【アジア研究多士済々】荒木 徹也 先生(農学生命科学研究科)

荒木徹也先生

農学生命科学研究科農学国際専攻
国際開発環境学講座国際情報農学研究室准教授

農学が拓くアジアの国際協力

 

 

 

 

 

「国際協力がやりたくて農学部を選びました」

― 農業工学からフィールドワークに向かわれたものと思っていたのですが、実は国際協力への思いが先立つそうですね。

高校生のころから、砂漠が緑に変われば食料問題が解決するのでは?という漠然とした考えをもっていました。駒場で農業工学科(当時)の先生の全学自由ゼミに出て、国際協力について勉強できる場所がありそうだと知り、農学部への進学を決めました。当時理科Ⅰ類から進学できる農学部の学科は農業工学科だけだったと思います。

― インドネシアというフィールドを選ばれたのは?

偶然の要素がかなりあります。指導教員が大学院生時代に同級生だったインドネシアからの留学生が、帰国後ボゴール農科大学で教員をしていて、またこの大学がJICAのプロジェクトサイトになるという条件が重なり、その先生のところへ行ってこい、という話になったんです。国際協力について学ぶよい機会と考えて提案を受け入れましたが、当時インドネシアという国に対するイメージはほとんどありませんでした。

 

「インドネシアは、国全体がゆるやかなネットワークでつながっています」

- インドネシアについて、きわだった特徴のようなものを挙げるとしたら?

マレーの地域から都市国家としてブルネイ、シンガポールが切り取られ、マレーシアが切り取られ、近年では東ティモールが独立し、残った場所がインドネシア、みたいな感じがあります。それを「多様性の中の統一」とか「パンチャシラ」とかいった国民統合のための原則でつないでいる。中心性の強さもありながら、国全体がゆるやかなネットワークでつながっている印象です。スハルトの独裁体制が終わり民主化が達成されたからこそそういえるわけで、私自身スハルト退陣の直前にはじめてインドネシアに行ったので、そのときの印象が強くてそう感じるのかもしれません。

- 著書のなかで宗教社会学者のロバート・ベラーの『心の習慣』や『善い社会』を引用されていたのが少し意外だったのですが…

当時読んでいた島薗進『精神世界のゆくえ』において言及されていたのだと思います。『精神世界のゆくえ』は、有機農業と新興の宗教との関係が扱われていた部分などもあり、興味を持って読んでいました。

- そうですか!実は島薗進は私(冨澤)の指導教員なんです。島薗ゼミでは、ベラーはもちろん、農薬の化学物質による環境汚染の問題を扱った名著『沈黙の春』なども読んでいたので、関心がつながっていたようで興味深いです。

 

「食の研究、その可能性は無限に広がります」

- 新たに「四川料理」研究に展開されたきっかけは?

これも偶然の要素が大きいですね。研究室に四川省からの留学生がいて、食品科学の研究を計画していましたが、植物由来原料の実験資材の中国からの持ち出しが困難で、計画が進まなくなりました。一緒にテーマの見直しをするうちに、その学生自身も時に作って研究室メンバーにふるまってくれる四川料理に思い至りました。せっかく留学生本人とも縁のある食文化なので、これを本格的に研究してみてはどうか、という話になったんです。

- 農学の世界で地域料理をテーマにするというのはちょっと意外でした

言うなれば食文化研究ですね。確かに従来の農学の専門の枠組みにこれがぴたりとおさまるものはありません。食は、日常的であるとともに、きわめて多面的なもので、アプローチの可能性もさまざまですし、研究の可能性は無限に広がります。そういう中で、いまはとにかく四川料理の食文化の全体像をなぞっている段階です。そのうえでこの先、フィールドワークや、さまざまな調査で掘り下げていくつもりです。

-四川料理博物館で資料アーカイブを入手されたとのことですが、その経緯は?

私自身はまだ現地に行っていないのですが、その学生が帰省を兼ねて2ヶ月ほどフィールド調査をした際に訪ねました。館長から詳しい話を聞き、さらに蓄積してきた資料のデータを提供してもらったそうです。30-40GBほどの情報量があり、これから分析にかかるつもりです。ほかには親類、知人をたどって様々な情報を得ているようです。

*成都川菜博物館 http://www.cdccbwg.com/cn/home.asp

 

「KJ法は、古くて新しいよい手法です」

-フィールドでのインタビューの内容などは、研究室で共有されますか?

