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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
Uehiro Project for the Asian Research Library

COLUMN

セム・ハム諸語[アフロ・アジア諸語]を巡るNDCの美学

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エジプト語碑文(Museo delle Antichità Egizie, Turin, Italy: 筆者撮影)

 

セム・ハム諸語[アフロ・アジア諸語]を巡るNDCの美学

永井正勝 (U-PARL特任研究員)

2016年9月27日
みなさん、こんにちは。7月1日付でU-PARL特任研究員に着任した永井正勝です。私の専門分野は言語学です。特に、エジプト語の文法や文字について研究しています。エジプト語とは、聖刻文字(ヒエログリフ)や神官文字(ヒエラティック)などの文字で書かれたエジプト土着の言語のことで、ツタンカーメンやラメセス2世など、ファラオ達が話していた言葉です。

エジプト語はアフロ=アジア諸語(古くはセム=ハム諸語)と呼ばれる言語グループに属しています。このグループに属する言語は、日本ではどちらかと言えばマイナーなのですが、それでも、旧約聖書の言語であるヘブライ語や、国連の公用語の1つであるアラビア語は、名称くらいは知られているかと思います。その一方で、ソマリ語やハウサ語など、お茶の間で話題になることが少なそうな言語もアフロ=アジア諸語に含まれています。

そこで、着任のご挨拶として、私が研究対象としているアフロ=アジア諸語の言語が図書館でどのように分類されているのかを紹介しましょう。

図書の分類とはいっても、実はいくつかの方法があります。日本では日本十進分類法[NDC]が有名で、多くの図書館がこれを採用しています。そこで、NDC(『日本十進分類法 新訂10版』日本図書館協会. 2014年12月)を用いて説明します。

NDCでは、原則として3列の数字(第1区分〜第3次区分)で図書を分類します。左から順に、最初の数字が第1次区分(類)、2番目の数字が第2次区分(綱)、3番目の数字が第3次区分(目)です。たとえば、エジプト史を示す 242 において、第1次区分の2類(左側の数字)が「歴史」、第2次区分の4綱が「アフリカ」、第3次区分の2目が「エジプト」をそれぞれ示しています。

言語(学)は8類に属しているため、800番台に収まることになります。この8類を第2次区分(綱)まで示すと次のようになっています。

800 言語
 810 日本語
 820 中国語、その他の東洋の諸言語
 830 英語
 840 ドイツ語、その他のゲルマン諸語
 850 フランス語、プロヴァンス語
 860 スペイン語、ポルトガル語
 870 イタリア語、その他のロマンス諸語
 880 ロシア語、その他のスラブ諸語
 890 その他の諸言語

少々ややこしいことですが、NDCが設定する上の分類では、綱と分類階層が一致していません。つまり、810830 にはそれぞれ単一の言語が収められている一方で、820840-880 には2つ以上の言語が含まれています。そこで、階層を合わせるために複合的な分類にのみ第3次区分を用いると、先の分類は次のように再整理されます。

 800 言語
 810 日本語
 820 中国語
 829 その他(=中国語以外)の東洋の諸言語
 830 英語
 840 ドイツ語
 849 その他(=ドイツ語以外)のゲルマン諸語
 850 フランス語
 859 プロヴァンス語
 860 スペイン語
 869 ポルトガル語
 870 イタリア語
 879 その他(=イタリア語以外)のロマンス諸語
 880 ロシア語
 889 その他(=ロシア語以外)のスラブ諸語
 890 その他(=上記以外)の諸言語

このように、NDCでは 810 〜 890 まで15種類の枠の中に世界中の言語を分類させています。それでは、これらのなかで、エジプト語、ヘブライ語、アラビア語などのアフロ=アジア諸語の言語はどこに分類されるのでしょうか?

