東南アジア文学賞の話

受賞作

 

近年のタイでは純文学作品はあまり売上が伸びないために一般の書店に並ぶ数も少ないのですが、「東南アジア文学賞」を受賞した作品と受賞作家の過去の作品だけは、例外的に一般の書店で手に取ることができます。

東南アジア文学賞(http://seawrite.com/)は1979年に創設された文学賞で、東南アジア諸国連合(ASEAN)に加盟しているそれぞれの国の作家や詩人1名に対して毎年授与されています。英語名がSoutheast Asian Writers Awardであるため、通称「シーライト」(The S.E.A. Write Award)と呼ばれています。受賞作品のジャンルはタイを例にとれば、主として短編、長編、詩の3ジャンルです。タイでは受賞作品や受賞作家の作品は当該1年間で第10版に達することもあり、知名度だけでなく収入の面でも作家にとって大きなターニングポイントとなっています(なおタイの場合は一般的に1刷りで3,000部前後)。

本文学賞はタイが中心となって創設されました。サマセット・モームやジョゼフ・コンラッド、ノエル・カワード、ジェームズ・ミッチェナーといった著名な欧米作家たちが愛した「オリエンタル・ホテル」(4人の作家の名前がスイートルームの名前として残されています)の当時のオーナーが、東南アジアの若手作家の育成に貢献したいという思いから発案し、タイ王室の援助もあって、創設したものです(このホテルは辻仁成の『サヨナライツカ』の舞台にもなっています)。

発足当時はASEAN加盟5カ国(タイ、インドネシア、シンガポール、フィリピン、マレーシア)でしたが、1986年にブルネイ、1996年にベトナムでも授与を開始し、その後ラオス、ミャンマー(1998年)、カンボジア(1999年)が参加して現在に至っています。東南アジア地域における創作活動の活性化と、各国間の文化理解に寄与しています。加盟国全体で特定の1名に授与するのではなく、各国ごとに1名の受賞者を選考します。選考方法、基準、対象は国ごとに異なり、詩や短編、長編、戯曲、民芸作品などに授与されるだけでなく、ベトナムなど学術研究やその地域での功績、長年の文学活動の実績に対して与えられることもあります。

選考事情は各国で異なっていますが、タイの場合、選考対象となるのは印刷物として出版後3年を経過していないものとなっています。タイ作家協会を中心とした選考委員会によって毎年8月初旬までに最大7作品がノミネートされ、8月末の選考会議で受賞作が決まります。毎年フォーカスされるジャンルが決まっていて、「短編集→長編→詩集」の順になっています。合同の授賞式はタイ王室メンバー臨席のもと、バンコクで開催されます。授賞式では著名な作家によるスピーチがあり、これまでジェフェリー・アーチャー、ウィリアム・ゴールディング、ゴア・ウィダルらがゲストとしてスピーチを行っています。

タイのケースをみると、東南アジア文学賞は当初は知名度が薄かったのですが、1990年以降は日本の芥川賞や直木賞に匹敵するようなインパクトのある賞になっており、とくに新人作家にとっては重要な登竜門と考えられています。また、受賞歴は国際交流基金のアジア作家招聘プログラム(開高健記念アジア作家講演会シリーズ)の選考基準ともなり、この賞を2度受賞したチャート・コープチッティ(1954-)や、文芸誌編集長をつとめる気鋭の若手作家ウティット・ヘーマムーン(1975-)が来日し、日本の各地で講演を行いました。タイでは東南アジア文学賞を受賞した作家の多くが、それなりの創作活動を行った後、50歳代後半にタイ国家芸術家賞(文芸部門)を受賞する傾向にあります。
東南アジア文学賞は現在の東南アジア文学の動向を知る重要なバロメーターになっており、この文学賞は今後とも各界の注目を集めるでしょう。参考までに、東南アジア文学賞受賞作品の内、日本語で読むことのできるタイ文学作品には以下があります。

カムプーン・ブンタウィー『東北タイの子』(1979年受賞作)星野龍夫訳、勁草書房
チャート・コープチッティ『裁き』(1984年受賞作)星野龍夫訳、勁草書房
チャート・コープチッティ『時』(1994年受賞作)岩城雄次郎訳、大同生命国際文化基金
ウィン・リョウワーリン『空劫の大河―タイ民主革命綺談』(1999年受賞作)野中耕一訳、燦々社
ウィモン・サイニムヌアン『蛇』(2000年受賞作)桜田育夫訳、めこん
プラープダー・ユン「存在のあり得た可能性」(2002年受賞作)宇戸清治訳『鏡の中を数える』Typhoon Books Japan
サカーリーヤー・アマタヤー「サカーリーヤー・アマタヤー詩選」(2010年受賞作)福冨渉訳『東南アジア文学13号』東南アジア文学会(2015年2月刊行予定)

 

U-PARL特任研究員:宇戸優美子