データの共有は課題です。個々のインタビューは、各調査者のフィールドノートに記録されていますが、そのレベルのデータの共有や公開は今のところ難しいという印象です。論文のかたちになってはじめて共有、公開されるのが現状です。以前農学部でも、フィールド系の調査データもラボワークの実験ノートのように残して共有・公開すべきではないかとの議論がありましたが、難しいという意見が多かったですね。

-インタビューデータは一定の形式にまとめるのでしょうか?

いわゆる半構造化インタビューのように一定のかたちで聞き取って書き起こすタイプのインタビューはあまり多くありません。まずはごく普通の会話から関係を作り、そこからだんだんに聞き取っていくような形が多いですね。フィールドワークで得られる経験は、業務日誌的に一定のフォーマットでデータ化するのは難しいと感じます。

 -実習ではKJ法を指導しておられるそうですが、その後の調査でもみなさんKJ法を利用されますか?

すすめてはいますが、強制はしません。調査をまとめるにはなんらかの手法は必要なので、一つの方法として教えています。ポピュラーなのはKJ法かGT(Grounded Theory、データ対話型理論)だと思いますが、せっかくフィールドで集めた幅広いデータを全部使いたい、という場合にはKJ法が今も有効だと思います。川喜田二郎により提唱されてから時間はたっていますが、古くて新しい、よい手法です。

 

「開発援助の方法は、この本にすべて書かれています。あとはやるかやらないか」

-フィールド調査が主体とのことですが、文献はどう利用されますか?

単行本はアマゾンで購入することがほとんどです。日常の文献検索ではScienceDirectを使うことが多いです。図書館はあまり使っていませんね。

-「図書館」の課題は何だと思いますか

「物理的空間としての図書館」と「デジタル空間としての図書館」では求められる役割と機能が異なるように思います。大きな方向性としてはデジタル空間としての図書館をさらに充実させていくことが課題ということになるでしょう。ほとんどの研究者はデジタル空間としての図書館を利用するものと思われますので。一方で、物理的空間としての図書館には、主たる利用者である学部生・院生に対する啓発的な教育効果が見込まれるような蔵書を選抜しているかどうか、その選球眼が問われることになると思います。学生に対する教育機能、第一歩として「図書館に行ってきなさい」といえるような場所、基礎的な文献の探し方が学べる場になっているとよいですね。また、アジア研究図書館計画については今回はじめて聞きましたが、京都大学アジアアフリカ地域研究研究科・東南アジア地域研究研究所や国立民族学博物館など、アジアに強い図書館といかに差別化するかが大事ですね。

-では、おすすめの一冊を教えてください。

和田信明・中田豊一『途上国の人々との話し方:国際協力メタファシリテーションの手法』(みずのわ出版、2010年)です。序章の井戸掘りのエピソードを講義の最初に紹介するようにしています。村人のために掘った井戸がなぜ使われなくなるのか。開発援助プロジェクトの古典的な失敗例ですよね。著者の中田さんも村人の本音が分からず長らく模索されて、その状態を「曇りガラス」と表現されています。その曇りガラスが、共著者の和田さんとの出会いによって晴れるわけです。援助される人々の本音を和田さんがうまく引き出せるのはなぜか、中田さんが分析し体系化しています。

-特に人文系研究者はつい観念/考え(perception)を聞いてしまうのですが、事実(fact)を聞くのが大事だというのは目からうろこです(おすすめ本p.33参照)

観念/考え(perception)ではなくて事実(fact)を聞くために「なぜ」を「いつ」に置き換えるなど、本書ではメタファシリテーションの方法論が、すぐに実践できるノウハウのレベルまで丁寧に書かれています。そういった意味で、いまのところこの本に代わる本はないと思います。「観念/考え(Perception)」って、実はいかようにでも答えられるんです。そうではなくて、事実を知るためのインタビュー術をこの本で学ぶことができます。これは開発援助の目的に限らず有効な手法だと思います。当事者主体の途上国開発援助の実務のあるべき姿と具体的手法は、この本にすべて書かれています。あとはそれをやるかやらないか、ただそれだけです。

-本日はどうもありがとうございました!

(2017年6月、インタビュアー:成田・冨澤)

 

 

 

 

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農学部キャンパスの新しいシンボルとして2015年3月にお目見えしました。