本記事は資料整理中の2014年時点の情報に基づいています。最新の情報については『アジア研究図書館所蔵ユネスコ・アジア文化センター識字教育資料目録』の解説を参照ください。
2014年6月、ユネスコ・アジア文化センター(ACCU)より、アジア太平洋地域の《識字教育資料》をご寄贈頂きました。
ACCUが1970年代から収集してきた約2,300点の貴重な資料群です。現地政府やNGOによって作成されたもので、文字を読み書きできない大人のための教材が中心です。冊子型テキストの他、イラストを多用した双六などのゲームやポスター類が含まれます。
本コレクションに関して、4名の専門家の方から解説をご寄稿いただきました(下記のリンク先をご覧ください):
ユネスコ・アジア文化センターからの寄贈資料の受け入れ ~アジアの人々と積み重ねてきた「想い」を繋ぐ~
北村友人氏(東京大学大学院教育学研究科准教授)
ACCU寄贈識字教育資料の学術的、社会的価値
中村雄祐氏(東京大学大学院人文社会系研究科教授)
ブータンの歴史的言語事情と識字教育
高橋洋氏(日本ブータン研究所研究員、『地球の歩き方ブータン』執筆・編集)
彝語とそのテキストに関して
岩佐一枝氏(日本学術振興会特別研究員、彝語研究者)
この資料群は、学校外教育「ノンフォーマル・エデュケーション(Non-formal education)」の教材であることを特徴とします。学校教育の普及が十分でなかったり、就学年齢で労働を余儀なくされたなどの理由で教育を受けられなかった人たちに向け、各国の政府やNGOなどにより提供されてきた基礎教育の教材です。「フォーマル教育」の教材と比べ、まとまったかたちでアーカイブされにくく、現地でも保存されるとは限りません。よって、ACCUにより長年にわたり各地で収集されたこの資料群は大変貴重なものといえます。
ACCUは1971年に「アジア太平洋地域での文化の相互交流を促進する中核的センター」として政府民間の協力により設立されました。当時アジア各国は「旧宗主国の本はあっても現地の本はない」といった状況であり、現地のための出版活動を支援することがACCU設立当初からの重要な事業でした。しかし、本を出版しても読めない人が多くいるという問題に直面し、1980年代に入り識字教育事業をスタートさせました。
各国の専門家が現地の本を持ち寄り、どのようなものが読まれているのか、教材として使われているのかを検討し成人向け識字教育の教材が編まれました。その中心となったのは「アイウエオ」を習うような子ども向けの教材ではなく、大人たちの日々の生活に寄り添う読み物でした。日本の双六やカルタからアイディアを得たゲームなども開発されました。そのようにして制作された教材や収集された資料が本コレクションです。
本文言語は28種(資料数の多い方から、英語、ベンガル語、ウルドゥー語、中国語、インドネシア語、ベトナム語、タイ語、ネパール語、モンゴル語、 タガログ語、クメール語、ビルマ語、ラオ語、ゾンカ語、マレー語等)、出版国25か国(同、バングラデシュ、インドネシア、パキスタン、中国、タイ、ベト ナム、フィリピン、ネパール、インド、スリランカ、モンゴル、カンボジア、ビルマ(ミャンマー)等)にわたります。
教材の内容は、その地域の生活文化に密接しており、タバコによる健康被害、感電対策、災害、薬物の危険性、衛生、乳幼児の健康と食物、家畜や農作物の育て方、養蜂の方法、工芸品の作り方、計算のし方など、生活技術や収入の向上をめざしたものが多くみられます。その他、人身売買、環境汚染、人権、道徳、ジェンダー、離婚、男女平等など、社会的問題をテーマとしたものもあります。また、成人非識字者の多くが女性であることを反映し(*註)、女性の健康、母子の健康、女性向けの食べ物、女性への暴力、女性の社会進出など、女性に特化した内容もみられます。
また、同じストーリーを複数の言語に翻訳する場合にはその土地の文化にあわせて登場する食べ物を変えたりイラストの服装を変えたりと制作者の細やかな配慮がみられます。
現在、アジア各国の識字率は当時に比べて向上しましたが、各国の少数言語話者の識字率の低さが問題になるなど、識字をめぐる社会的状況は大きく変わっています。そのようななか、本コレクションは歴史や教育をはじめ、言語、地域文化、保健衛生等々、多様な分野に資する価値の高い一次資料です。
この度、学内外の多くの方々のおかげでこの貴重なコレクションを本学に迎えることができました。ここに深く感謝申し上げます。今後、さまざまな視点で活用されることを願っています。
(*註)ユネスコ統計研究所の2013年9月の統計によると、2011年の全世界の成人非識字者は7億7,350万人、そのうち63.8パーセントが女性です。
September 24, 2014
Last updated: March 29, 2022
【補記】
2022年3月及び2023年3月に、『アジア研究図書館所蔵ユネスコ・アジア文化センター識字教育資料目録』が東京大学附属図書館アジア研究図書館研究開発部門より発行されました(全3巻)。目録は東京大学学術機関リポジトリ(UTokyo Repository)にて全文を公開しています。
- 『アジア研究図書館所蔵ユネスコ・アジア文化センター識字教育資料目録』1(河原弥生・鈴木舞編)
- 『アジア研究図書館所蔵ユネスコ・アジア文化センター識字教育資料目録』2(河原弥生編)
- 『アジア研究図書館所蔵ユネスコ・アジア文化センター識字教育資料目録』3(河﨑豊編)
●目録の所蔵館(CiNiiより): 第1巻:https://ci.nii.ac.jp/ncid/BC14647620 第2巻:https://ci.nii.ac.jp/ncid/BD01482729 第3巻:https://ci.nii.ac.jp/ncid/BD01482853
●”アジア研究図書館のコレクション一覧”(アジア研究図書館ウェブサイトより):
https://www.lib.u-tokyo.ac.jp/ja/library/asia/collectionall
●”ユネスコ・アジア文化センター(ACCU)寄贈識字教育資料”(資料の説明と利用方法。アジア研究図書館ウェブサイトより):
https://www.lib.u-tokyo.ac.jp/ja/library/asia/collectionall/accuguide
●目録の刊行報告:
- 河原弥生著「『アジア研究図書館所蔵ユネスコ・アジア文化センター識字教育資料目録 1』 (アジア研究図書館叢書1)刊行報告」(『アジア研究圖書館 : アジア研究図書館ニューズレター』7号、東京大学附属図書館アジア研究図書館研究開発部門(RASARL)、2022年4月)
- 「『アジア研究図書館所蔵ユネスコ・アジア文化センタ-識字教育資料目録』 (アジア研究図書館叢書2, 3)第2巻・第3巻刊行報告」(『アジア研究圖書館 : アジア研究図書館ニューズレター』11号、東京大学附属図書館アジア研究図書館研究開発部門(RASARL)、2023年4月
August 26, 2022
Last updated: May 1, 2023