“幾何”の流転

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木村英樹
U-PARL部門長・兼務教員(人文社会系研究科教授)

日本語の二字漢語の多くは中国語からの輸入である。「幾何学」の「幾何」もそのひとつ。中国語の“幾何”は、古くは「いくら;どれほど」の意味を表し、数量をたずねる疑問詞として用いられた。漢文訓読では「いくばく」と読まれる。たとえば、『管子』という、紀元前の春秋戦国時代に著された政治論集には次のような用例が見える。

問少壮而未勝甲兵者幾何人?(少壮(しょうそう)にして未だ甲兵に勝(た)へざる者幾何(いくばく)人(にん)ぞと問ふ)
【若いのに軍務に従事できないという者は何人いるのか、と訊ねた】

“幾何人”で「どれほどの人?何人の人?」という疑問を表す。この“幾何”が後にイエズス会のマテオリッチによってgeometryの訳語に充てられ(『幾何原本』1607年)、今に至っている。現代の中国語では、“幾何”という語は「幾何学」の意味だけで用いられ、余程古風な書面語でもない限り、疑問詞としては用いられない。

現在日常的に読み、書き、話される中国語では、数量の問いに用いられる疑問詞が二種類ある。“几”と“多少”である。“几”は、“幾何”の“幾”が簡略字体に改められたものであり、基数を訊ねる疑問詞として用いられる。ここで言う基数とは、「1」から「9」までの整数を指す。つまり、「1」から「9」までの九つの数字のうちで正解はどれですかと訊ねるために用いる疑問詞、それが“几(幾)”である。“几个人”で「9人」以下の回答を予測しつつ「何人の人?」と問う表現になり、“几只猫”で「9匹」以下の回答を予測しつつ「何匹の猫?」と問う表現になる。“个”と“只”はそれぞれ“箇”と“隻”の簡略字体であり、どちらも助数詞である。“几(幾)”は、このように、必ず助数詞と結びついて用いられる。“几人”や“几猫”のように、助数詞なしで直接に名詞を修飾して用いることはできない。では、特に「9」以下の回答を予測せずに「何匹の猫?」と訊ねる場合はどう言うか。そのときは、“多少”を用いて、“多少猫”と訊ねる。“多少”は、古典中国語の“幾何”と同様、助数詞の助けを借りずに名詞を直に修飾することができる。兎にも角にも、嘗て疑問詞として活躍した“幾何”は、現代の中国語においては、もはや疑問詞としての用法をもたない。“幾何”の“几(幾)”だけが、基数を訊ねる疑問詞として生き永らえている。

では、“幾何”の“何”はその後どのような運命を辿ったのだろうか?残念ながら、現代中国語では、“何”は、疑問詞はおろか、単語としての機能さえももたない。古くは“何”だけで「なに」や「どこ」を意味する疑問詞としても用いられたが、現代の日常語においては、「なに」は“什么”に置き代わり、「どこ」は“哪里”に置き代わっている。“何”の出番はどこにもない。無論、数量を問う用法もない。“幾何”が元来担った疑問数量詞としての機能は、すでに“几(幾)”ひとりに持ち去られてしまっている。“何”の疑問詞としての系譜は、現代の中国語にまで生き延びることなく、夙に絶えてしまった。

その“何”が、はるばる海を越え、日本に渡り、現代日本語の世界で今なお疑問詞の漢字表記として立派に活躍しているのだから、世の中、捨てたものではない。とりわけ、祖国で疑問数量詞としての行き場をなくした“何”が、異国の日本で見事に息を吹き返し、まさに現役の疑問数量詞として重用されている姿は、涙ぐましくも、逞しい。

日本語には数量の問いに用いられる疑問詞が二種類ある。「いく」と「なん」である。「なん」は「なに」の音便形であり、元来、和語である。「いく」もまた和語である。その二つの和語に、いつの頃からか「幾」と「何」の二文字が漢字表記として振り当てられた。このことは、先の中国語の“幾何”の顛末を考え合わせると、なかなかに興味深い。が、それはさて措き、「いく」も「なん」もどちらも助数詞と結びついて用いられる。このあたりは、現代中国語の“几(幾)”と似ている。「いく(幾)」が助数詞と結びついて構成される疑問形式のタイプを、ここでは仮に、「幾」型と呼び、「なん(何)」が助数詞と結びついて構成される疑問形式のタイプを「何」型と呼んでおく。例えば、「幾たび」は「幾」型で、「何度」は「何」型ということになる。

