100年前のタイの小説と作家──新時代の幕開け (特任専門職員 宇戸優美子)

100年前のタイの小説と作家──新時代の幕開け

特任専門職員 宇戸優美子

 

 私はタイの近代文学を研究領域とし、主に1920年代から30年代にかけて活動した作家グループと、彼らが発行した文芸誌について研究を行っている。ちょうどいまから100年ほど前の20世紀初頭、タイの文学はそれまでの韻文形式の古典的な物語から散文形式の小説へと変貌を遂げ、また西欧小説の輸入という段階を経て、それを模倣する形でタイ人作家独自の小説が書かれるようになった。 

 とくに1929年に創刊された『紳士』Suphap burutという文芸誌は、タイ文学の新時代の幕開けを象徴する存在であった。この文芸誌と、それを発行していた作家グループが、「新しい」存在であった理由は、大きく三つある。 

『紳士』創刊号の表紙

 一つ目は、作家が、王族など上流階級の人間に限定されなくなったことである。それまでのタイの古典文学の書き手というのは、王族か、王族がパトロンとなった宮廷詩人であった。しかし、『紳士』を主宰した作家シーブーラパー(1905–74)は庶民出身の作家であり、高級官僚でもなく、外国への留学経験もなかった。にもかかわらず、彼は名門テープシリン学校を卒業後、同級生らとともに文芸誌を発行し、若手作家たちのリーダー的な存在として活躍するようになった。彼は、タイ文学の担い手が変わっていく転換期を象徴するような新しい作家であった。 

  二つ目は、物語の内容についてである。宮廷内の物語や荒唐無稽な冒険物語を描いた古典文学に対し、新時代の小説では、庶民が主人公となり、それを読む読者と同じように、勉強や仕事、恋愛や結婚といった現実生活を送る人物が描かれるようになった。とくに、親同士が結婚相手を決める従来の結婚観に対するアンチテーゼとして自らの意志に従った自由な恋愛や結婚を求める男女の姿が描き出された。また、個人の生き方として、家柄や血筋によらない、学問による立身出世を目指す新時代の青年像が描かれた。それは、タイの絶対王制が終焉を迎えた1932年の立憲革命に通じる精神であったのかもしれない。 

  三つ目は、作家たちが、「小説家」を職業として確立し、経済的自立を目指そうとしていた点である。それまでのタイでは、文学というのは王族が娯楽として書くものであり、商品として売り買いするものではなかった。しかし、『紳士』に集った作家たちは、小説を一つの商品ととらえ、それを書くことで原稿料という対価をもらい、文筆業によって生計を立てていくことを目指した。ただし、それは「売れる小説」を書かなければならないということと同義でもあった。その結果、作家の書きたいものではなく、読者に好まれるジャンルや展開の小説を書くということが求められるようになった。 

  以上が、100年前のタイの文芸誌『紳士』とその作家たちの「新しさ」についての特徴であるが、最後の点は、現在のタイの作家にも引き継がれている課題である。現在のタイでは、東南アジア文学賞を受賞するような純文学の小説よりも、ボーイズラブ作品を含めたラブコメ系、あるいはファンタジー系のライトノベルの方が、書店でのスペースも広く、売れ行きもよいと言われている。そうした作品が、現在のタイにおいて「売れる小説」であり、職業作家として成功しやすいジャンルであることは間違いない。一方、少数派の純文学作家の場合、小説一本で食べていける人はほんの一握りであり、新聞雑誌の編集者やシナリオライターなどと兼業している人が多いのが現状である。

バンコクの書店bookmoby

  ただし、タイの文学界、出版界に希望がないわけでもない。2020年の学生を中心とした若者たちによる民主化運動の高まりの中で、人々は君主制や保守的な政治社会のあり方に対して疑問を投げかけた彼らはソーシャルメディアを通じてつながり、デモ活動を行うと同時に、タイの歴史や社会構造に対して批判的な見解を示す学術書や、世界各地の民主化に関する本、さらにジョージ・オーウェルの『1984年』や『動物農場』といった文学作品を熱心に読むようになった。タイの若者たちはいまだかつてないほど「本」を求め、新たな見方を示してくれるような知識や情報を求めている。こうした流れは、今後のタイ文学界の発展にプラスの影響をもたらしてくれることだろう。その行く先に注目したい。

バンコクの街角の風景1

街角の風景2

2021.10.19