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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
Uehiro Project for the Asian Research Library

COLUMN

【アジア研究多士済々】森川 想 先生(工学系研究科)

森川想先生

工学系研究科社会基盤学専攻国際プロジェクト研究室助教

道路建設における用地取得から、政府市民間の問題へ

「法学部で数学を受験勉強していました」

― もともと法学部ご出身とのことで、法学から土木というのがちょっと意外だったのですが・・・。

開発については漠然と興味があって、世界を平和にしたいという思いから、法学部に入ったのですが、工学部の堀井秀之先生の授業に出たときに、インフラで世の中に役立つことの魅力を仰っていて、国際社会で活躍するなら土木でしょうというお話に衝撃を受け、土木に興味をもちました。すぐにも工学部に移りたいという気持ちもありましたが、法学部に在籍したまま、数学も勉強して、修士課程で社会基盤学専攻(旧・土木工学専攻)に入りました。

土木と社会のかかわりに興味があって、修士1年のときにジャカルタのMRT(都市鉄道)の工事の調査研究でインターンをした際、用地取得の研究は取得する側からもされる側からも嫌われると知って、かえってこの分野にチャレンジする気になりました。2年のときは、マニラのアジア開発銀行のインターンプログラムで、スリランカ人の専門家に受け入れしてもらう機会を得て、マニラで研究することができ、その内の2か月はスリランカでも調査しました。それが私のアジアのフィールドワークの原点です。

― その後、博士課程は法学部なんですね。

修士課程の後、国際機関で働きたいと思っていたので、社会について研究しようと思い、先生方にも賛成していただいて法学政治学研究科に戻ることにしました。

用地取得は、土地に対する愛着など、ソフト面の要因が大きいので、コンテクスト依存になりやすく、人によって結果が違ってしまうことがあります。そこで税金などのお金を集めるという話であれば、割と一律的に捉えて分析できるのではと考えました。その頃、年金問題が話題になっていたということもあって、例えば保険料の納付について、みんなが払わないから自分も払わないといったような作用について研究してみようと思いました。案外、政治学に戻ったらシミュレーションやモデリングなど、かえって数理的な研究に触れる機会も増えました。

 

「土地も高等教育も、すべてがインフラ」

私の関心は、用地取得から始まって、そこでの政府―市民の関係といったことに向いてきました。土地やお金だけでなくて、マイナンバーのような情報も資源と考えると、こうした、市民が特に理由もなく取られたくないと思っているものを政府が集めるときに、どのような条件のもとに説得して集め、効率的な政策の提供につなげるかということは、公共政策の重要な作用だと思います。特にこれからは、資源が制約されているなかで情報を集めて効率的な政策をやっていくしかない。

これは先進国と途上国の区別を超える問題で、日本はITCの利用が遅れていて、例えば電子マネーの導入などでは、中国やインドが進んでいる面もあります。そうした観点から、途上国と先進国を区別せずに、ITC先進国であるエストニアや北欧の事例とインドの事例を比較するということもやっています。

- 工学部の中にいながら、いわゆるインフラの問題を超えつつあるということでしょうか?

逆にすべてがインフラだと考えます。スリランカでは、高速道路を管轄する省の名前がMinistry of Higher Education and Highwaysとなっていて、高等教育もやっている。スリランカの場合は、きっと政治的な事情なんでしょうけど、社会基盤の先生方に言わせれば、両方ともインフラ(笑)。その意味では国土交通省が高等教育をやったっていい。もっと広く言えば、社会基盤の学問全体は開発にかかわる様々なイシューと結びついている部分があり、環境やコミュニティ、景観といったテーマとも結びついている。公共政策と公共事業はもともと近いところがあって、理系と文系の境目で混ざり合っているので、そうした研究対象をもつ社会基盤学が工学部の中にあるということは、その面でありがたいです。

 

- フィールドはどんなところへ行かれるのですか?

