのぞんでいるのか——それは一律に計ることはできない——を追究し、それに応答し対応していくことである。そう考えると、「図書館利用者の満足度はどのようにして測られうるのか」という問題はますます重要性を帯びてくるのである。

そんなことを考えながら、先のイラン人の彼と話しながら仁川空港に向かった。私はそこから列車に乗って金浦空港へ向かう予定だったので、彼に別れを告げると、彼はフライトまであと10時間ほど時間があるんだと言った。買い物をしていても時間が余るね、と言うと、物価が高くて買い物なんかできないよ、という答えが返ってきた。

アジアのなかでも事情はさまざまである。未知の世界に向かっていく動き自体を否定するつもりはないが、既存の世界をよりよくする動きがあってもいいのではないか。一方的な押しつけではない、相互の良さを生かし、弱いところを補強し合うような相互扶助的な図書館ネットワークを構築しようとか、そういう方向にも世界の図書館の目が向いていってほしいと切に願う。

熊倉 和歌子