ブルックリン・ブルワリーのヒエログリフ(特任准教授 永井正勝)

ブルックリン・ブルワリーのヒエログリフ

特任准教授 永井正勝

2014年7月19日~9月23日に「メトロポリタン美術館古代エジプト展:女王と女神」が東京で開催された。この展覧会にまつわる講座の講師を某所より依頼されていた私は、展覧会の図録やメトロポリタン美術館の公式ガイドブック等を読んでいたものの、メトロポリタン美術館の様子が掴めなかったため、夏の休暇も兼ね、8月下旬にニューヨークへ向かった。初めて訪れるアメリカ本土である。メトロポリタン美術館へのアクセスのよいマンハッタン中心部のホテルに滞在した(図2)。

メトロポリタン美術館で資料調査を終えた翌日、古代エジプトに関する有数のコレクションを誇るブルックリン美術館を見学した。そして、陽がやや傾きかけたころ、ブルックリン美術館から急いで向かったのが、ブルックリン・ブルワリーである(図3)。閉店間際に駆け込んだため、最初の注文がラストオーダーとなり、2杯のビールを一度に注文するはめになったが、醸造所で飲む新鮮なビールの味は格別だった(図4)。ちなみに、カップにもあるブルックリン・ブルワリーのロゴは、I Love New Yorkで有名なミルトン・グレーザー(Milton  Glaser)が手がけたものである(→ Brooklyn Brewery, Milton Glaser, Overall Muralsを参照)。

追い出されるように醸造所を出ると、その外壁にヒエログリフが描かれていることがわかった。それが、冒頭の図1である。とっさにヒエログリフを訳してみると、「私の中にあった病いをビールが取り除いた」と書かれていることが了解された(図5)。ヒエログリフの文法は正しく、下に付されている英訳も正しい。訳者とされるKent Weeks博士は著名なエジプト学者である。ちょうどよい内容の文がうまいこと残っているものだと感心した。7年前の夏のことである。

帰国後、ブルックリン・ブルワリーのヒエログリフの原資料を探すことにした。このヒエログリフは、わずか23文字、7語からなる短いものだが、文字の種類、語の種類、語の綴り、文法の4点から、新エジプト語(英語ではLate Egyptian)と呼ばれる変種であることがわかる。そして、新エジプト語であるということは、その元となるテキストがヒエラティックと呼ばれる筆記体でパピルスやオストラコン(土器片/石片)などに右横書きで書かれていたということになる。

原資料を探したところ、興味深いパピルス書簡に辿り着いた。それは、ライデン国立古代博物館に所蔵されている書簡パピルス AMS 38b である。この書簡は、書記ジェフウティメスが、書記ブウテハアメンならびにアメン神の歌い手という称号を持つ女性シェドエムドゥアトに宛てたものである。書簡の裏面 (verso) 19行目に次のように書かれている。

『「私の中にあるこの病いを取り除き給へ」とあなたがアメン神に対してお伝え下さるように。』

この書簡によると、ジェフウティメスは病いを患っており、アメン神の総本山カルナク神殿のあるテーベに住まう息子のブウテハアメンに病気平癒の祈祷を託していた。

その後、さらに調べてみると、ライデン書簡の4年後に執筆された別の書簡(大英博物館所蔵 書簡パピルス BM EA10326, 表面 (recto) 12行目)で、書記ジェフウティメスが息子ブウテハアメンに対し、「さて、私の中にあった病いをそれ(=ビール)が取り除いた」と伝えていることがわかった。そのテキストの詳細は図6に示した通りである。

これは、ブルックリン・ブルワリーにあるヒエログリフ(図5)に近い内容である。だが、動詞形が異なっているし(ブルックリン書簡はrwj、大英博物館書簡はsrwj)、大英博物館書簡では主語が名詞ではなく代名詞となっている。また、ビールの語の綴りが両者で異なる。そもそも、大英博物館書簡のパピルスには欠損が多く、ヒエログリフへの翻刻で判断に悩む部分がある。大英博物館書簡が元ネタだとすると、あのヒエログリフは作られたテキストだということになる。

ニューヨーク訪問から今年で7年目の夏を迎え、私は改めて原資料を探索してみた。今回はデータベースを駆使して検索を行ってみたが、ブルックリン・ブルワリーのヒエログリフと同一のテキストに遭遇することは依然として叶わなかった。大英博物館所蔵のBM EA10326があのヒエログリフの元ネタなのだろうというのが現状での見解である。ちょうどよい内容の文というのは、そう簡単には存在しないのかもしれない。

さて、書簡を送ったジェフウティメスだが、彼は紀元前11世紀中葉に生きた、将軍ピアンクに仕える従軍の書記官であった。そのジェフウティメスによる直筆の書簡を、時空を超えた日本人の私が直接読み解いている。このような行為を可能としているのは、シャンポリオンに始まるエジプト学の成果に負うところが大きい。つまり、先人たちの著してきた知の集積(字典、辞書、文法書、資料集、論文、書籍)があるからこそ、今を生きる我々は古代エジプト人の残した文字資料を読み解き、古代の思いを直接感じることができるのである。

私は一人の研究者として、同時代を生きる人々のためにどのような知を伝え、また後世の人々のためにどのような知を継承していけるのであろうか。研究の動機が自身の探究欲にあったとしても、研究成果は時空を超えて開かれたものとなる。未来を見据えて、古代の写本と向き合いたい。

2021.7.27