スリランカには今も行っていて、2010年、2011年に行った調査の経年調査をやっています。高速道路によって人々の生活がどのくらい変わっているか、といったことです。住民の生活が改善していればOKかというとそうではなく、サポートが途切れた後、住民が不満を持っているといったこともあります。ほかにはエストニアやインドの事例も研究していますが、フィールドと呼べるのはスリランカぐらいです。今後はアフリカもやってみたいです。工学の基本姿勢は、面白いだけではなくて問題解決につながることを意識します。その点、アジアよりもアフリカ、そして日本に、多くの課題を感じつつあります。今やアジアは、いろいろあっても結構明るい気がしますので。自分はいい加減なので(笑)、だからこそできるような横断的な調査をしてみたいです。

- 法学部との共同研究などもあるのでしょうか?

他に比べると積極的にやっていると思います。公共政策にも授業を出していますし、ASNETへの出講も工学部では珍しいと思います。とはいえ、社会科学とはまた十分交流できていないという印象があります。個人的には、文化人類学や地域研究などとのつながりを広げていきたい。そのためにはお互いのアプローチに寛容でないといけませんね。

- フィールドで得た調査データはどうされていますか?

調査の基本は半構造化インタビューです。学生との共同作業でもあるので、データは研究室の中では皆が使えるようにしています。文系とは事情が違うかもしれませんが、ここでは色んな学生をリレー形式で受け入れて同じフィールドの調査をするので、先輩の調査が全部まとめて見られて、使えるようになっています。

 

「専門的知識を持った人たちがつながっていけば知識を効率的に集約できる」

- 文献類はどのように使うのでしょうか?

電子ジャーナルで論文を見るのが主で、紙の本はあまり使わないです。ジャーナルは大体決まったものを見ますが、学生にはWeb of Scienceを教えます。最近はGoogle Scholarは外せない存在になっています。文書館などには行きませんが、現地で政府関係文書を見に行くことはあります。道路局で収用関係の資料を見たり、警察署で事故のデータを取ったりする作業は、一日がかりだったりして、その辺は文系の作業と似ているかも知れません。

- 図書館に期待することは何でしょう?

私たちの場合、研究成果を出すということについて言えば、紙の本を出すというよりは、ウェブを通じた発表が中心になってくるので、紙の本という媒体にこだわらない図書館を考える時代が来ていると思います。ウェブでは大量のものが見つかる反面、情報の選別が行われないまま情報があふれるようになってきています。段階的に読むべき資料などについて案内役が必要です。以前は研究者がブックリストを作ったりしていましたが、一つの分野でも情報が多くて道に迷いそうなのに、横断的な分野になるともう手に負えない。それで情報があふれているせいでタコツボ化してしまいかねない。それなりのディシプリンをもって、素人に5冊なら5冊の的確な本をお勧めできるようなガイド的な仕事が図書館の役割かなと思います。

-今までに、図書館員や研究者でガイドとしてすごいと思われる人に会われたことは?

研究者ですごい人はいますね。文献をちゃんと集めて網羅しているので、その人に訊くとこういうものを読めばよいということが簡単に分かる。それぞれ得意分野を持つ人が協働できると良いと思います。図書館員が専門的にやるというよりは、専門的知識を持った人たちがつながっていくほうが知識を効率的に集約できる。その面でアジア研究図書館の取り組みはとても良いと思います。

-では、おすすめの一冊を教えてください。

この研究室での研究関心につながる本でもあるのですが、松本仁一『カラシニコフ』と『カラシニコフ2』です。銃というものが旧ソ連圏という一つの地域で作られ、他の地域に広まっていき構造が簡単なのでコピーがまた広まっていく。物流とも関係があるし、製造工程や、人々の営み、戦争、クスリの問題なども、全部が結びついていく。ある地域で生まれたものがグローバルに影響を及ぼすということを教えてくれた本です。

-本日はどうもありがとうございました!

(2017年7月、インタビュアー:冨澤・徳原)