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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
Uehiro Project for the Asian Research Library

COLUMN

比翼の鳥となるか割れた鏡となるか

特任研究員 宮本亮一

 

予期せぬパンデミックの中にあって,図らずも私たちは家族や親しい友人との繋がりがいかに重要であるのかを再確認することになりました。一方で,不測の事態に直面し,人間関係が壊れてしまう事態も生じていて,「コロナ離婚」という言葉まで生まれています。では,現代に生きる私たちよりも寿命が短く,死に至る病も多数あった前近代において,人々は近しい人との繋がりをどのように感じていたのでしょうか。

このコラムでは,その答えを探る手がかりの1つとして,シルクロードの交易商人として名高いソグド人の残したソグド語資料にみえる古い時代の夫婦の様子を紹介してみたいと思います。ちなみに,ソグド語はソグド人が用いた中世イラン語東方方言で,アラム文字に由来するソグド文字を使用し,右から左に書かれます。

今と変わらず昔も,婚姻は人と人とをつなぐ大きな紐帯の1つであったはずですが,古い時代の中央ユーラシアに関しては,その実情を知るための資料はわずかです。そうした中で,ソグド人に関係する資料はまだ数が多い方ですが,それでもほんの数点です。最も古いものは,敦煌の近くで発見された「古代書簡」と総称されるソグド語の手紙群の中にあり,4世紀初頭に書かれたものです。

メーウナーイという女性が,夫ナナイダトに宛てた手紙(Ancient Letter 3)では,夫の命令で娘と共に敦煌へ来ていた彼女が,何度夫に手紙を送っても返事がないなど,自身の置かれた不幸な境遇を訴える内容を書き綴り,最後には,「私は犬や豚の妻である方が,貴方の(妻である)より良い」というショッキングな一文を残しています。そして,この手紙には夫婦の娘が書き加えた文章もあり,そこには母娘が中国人の奴隷になったと記されています。この手紙は差出人として娘の名前が書かれていますので,母親を差出人とすると何か具合が悪くなるような事情があったのかもしれません。夫婦と親子のその後を知る手がかりはありませんが,手紙の内容からみて,彼らが関係を修復し,幸せな生活に戻ったと考えることは難しいでしょう。

ところで,ソグド人たちの婚姻関係はどのような手続きを経て成立したのでしょうか。ソグド語の資料には,8世紀前半に書かれた婚姻契約書が残っていて,現在と同様,契約の証拠となる文書を残すという形であったことがわかります。タジキスタンのムグ山で発見された,「ムグ文書」と呼ばれる文書群の中にある1点の資料(Nov. 3)がそれです。

ここには,オト・テギンという男性とチャットという女性が,互いを正式な配偶者とすることが記された後,夫が妻の許しのないまま他の女性を娶った場合の罰や婚約の解消方法,さらには,夫や妻が罪を犯した場合の対処方法や子どもの親権の帰属について書かれています。結婚後に発生する可能性のあるトラブルが,かなり入念に想定されていたことがわかりますが,これは言い換えれば,この時代にも夫婦間に様々な問題が生じていたことを示しています。

さらに,この契約書と同時に,夫が妻の後見人たちに宛てた誓約書(Nov. 4)までもが作成されています。そこにはオト・テギンが契約の神ミスラの前で誓った様々な内容が書かれていて,特筆すべきは,新郎が約束を違えた際に支払う罰金に対して連帯保証人が指定されていることで,相当な念の入れようです(*1)。

「ムグ文書」が書かれた時代,ソグドはアラブ・ムスリムの侵攻に直面する厳しい時代にあったので,夫婦が平穏な結婚生活を送った可能性は低いでしょう。先に紹介した「古代書簡」もこの「ムグ文書」も,内容や時代背景から夫婦の明るい未来を思い描くことができないものでしたが,ソグド語の資料には,美しい夫婦愛を垣間見ることができるものが1点あります。

西安で発見された,580年に書かれたソグド語と漢語のバイリンガル墓誌は,夫ウィルカクと妻ウィヤーウシーのもので,そこには,彼らの結婚記念日(519年6番目の月7日)と命日(夫は579年5番目の月7日,妻は6番目の月7日)に続き,次のような一節が刻まれています。

「生まれて死を免れる人はいない。またこの世界において(生きている)期間を全うすることは困難である。しかしこの人間世界において,夫と妻が知らず知らずに(=たまたま)この同じ年,この月,この日に互いに見合い(?),また天国において同じ期間ともに生きることはさらに困難である」(*2)

資料を解読された吉田豊教授によると,著名なイラン語学者であった故ヴェルナー・ズンダーマン教授は,この一節を読んだ際,ギリシア・ローマ神話のバウキスとピレモン夫妻の話をされたそうです(*3)。旅人の姿をした2人の神(ゼウスとヘルメス,あるいはジュピターとマーキュリー)をもてなし,神から望みを叶えてやろうと言われた老夫婦が,2人で同じ時に死なせて欲しいと願ったという話は,長年連れ添い,ほとんど時を同じくして亡くなったこのソグド人夫婦の人生と重なります。墓誌銘の内容からは,年老いてもなお仲睦まじかった夫婦の姿を容易に想像することができますし,研究活動の中でこの一節に触れた専門家たちの中には,自分もこのような人生を送りたいと願った人もいるのではないでしょうか。あるいは,夫婦生活を振り返り,こんなはずではなかったと後悔する人もいたかもしれませんが。

比翼連理や破鏡不照など,夫婦関係を表す故事成語は色々とありますが,ここで紹介した数点の資料だけからでも,様々な夫婦の形が見えてきました。冒頭で書いたように,コロナ禍は,私たちの絆をより堅固にする場合もあれば,逆にそれを破壊してしまうこともありましたが,いずれにしても,疫病が収束した後,私たちはこの時期のことを,人間関係を見直すための良い機会であった,というふうに振り返るかもしれません。

【注】
*1 吉田豊・荒川正晴「ソグドの女性と結婚(八世紀初)」歴史学研究会(編)『世界史史料』3, 岩波書店, 2009, pp. 348-350; Livshits, V. A., Sogdian epigraphy of Central Asia and Semirech’e, London, 2015, pp. 17-37
*2 吉田豊「西安出土北周「史君墓誌」ソグド語部分訳注」石見清裕(編)『ソグド人墓誌研究』, 汲古書院, 2016, pp. 93-111
*3 吉田豊「Werner Sundermann教授を偲ぶ」『内陸アジア言語の研究』28, 2013, pp. 1-5

仲の良い夫婦のことを「おしどり夫婦」と言いますが,オシドリをはじめカモの仲間は毎年パートナーを替えることが知られています(筆者撮影)

December 7, 2021