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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
Uehiro Project for the Asian Research Library

COLUMN

日韓ナゼそこに?トイレミュージアム その3:日本 常滑市「トイレの文化館」

特任専門職員 安井恵美子

 リレーコラムの最終回である今回に紹介するのはINAXライブミュージアム「トイレの文化館」である。

 

3. 【日本】INAXライブミュージアム「トイレの文化館」

 TOTOミュージアムとは異なる視点でトイレの「文化」の歴史を語っているのが、2025年4月17日にオープンしたばかりのINAXライブミュージアム「トイレの文化館」である。INAXライブミュージアムは英語名がINAX Museums(複数形)であることからもわかるように、いくつかの博物館から構成されたテーマパークのような姿をしている。泥だんご作りや絵付けを体験できる施設もあり、「土とやきものの体験型ミュージアム」が志向されている。なお、INAXは2011年に他4社と統合し株式会社LIXILの一部となっているが、ミュージアムの名前の通りに本コラムでは社名をINAXと記す。

トイレの文化館の外観。

 トイレの文化館は、LIXILの「水まわり・タイル100周年」を記念し、INAXライブミュージアムの7番目の館として誕生した。INAXは元来より、古便器コレクション を基に、19世紀末から瀬戸でさかんに作られた絵付けの施された便器(染付古便器[i])を展示してきた。日本の人々は汲取便所の時代から装飾性の高い磁器製の便器を用いていたのである。トイレ文化館の展示は、対象となる時代と地域をそれよりも拡張し、江戸時代の木製便器(樋箱)と厠から始まり、イギリスでの技術開発、集合住宅における標準化、そして現在に至るトイレ通史を描いている。現代に関する展示では、INAXが開発・製造した国産初のシャワートイレを含め自社製品が多いものの、全般的には製造業者を限定せずに様々な形のトイレを展示している。ぜひ現地で実物をご覧いただきたいのだが、19世紀末から20世紀初頭にイギリスで製造されたドルトン社のバルブ式便器の展示もある。それは現在と違って座面が木製であり、室内家具のような趣がある。

展示室のキャプションでも引用されていた、バルブ式トイレの断面図。用を足した後にEの部分にあるハンドルを引いて流す。

(出典)S. Stevens Hellyer. The Plumber and Sanitary Houses, the Fifth Edition. London: B. T. Batsford, 1893, page 209.

 

 INAXは、ミュージアムが位置する愛知県常滑の地と歴史の長い関わりを持つ。もともと、常滑は現代に日本六古窯の一つに数えられるほど、中世から現在までやきものの生産が続いている日本有数の窯業地である。INAXは(1924~1985年の社名は伊奈製陶)、18世紀に初代伊奈長三郎が茶器製造を始めたことを源流とするが、20世紀以降は土管、タイルやテラコッタなどの建築陶器を生産し、日本の近代的なインフラと建築を支えてきた。生活雑器であった常滑焼から出発したINAXは、時代のニーズに合わせて窯業のあり方を変えてきたのである。INAXが本社機能の一部を東京に移転しつつも、ミュージアムを今も常滑に置いていること、そしてミュージアム全体が土とやきものに慣れ親しむことを目的とすることの背景には、そういったルーツがある。

 このように立地について考えてみると、TOTOミュージアムとINAXライブミュージアムはどちらも企業が設立した博物館でありながらも、各者の歴史の語り方が異なることが見えてくる。すなわち、近代に小倉に新しく工場を構えたTOTOはそのミュージアムにおいて、技術の説明に重点を置きながら、創業者の先見の明と革新性、すなわち前時代との非連続性を語っている。一方で、INAXのミュージアムは日本の文化史を軸に据え、トイレを清らかに保つ工夫が江戸時代から存在してきたこととの関連、そして常滑の窯業史との連続性を示しながら語っている。トイレ文化館の最後の展示パネルでは、「世界に広がる日本のトイレ文化」という見出しで、「さまざまな技術革新の根幹には、清浄性を求める日本のトイレ文化があります」と述べられている。このような歴史の語り方は、LIXILが欧米の衛生陶器メーカーの子会社化を行いつつ、世界展開を進める歩みとも繋がっているのかもしれない。

 INAXライブミュージアムは、タイルコレクションやテラコッタの屋外展示など見所が多い。窯で焼かれた陶磁器の展示をたくさん見た後は、敷地内にあるレストランで、これもまた窯で焼かれた美味しいピッツァをいただいた。

 

おわりに―トイレミュージアムの語る「文化」とは何か―

 

 以上のように、韓国と日本の各地にあるトイレミュージアムにおいて、トイレの歴史は様々な形で語られている。トイレ文化展示館「解憂斎」は、水原市で日韓ワールドカップ開催に向けて水洗トイレが普及した20年前の歴史を今に伝えているし、TOTOとINAXのミュージアムはそれぞれ、小倉と常滑におけるトイレ製造の歴史を展示している。そして、TOTOは近代と前時代との非連続性を、INAXは常滑焼にルーツをもつ連続性に重きを置いて歴史を伝えている。どのミュージアムでも「文化」という言葉が共通して使われているが、その「文化」が指し示す範疇は各者さまざまである。TOTOは外来の衛生陶器がもたらす革新的な「文化」を、INAXは日本の窯業に備わっていた清浄志向が発展したものとしての「文化」を語っているものに見える一方、解憂斎は百済時代にまでさかのぼる排泄の「文化」を陳列している。「循環型社会」というキーワードが流布する現在、朝鮮時代ないし江戸時代の下肥の農村還元に再び注目が集まっている[ii]こともあわせて鑑みると、トイレの「文化」に対する語りは多様であり、水洗トイレが必ずしも「文化」の主流であり続けたわけではないことに気づかされる。皆様も、今回紹介したようなトイレミュージアムを訪問してみると、多様なトイレの形態を発見する面白味や、近代や文化に対する歴史観を見直すきっかけが得られるかもしれない。

 なお、アジア各国におけるトイレの事情や風習については、アジア経済研究所の研究員によるリレーコラムアジアトイレ紀行 が詳しい。韓国については、安倍誠氏が、紙を流さない習慣から流す習慣への転換を興味深く考察している。このコラムを読むと、衛生的で安全なトイレが整備された環境が当たり前ではないことや、水洗トイレは規格化された工業製品であるにも関わらず、その使い方が地域ごとに多種多様であり、宗教や社会のあり方の反映となっていることなどに気づかされる。アジア研究においてもトイレは重要な主題である。筆者は今後も、トイレにまつわる語りの多様性に着目して調査を進めていきたい。

 

注釈:

[i] 詳しくは次の書籍を参照されたい。LIXIL『INAXミュージアムブック 染付古便器の粋―清らかさの考察』LIXIL出版、2007年。

[ii] 最近では、東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHTが「ゴミうんち展」 を開催し、従来見たくないものとされてきたゴミうんちを含む世界の循環を「pooploop」と捉えなおす試みを提示した。展示では、江戸時代の厠と堆肥使用の循環が図解されたほか、人間の排泄物のたどり着く先である下水汚泥をタイルに再生するという、LIXILとデザイナー狩野佑真氏による試みが紹介された(展示期間:2024年9月27日~2025年2月16日)。

参考文献(五十音順):

INAXライブミュージアム トイレの文化館 ウェブサイト https://livingculture.lixil.com/ilm/facility/toilet/

LIXILウェブサイト https://www.lixil.com/jp/

LIXIL『なんとかせにゃあクロニクル 伊奈製陶100年の挑戦』2024年、展示図録。

24.June.2025