【アジア研究この一冊!】 服部民夫著『韓国―ネットワークと政治文化―』

U-PARL特任研究員
中尾道子


韓国をフィールドに社会学研究を行ってきた著者の服部民夫氏は、大学に籍を移すまで、20年近くにわたってアジア経済研究所で韓国の経済と社会変容を分析し、その後も長年にわたり韓国の企業経営や政治運営などと伝統的な人間関係とのかかわりを解析し、つねに新しい提言を行って来られた。

紹介文に「韓国における政治の構造はいかなるものであるのか、また政治に関わる人間はいかにしてリクルートされるのか。血縁・結婚関係、地縁、学縁などを契機に形成される「人間関係ネットワーク」の視点から、韓国の政治・社会の基本構造にアプローチする」とあるとおり、本書は、韓国社会の人脈的特質について、とくに政治権力のあり方に焦点をあて、族譜等の文献史料や統計資料に基づく社会学的な手法によって浮き彫りにしようとするものである。

著者は「分析対象である韓国の現在の、そして近い過去の様々な事象を説明するためには、歴史、ことに朝鮮朝を多少ではあれ知ることが絶対に必要である」とし、「家族・親族という基礎的な社会集団における人間関係の様態が、当該社会の構造に大きな影響を与えるのではないか」との考えから、その具体的な手がかりを、ソウル大学校奎章閣に所蔵される各種史料や文書類、そして、ハーバード大学イェンチン図書館の族譜コレクションに見いだす。

本書の特徴ともなっている族譜に基づく朝鮮時代(1392~1910)の支配層の人脈分析は、著者が1978年からイェンチン図書館で行ってきた調査による成果であるが、それは、当時の政界の有力者の家族や近親者の婚姻相手を族譜の上でひとりひとり丹念に調べ上げ、相手側の族譜でそれを確認し、さらにその婚姻相手をたどるというとてつもない時間と根気のいる作業によるものであった。著者はよくその調査時のことを、現在のライブラリアンが聞いたらおそらく卒倒するに違いないエピソードを交え、真剣ながらもとても楽しそうに、そして茶目っ気たっぷりに話してくださった。地下の、あの薄暗い閲覧スペースで、来る日も来る日も族譜を繰り、膨大な労力と時間を費やしたという著者の仕事に、いまあらためて驚嘆と畏怖の念を禁じ得ない。

著者は、私が博士課程に入学した時の研究室の主任教授で、分野は全く異なるが、「人間関係ネットワーク」という視点から韓国社会の基本構造にアプローチする同書に、詩書画を介した人的ネットワークに関心を持って朝鮮時代の絵画史を研究しようとしていた私は大いに刺激を受けた。

本書を久々に読み返したのは、私がU-PARLに着任した翌年の2018年3月、欧米のサブジェクト・ライブラリアン制度を調査するためにハーバード大学イェンチン図書館を訪問することになった時であった。私はこの時はじめて同書のあとがきに、イェンチンでの族譜調査において「資料の集積とそれを使いやすくするためのコンピューター利用による資料整備など、アメリカの大学の底力に圧倒された」著者が、当時、Korean Collectionの部長でライブラリアンの故ソンハ・キム氏への謝辞を記していたことに気が付いた。

著者はよく学生たちに「T型」の専門家になるようにとおっしゃった。つまり、自らの軸となる専門について深く掘り下げつつ、広い視野を持って研究を見渡し、他の分野でも通じる幅広い知見を持つように、ということであった。これはまさに、サブジェクト・ライブラリアンに求められる資質でもある。著者が亡くなられた今となっては確かめようもないが、この「T型」の専門家の話は、イェンチン図書館の、あるいは著者が長年勤めておられたアジア経済研究所のライブラリアンが念頭にあったのではないかと思えてならない。

研究書は著者自身の生きざまをも反映する。本書が刊行されたのは1992年だが、インターネットの普及により研究環境が格段に向上した現在に至ってもなおその重要性は色あせない。

筆者が2018年3月に訪問したハーバード大学イェンチン図書館

地下の書架と閲覧スペース

猪口孝編「東アジアの国家と社会」シリーズ第4巻
【書誌情報】
服部民夫著
ISBN:978-4-13-033064-0
出版地:東京
出版社:東京大学出版会
出版年:1992年
判型・ページ数:四六・288ページ
定価:2400円+税

猪口孝編「東アジアの国家と社会」シリーズ全6巻は以下の通り。
東京大学OPAC

1 中国 : 溶変する社会主義大国 / 天児慧著
2 台湾 : 分裂国家と民主化 / 若林正丈著
3 北朝鮮 : 社会主義と伝統の共鳴 / 鐸木昌之著
4 韓国 : ネットワークと政治文化 / 服部民夫著
5 ベトナム : 革命と建設のはざま / 白石昌也著
6 日本 : 経済大国の政治運営 / 猪口孝著

February 22, 2022