【アジア研究この一冊!】西嶋定生著『中国古代帝国の形成と構造――二十等爵制の研究――』

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早稲田大学文学学術院非常勤講師・中央大学文学部兼任講師

楯身智志

本書の内容を一言で説明することは、正直に言って困難である。そもそも、本書は歴史学の門をくぐったばかりの学部大学生に、気軽にオススメできるような代物ではない。このことは、本書のテーマについて記した次の文章を読んでみれば、一目瞭然である。

  專制君主としての皇帝による個別人身的支配が實現される場として皇帝と人民との内面的結合に基く秩序構造の具體的形態を把握し、その秩序構造が如何にして形成されるかということを探求する(52頁)

この文章の意味、理解できるだろうか。中国古代史研究者ならともかく、20歳そこそこの大学生にはとても理解できるものではない。にもかかわらず、無謀にも本書の読解に挑戦した勘違い大学生こそ、16年前の私である。

小学生のときに『三国志』の漫画を読んで以来、私は中国古代史に強く興味を惹かれ、その興味に引きずられるまま、國學院大學文学部史学科に進学した。残念ながら國學院大學には中国古代史を専攻する教員がいなかったが、時代・分野を問わずさまざまな講義に出席し、気の向くままに歴史関係の書籍を物色する中で、「二十等爵制」なる言葉に出会った。

「二十等爵制」とは、20等級のランクからなる漢代の身分制度である。もともとは、戦場で戦う兵士の手柄を計算するために設けられた制度らしい。兵士たちは戦場で敵の首をとると、その数を「尺籍」と呼ばれる木製の札に記録して提出する。すると、皇帝から「爵一級」を賜わり、多くの「爵」をもらえばもらうほど、広い土地と住宅を得ることができ、一定以上のランクに達すると、部隊長や将軍にまで昇進できたという。いかにもゲームに出てきそうな制度であり、幼いころからさまざまなテレビゲームに親しんできた私にとっては、垂涎の代物であった。この制度を知ってからというもの、暇さえあれば大学図書館にこもり、さまざまな書籍や論文を読んで、その内容を調べ続けた。

ところが、どの書籍・論文を読んでも、この制度に対する説明がいまいち要領を得ない。そもそも「爵」というモノが何なのか、勲章のようなものなのか、それとも単に何かの書類に記録されるだけのものなのか、分からない。さらに、当時の歴史書を紐解いてみると、戦争も起こっていないのに、いきなり皇帝が「全国の民に爵一級を賜わった」などと書いてある。本来は戦場で命を賭けないともらえない「爵」を、そんな簡単に配ってしまってよいのか。まったく意味が分からない。

そのような中、たまたま非常勤講師として選択演習を担当していた先生からお教え頂いたのが、本書である。副題に「二十等爵制」と銘打った本書なら、爵に関する疑問にきっと答えてくれるはずだ。そう考えた私は、すぐに図書館で本書を手に取り、少しずつコピーしながら読み始めたが、先に引用した文章からも分かるように、とにかく内容が難しい。これは黙読するだけではダメだと思い、一文一文を自分なりにノートにまとめながら、読み進めた。本書は587頁あるから、読破するまでに相当な時間がかかることは予測できた。しかし、このときはなぜか諦める気にならなかった。当時の私にとっては、「二十等爵制」に関する先の疑問を解消することが、なにより魅力的だったのだろう。それから約半年後、ようやくすべての内容をノートにまとめ終えた。今、自室を漁ってみたところ、たまたまそのときのノートが取ってあったので、その一部の写真を掲げておく(ワープロで清書もしたが、これは途中で断念したらしい)。

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では、本書にはどのようなことが書かれていたのか。私なりに噛み砕いて説明すれば、以下の通りである。昔の中国を支配していたのは「皇帝」だが、なぜ「皇帝」と呼ばれるただ一人の支配者が、あの広大な中国に君臨できたのか。これが本書の掲げる最大のテーマである。この疑問に答えるためには、最初に「皇帝」が出現した時代、すなわち今から約2,000年前に建国された秦・漢王朝にスポットをあてる必要がある。では、秦・漢王朝の「皇帝」はどうやって人々を支配したのか。皇帝はいつも宮殿にいるから、絶大多数の人民と面会する機会はほとんどないが、その彼が――宮殿にいる側近や大臣ではなく――人民のために行動を起こすことがある。その一つが先にも触れた「全国の民に爵一級を賜う」こと、すなわち「民爵賜与」である。

