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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
Uehiro Project for the Asian Research Library

COLUMN

日韓ナゼそこに?トイレミュージアム その1: 韓国 水原市「解憂斎(ヘウジェ)」

特任専門職員 安井恵美子

はじめに―トイレの歴史はどこで、どのように語られるのか―

 皆様は、韓国や日本に常設のトイレミュージアムがあることをご存知だろうか。大学院で韓国朝鮮地域の近現代史、なかでも水洗トイレの普及過程の歴史について研究している筆者は、その内のいくつかを訪問したことがある。「なぜトイレの歴史や展示に注目するの?」と思われるかもしれないが、実は水洗トイレの普及過程を語る展示には、近代や文化に対する歴史観がよく表れているのだ。韓国も日本も、直近100年間に汲み取り便所から水洗トイレへの転換を経験してきたが、その歴史の語り方は様々である。また、ミュージアムの立地がどこであるかも、歴史の語り方と関連している。
3回に分けた今回のリレーコラムでは、韓国と日本にある3つのトイレミュージアムを紹介し、それぞれの設立経緯と展示内容を見ながら、各地において水洗トイレの歴史がどのように語られているのかを考察してみよう。

 

1. 【韓国】トイレ文化展示館「解憂斎(ヘウジェ)」

 解憂斎は、ソウル特別市からバスで約1時間、世界遺産の華城で有名な京畿道(キョンギド)水原(スウォン)市にある。この展示館は英語名がMr. Toilet Houseであることからもわかるように、水原市長時代に水洗トイレの普及に熱心に取り組んだ沈戴徳(シム ジェドク)氏を顕彰する施設である。その在職期間中、水原市は2002年の日韓ワールドカップの誘致活動を行っており、沈氏は人々に綺麗で衛生的なトイレを使ってもらいたいとの考えから、公衆トイレの整備などを行う「トイレ文化運動」を始めた。その活動は、沈氏が創設に関わり初代会長を務めた世界トイレ協会(World Toilet Association)に継承され、現在も続いている。

 解憂斎はもともと沈氏によって建設されたが、2009年に沈氏が亡くなると、遺志に基づき水原市に寄贈された。その建物は、腰掛式便器をかたどった形をしている。屋内の展示は1階と2階に分かれており、1階はトイレの歴史を、2階は沈氏やトイレ文化運動の業績を概観できるようになっている。韓国・中国・日本で使われてきたおまる(尿瓶)や、昔の厠[i]の模型などが展示されていて興味深い。別館の文化センター内には子ども向けに特化した子ども体験館がある。学芸員によると、開館直後より幼稚園の団体や親子連れの訪問が多かったため、子供たちが楽しめるような展示やイベントを徐々に充実させていったという[ii]

解憂斎の玄関。銅色に輝くうんこの像が目を引く。

上空から見た解憂斎の姿。
腰掛式便器の形状がよくわかる。

 子ども体験館の内部。

 屋外には、朝鮮半島に歴史上存在したトイレの模型の数々が展示されている。中には、百済時代に使われていたという、くじらや虎をかたどった移動用おまる[iii]の模型が置かれている。朝鮮時代の厠や、主に済州島で使われていたという豚便所の再現もある。そこは、過去から現在にかけて、トイレのかたちは多様であったことを体感できる場所になっている。筆者が訪問した当日も、屋外スペースは幼稚園児のグループや親子連れの写真撮影で賑わっていた。園児の一人はトイレ模型にまたがりながら「おしっこを本当に出しちゃった、えへへ」とおどけてみせて、先生を困惑させていた。その子どもたちがトイレ文化運動や展示館の設立背景についてどこまで知っているのかわからないが、少なくとも屋外のその場所は、市民の憩いの場でありフォトスポットになっていた。

 このように世界各地や各時代のトイレが陳列されている様子を見ると、水洗トイレが一般家庭に普及し始めてからまだ半世紀ほどしか経っていないこと、そしてほとんどの時代で人間の糞尿は土に還元されていたことなどが改めて意識させられる。「トイレ文化運動」で普及が図られたのが水洗トイレであった一方で、解憂斎がこのように従来の「水洗式でないトイレ」を多数展示している理由は何だろうか。

しかし、そういった面倒くさいことを考える人は他にあまりいないだろう。解憂斎は今後も、子どもたちが多様なトイレのかたちに触れて親しむような、地域コミュニティのための博物館として存在し続けていくのではないだろうか。

(写真はすべて解憂斎より提供された。)

 

注釈:

[i] 朝鮮半島在来の厠は、家屋の後方にあるという意味で뒷간(トゥィッカン; 後ろの間)などと呼ばれる。用を足した後に灰をかける風習などがあった。なお、解憂斎の由来となっている解憂所(ヘウソ)は、寺に置かれた厠を指し、心配事を解き瞑想や思索にふける場所を意味する。

[ii] 차민정「아이들은 왜 똥을 좋아할까」『똥의 인문학: 생태와 순환의 감각을 깨우다』역사비평사, 2022년. (チャミンジョン「子どもたちはなぜうんこが好きなのか」『うんこの人文学: 生態と循環の感覚を呼び覚ます』歴史批評社、2022年。)

[iii] 虎をかたどった移動用おまるは、国立扶余博物館ウェブサイトの所蔵品目録で閲覧できる。

 

参考文献:
世界トイレ協会ウェブサイト http://www.withwta.org/home/i1.php?s=11
解憂斎(ヘウジェ)ウェブサイト https://www.haewoojae.com:40002/

20.May.2025