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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
Uehiro Project for the Asian Research Library

EVENT

レポート:東アジア漢籍世界の沃野―その多様性を考える―

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シンポジウムの模様

去る2016年5月28日、U-PARLは、本学の東洋文化研究所東洋学研究情報センターとの共催で、ミニシンポジウム「東アジア漢籍世界の沃野―その多様性を考える―」を開催した。会場が山上会館の地下会議室で小さめだったこともあるが、予想を超える多くの来場者があり、会場はほぼ満員となった。

シンポジウムでは、中国に関して童嶺氏、韓国に関して六反田豊氏、ベトナムに関して平塚順良氏、日本に関して大木康氏によって報告が行われ、その後、休憩をはさんで全体討論が行われた。全体討論では、報告者間での討論、および報告者と来場者との間での質疑応答が行われた。以下、筆者が各報告の中からそれぞれの要点を適宜抽出しつつ、シンポジウム全体を通して見えてきた問題を提示し、もってシンポジウムのレポートに代えたい。

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大木康氏(東京大学東洋文化研究所教授)

大木報告では、日本での漢籍目録の標準的規則となっている「京都大学人文科学研究所 漢籍目録 カード作成要領」から、日本における標準的な「漢籍」の定義が紹介された。その定義では、中国人が中国文によって著作・編集・注釈・翻訳などをした書物を「中国書」と定義し、「中国書」を「旧学書」(辛亥革命以前)と「新学書」(辛亥革命以後)に分け、その内の「旧学書」を「漢籍」と呼んでいることが紹介された。すなわち、日本における「漢籍」とは、著述言語が中国文であること、著者の民族ないし国籍が中国人であること、著述年代が辛亥革命以前であること、という三つの要件をクリアして、はじめて正真の「漢籍」と呼びうるということになる(例外もあるという)。従って、朝鮮人・日本人・ベトナム人等が漢文で書いた書籍は、「漢籍」ではないことになる(ただし一部「準漢籍」と呼ばれることがある)。「漢籍」というのは、ただ漠然と“漢文で書かれた書籍”と考えてきた不勉強な筆者にとっては、何とも窮屈な定義のように思われたのであるが、実はこうした定義は、漢籍の本家本元の中国にも存在するという。

童嶺氏

童嶺氏(南京大学文学院副教授)

童嶺報告では、近年中国で盛んになってきている「域外漢籍研究」における「域外漢籍」の定義が、張伯偉氏(南京大学域外漢籍研究所所長)の整理を引用する形で紹介された。それによれば、「域外漢籍」の定義は次の三つの場合があり得るという。すなわち、①「域外人」(朝鮮人・日本人・ベトナム人等)が漢文で書いた書籍、②中国人が中国文で書いた書籍の内、朝鮮・日本・ベトナム等の「域外」において刊行された書籍、③中国人が中国文で書いた書籍の内、「域外」に流出した書籍、であるという。童嶺報告によれば、こうした「域外漢籍」の意味付けに対しては、“「漢籍」の呼称は「中国典籍」(中国人が中国文で書いた書籍)に特定すべきであり、汎化してはならない”という反対意見も唱えられているという。こうした反対意見は、上記した「域外漢籍」の定義の内、①の見解に対するものであろうが、結果的に見れば、日本と同様の「漢籍」の定義を用いることを主張するものだと言えるであろう。日本・中国には、“漢籍とは中国人が物したものでなければならない”という捉え方が、確かに存在するのである。

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六反田豊氏(東京大学大学院人文社会系研究科教授)

他方、六反田報告によれば、韓国で漢籍と言えば、「漢文で書かれた本」といった意味を有するに過ぎず(国立国語院編『標準国語大辞典』参照)、韓国においては、日本・中国における「漢籍」(中国人が中国文で書いた書籍)が含意する内容を一語で的確に表現する単語はないという。それでは、韓国ではどのような分類方法が行われているかと言えば、前近代の古い時代に作成された書籍を「古書」(そのほとんどが漢文書籍)と総称し、その下位に中国本・朝鮮本という分類が設けられ、そして中国本と朝鮮本を区別するのは作成地の別であるという。すなわち、韓国の「古書」分類では、著者の民族や国籍、あるいは使用言語という条件は度外視されているのである。中国・日本における漢文書籍の分類の仕方と何と大きく異なっていることであろうか。

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平塚順良氏(大阪大谷大学非常勤講師)

また、平塚報告によれば、ベトナムにおいては「漢喃文献」(漢文または喃文で書かれた文献)を「国書」と「それ以外の漢文書籍」に分類することが行われているという。「国書」とは、ベトナム人が「漢喃」(ハンノム)で書いた書籍のことを指し、「それ以外の漢文書籍」とは、中国人が漢文で書いた書物であるという(稀に日本人・朝鮮人による漢文書籍が含まれる)。このことからは、ベトナムでも、著者の民族・国籍が分類の重要な基準となっていることが分かるであろう。

以上、日本・中国・韓国・ベトナムにおける漢文書籍の分類の基本的な特徴を見てきたが、その上で気づくことは、韓国における「古書」分類は、その他の三国と比して、著者の民族・国籍を問題としないという点において特異であると言えることである。それでは、なぜ韓国の「古書」分類では著者の民族・国籍が問題とされないのであろうか。この点については、六反田報告で一定の見解が示された。

六反田報告では、現在の韓国で「漢籍」すなわち「中国人が中国文で書いた書籍」を表す単語が存在しないことが指摘され、その背景について、推測の域を出ないとしながら、前近代における朝鮮知識人にとっての漢文書籍の位置づけが関係しているのではないかという見解が示された。すなわち、朝鮮知識人にとって漢文で思考し著述することは日常的な営みであり、彼らが接する大多数の書籍はほとんどが漢文で書かれたものであったため、中国人が著したものをあえて「漢籍」と称し、それに独立した一定の位置を与える必要がなかったのではないかという推論が示された。

このような六反田報告の推論は妥当なものだと思う。ただ、補足的なことを述べると、韓国において漢文書籍が中国人の著作と朝鮮人の著作に分けられなかった歴史・文化的背景としては、前近代朝鮮知識人の「小中華」意識(自国の文化や制度が「中国」に近似しているという自尊の意識)の存在をも指摘できるのではなかろうか。朝鮮知識人にとって、自らが漢文で書いた書籍を中国人が漢文で書いた書籍から切り離すよりも、両者の区別を取り払って一緒くたにまとめる方が、彼らの「小中華」的世界観には適合的だったのではなかろうか、とも思われるのである。いずれにせよ、前近代朝鮮知識人の漢字・漢文に対する並々ならぬ親和的な姿勢が、現代の韓国における「古書」の分類方法に反映されているように思えてならない。

U-PARL特任研究員
木村 拓