先の3つの言語のうち、ヘブライ語とアラビア語の2つは、朝鮮語(韓国語)、チベット語、タイ語、モンゴル諸語、ヒンディー語、サンスクリット、ペルシア語、アルメニア語などの諸言語とともに 829 その他の東洋の諸言語 に分類されています。

この 829 その他の東洋の諸言語 という分類は、東アジアから西アジアまで、アジアの諸言語を包含するという点で、とても懐の深いグループになっています。しかしながら、これだと 829 の中身が雑多になってしまうので、NDCでは補助表(第4次区分〜第6次区分)を利用した細区分がなされています(補助表の分類はピリオドの後に付加します)。

補助表では、829 その他の東洋の諸言語 の下位に 829.7 セム・ハム諸語[アフロ・アジア諸語](第4次区分) が設定されており、ヘブライ語とアラビア語は 829.7 セム・ハム諸語[アフロ・アジア諸語](第4次区分) の更に下位(第5次区分)に分類されることになります。

829 その他の東洋の諸言語 (第3次区分)
 829.7 セム・ハム諸語[アフロ・アジア諸語](第4次区分)
  829.71 アッカド語:アッシリア語、バビロニア語 (第5次区分)
  829.72 カナン語群.フェニキア語(同上)          
  829.73 ヘブライ語 (同上)
  829.74 アラム語 (同上)
  829.75 シリア語(同上)
  829.76 アラビア語(同上) 
  829.78 エチオピア諸語:アムハラ語(同上)  

第4次区分を持ち出すことにより、ようやく、私が専門とするアフロ・アジア諸語の居場所が示されました。「みなさん、アフロ・アジア諸語の本を読みたい場合には、829.7 の棚に向かってくださいね!」と言いたいところなのですが、事はそれほど単純ではありません。

というのも、NDCでは、829.7 セム・ハム諸語[アフロ・アジア諸語]というグループにはセム諸語のみを収め、ハム諸語は  894.2 以下 に分類するという規定が定められているからです。そうであれば、セム・ハム諸語という名称ではなくてセム諸語にして欲しいところですが、実際にはそのようになっていないのが悩ましいところです。

そこで次に、829.7 セム・ハム諸語[アフロ・アジア諸語] から追放されてしまったハム諸語を探してみると、それらは 894.2〜894.5 に分類されています。

 894 アフリカの諸言語 (第3次区分)
  894.2 古代エジプト語.コプト語 (第4次区分)
  894.3 ベルベル諸語(同上)
  894.4 クシュ諸語:ソマリ語 (同上)
  894.5 チャド諸語:ハウサ語 (同上)

このようなわけで、私の専門としているエジプト語は 894.2 に属しているのです。ちなみに、コプト語という名称が巷でも学術的にも使用されていますが、コプト語という独立した言語は存在しておらず、エジプト語の一段階を指すものであることを強調しておきたいと思います。NDCで「古代エジプト語.コプト語」となっているのは、至当な分類です(私は、古代エジプト語とコプト語を包含する用語として、エジプト語を使用しています)。

話が複雑になってきたので重要な点を整理しますと、NDCにおいては、セム・ハム諸語[アフロ・アジア諸語]に属する言語が、(1) 829.71〜829.76, 77 [セム諸語]と(2) 894.2〜894.5 [ハム諸語]の2つのグループに泣き別れしているのです。つまりNDCでは、829.7 セム・ハム諸語[アフロ・アジア諸語]という分類を立てておきながらも、そこからハム諸語を除外するという乱暴にも思える分類を設定しているのです。

みなさん方はこの状況をどのように評価しますか?泣き別れに対して、NDCの分類には矛盾があるな〜、と批判的に感じてしまうかもしれません。しかし、そのような判断は早計なのです。というのも、矛盾したように思える分類の背後に、NDCの美学が隠れているからです。

すでに述べたように、エジプト史の分類が 242 で、エジプト語の分類が 894.2 でした。ここに共通点が存在しているのですが、お気づきでしょうか? そうです、42という番号です。これは 4 アフリカ> 2 エジプトを示す区分なのです。この番号は2類や8類だけではなく、9類の文学にも適用されており、古代エジプト語の文学は 994.29文学>9その他の諸文学>4アフリカ>2エジプト)に分類されることになります。

矛盾しているようでいて矛盾していないというNDCの美学。なかなか面白い!

最後にひとこと。セム・ハム諸語という名称の学術的な妥当性は言語学では否定されており、アフロ・アジア諸語を使う方が一般的です。