「幾」型と「何」型は、成立時期が異なる。日本語古来の助数詞である「つ」を用いるかたちが成立する「幾」型は、明らかに「何」型よりも古い。「いくつ」とは言うが、「なんつ」とは言わない。コーパスにおいても、「幾」型の用例は、『日本書紀』など上代日本語の文献にすでに多数見られるが、「何」型の用例は、上代の文献にはまったく現れない。「何」型は、室町以降の狂言やキリシタン資料を待ってようやく散見されるという程度である。

ところが、時代が下るにつれて、形勢が変わる。「何」型が次第に頭角を現し、現代日本語に至っては、――「いくつ」や「いくら」のように「つ」や「ら」がすでに助数詞とは意識されなくなっているかたちのものを別にすれば――「幾」型の使用頻度は「何」型のそれに遥かに及ばない。「あれから何年経ちましたか?」と言う日本語話者はどこにでもいるが、「あれから幾年経ちましたか?」と言う日本語話者を探し出すのは至難の技であろう。結びつく助数詞の種類も、「いく(幾)」の場合は、基本的には、「幾通り」や「幾部屋」のように、数少ない和語系のものに限られている。現代語の「いく(幾)」は、漢語助数詞とは極めて相性が悪い。「幾個、幾回、幾台、幾本」などはすべて不自然である。逆に、「なん(何)」型は、あらゆる漢語助数詞と結びつく。それどころか、「何(なん)通り」や「何(なん)部屋」のように和語助数詞とも結びつく。自ずと「何」の使用頻度は高くなる。

「何」の出番はそれだけに留まらない。「何」は、事物を問う疑問代名詞「なに」の表記にも用いられる。英語の how many とwhat がそうであるように、世界の言語の多くは、数量を訊ねる疑問詞と事物を訊ねる疑問詞にはそれぞれ異なる形式を用いる。日本語はそうではない。日本語は、事物と数量を訊ねる疑問詞に(「なに」から「なん」への音便化は起こるものの)同一の形態素を用い、同一の文字、すなわち「何」で表記するという、世界では珍しいタイプの言語である。

斯くして、「何」の現代日本語における使用頻度はますます高くなる。語として機能する現代中国語の“几(幾)”と、文字表記として機能する現代日本語の「何」を単純に比べることはできないが、乱暴を承知の上で、敢えて「記号」としてだけ見れば、疑問を表す記号としては、“几(幾)”よりも「何」の方が遥かに幅を利かせている。まるで、祖国で自分を置き去りにした嘗ての朋友、“几(幾)”を見返すかのように、「何」は異国の地で重用されている。メジャー・リーグで「戦力外」を言い渡され、失意のうちに海を渡ったところ、運よく日本の球団に拾われ、なにかのきっかけで大ブレークし、その後はオールスター戦の常連に名を連ねるという、そんな外国人選手のイカツイ後ろ姿を、ついつい「何」の字に被せてしまうのは、私一人の的外れな感傷だろうか。

話は「何」型に戻るが、この疑問表現の型が、日本語において今日の不動の地位を占めるに至るまでの経緯については、いくつかの謎が残る。一つ目の謎は、もともと日本語には「幾」型が存在したにもかかわらず、なぜ、そして、どのような経緯で「何」型が新規参入したのかということである。中国語では、先秦時代から現代に至るまで、“何”という語が、単独にしろ、助数詞と結びつくかたちにしろ、数量を問う疑問詞として用いられた例は文献上一切存在しない。従って、日本語の「何」型が中国語からの輸入ではないこと、つまり、日本語のなかで独自に成立したものであることは、まず疑いのないところである。おそらくは、いつの頃か、何らかの要因が働き、「幾」型の「いく」の位置に「何」が用いられ、徐々にそのかたちが広まったということなのだろう。おそらく、それには、あの“幾何”という漢語の存在が大きく与っているものと思われる。

音形も謎の一つである。「何」は、事物を訊ねる「なに」の意味では、日本語でも古くから用いられてきた。上代の『日本書紀』や「風土記」にもすでに多くの用例が見られる。では、数量を訊ねる「何」型が成立した当初、そこでの「何」は、果たして事物を訊ねる「何」と同じ音形で発音されたのだろうか。それとも、現代語の「なに」と「なん」のように、当初から何らかの方法で音形を区別したのだろうか。これらの謎は、いずれも、日本語学の分野ではいまだ明らかにされていないようである。

明らかでないと言えば、そもそも、中国語の“幾何”がいつごろから疑問詞として用いられなくなったのか、そして、現在の“几”と“多少”はいつごろから使われ出したのか、それらの詳細も不明のままである。日本語の事情は日本語の専門家にお任せするとして、中国語の謎は、中国語学を生業とする身としては見過ごしておけない。なにはともあれ、まずは『中国基本古籍庫』を覗いてみよう。