では、この「民爵賜与」はどのような目的で行われるのか。歴史書を見ると、皇帝は「爵一級」を賜うとき、同時に人民の住む村に牛肉や酒を配ったり、5日間の宴会を特別に許可したりしている(当時の法律によると、許可なく3人以上が集まって宴会を開くと、反逆を企てているとの疑いをかけられて処罰されたらしい)。なぜ、こんなことをするのか。著者の説によれば、その理由はこうである。中国古代の村には、村人の間に序列があった。その序列は多くの場合、年齢によって決まる。最年長者が村長として村人を指揮し、若者は年長者に教えを乞いながら成長して一人前になる。ところが、こうした伝統的な村の秩序は、秦・漢王朝が成立する前の戦乱の時代、すなわち春秋・戦国時代に崩壊してしまった。村の秩序が崩壊すると、人々はまともに生活できない。若者は生活の術を身に付けることができず、老人の面倒を見る者もいない。このような状態では、国家に租税を納める者もいなくなり、国家の運営もままならない。そうした中、崩壊した村の秩序を立て直すために考案されたのが、「二十等爵制」というまったく新しい秩序だという。君主は定期的に「民爵賜与」を実施し、人々に爵を配る。すると、「民爵賜与」の機会に多く遭遇した年長者が、自然と多くの爵を得ることになる。こうして、崩壊した村の秩序は「二十等爵制」によって再生される。しかし、ただ村人の上下関係を皇帝が一方的に決めるだけでは意味がない。彼らが互いの関係を確認し合う「場」も必要だ。そこで、皇帝は牛肉と酒を配って村人たちに宴会を開催させる。この宴会を「郷飲酒礼」と呼ぶ。「郷飲酒礼」では、村人はそれぞれの爵のランクに従って席につく(女性は夫の横に座る)。つまり、秦・漢代の皇帝は「民爵賜与」によって村の秩序を再生させ、村人は皇帝のおかげで村の秩序を保つことができた、というのである。「皇帝」というただ一人の支配者が、なぜ広大な中国を支配できたのか。その理由は、「皇帝」が「民爵賜与」によって村々の秩序を再生・維持し、中国に住む絶大多数の人民の生活を支えていたためだ。言い換えれば、人々が「皇帝」なしではまともな生活をおくることができないように仕向けたためだ。これが本書の結論である。

正直に言うと、本書を読み終えた後の私の感想は「本当にそうなんだろうか」だった。ならば、戦場で敵の首をとった兵士に爵が与えられるのはなぜなのか。また、大臣や役人にも爵が与えられることがあるが、一般庶民と一緒に村に住んでいたとは思えない彼らにまで爵を与えることに、どのような意味があるのか。他にも多くの疑問が次々と浮かんできて、釈然としなかった。

結局、当初の疑問は本書を読んでも完全には解消されなかった。しかしだからこそ、私はもっと勉強したい、もっとこのことについて調べたいと思った。そのためには、大学院に進学して研究者の道を目指すしかない。そう考えて一年間浪人までして大学院に進学し、修士論文を書き、博士論文を書いて学位をとり、著書も出版し、今に至る。まさしく本書は、私にとって人生を決定づけた書籍となった。当初、私が抱いた疑問は、残念ながら現在に至ってもなお解消されていないが。

本書の刊行からすでに50年以上経ち、また私が本書に出会ってから15年以上経つ。その間、本書の内容を批判する書籍や論文が多く公表され、また「二十等爵制」に関する新たな史料も発見された。それらによれば、本書の内容の一部はすでに成り立たなくなってしまっているとする見解もある(この点には私も同意する)。ところがそれにもかかわらず、本書を「もはや時代遅れの研究書だ」と言って切って捨ててしまうような研究者は、私の知る限りほとんどいない。それどころか、中国古代史を研究しようとする者にとっては必読の研究書として、不動の地位を得ている。その理由は、本書の中に記された研究のプロセス――具体的に言えば、史料の読み方、扱い方、考察の仕方など――が、他の幾多の研究書の追随を許さないほどの質の高さを誇っているからだろう。言葉で説明するのはなかなか難しいが、読者に「自分もこういう研究をしてみたい」と思わせる魅力が、本書にはあるのだ。私が生まれて初めてまともに向き合った研究書が本書であったことは、実は研究者としてはとてつもなく幸運なことであったのかもしれないと、今は痛感している。

冒頭でも述べたように、本書は学部の大学生に気軽にオススメできるような書籍ではない。それこそ、中国古代史を専攻したいと思う人以外には、縁もゆかりもない代物だろう。しかし、もしこのコラムを読んで少しでも興味を持ってもらえたのなら、一度手にとってみて欲しい。冒頭の難解な中国古代史研究のレビューには多少辟易するかもしれないが、がんばって内容さえ理解すれば、戦後日本の中国古代史研究がいかに熱く、崇高な目的の下に進められてきたかが分かるだろう。そしてそこを突破して本論へ進めば、文献史料に基づく歴史学研究の醍醐味を嫌というほど味わうことができるはずだ。そこから、新たな人生の道筋が見出せるかもしれない。

【書誌情報】
西嶋定生著
ISBN:9784130260077
出版地:東京
出版社:財団法人東京大学出版会
出版年:1961年
判型・ページ数:A5・587ページ
定価:3,000円+税