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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
Uehiro Project for the Asian Research Library

COLUMN

『ロシア語アルファベットを追加したチュヴァシ人向けアルファベット本』――中央ユーラシア学術資源コレクション文献紹介(1)

Яковлев, И. Я. (1875) Букварь для чувашъ съ присоединеніемъ русской азбуки. Ђăваш Кĕнеки. Казань: Типо-и литографія К. А. Тилли.

『ロシア語アルファベットを追加したチュヴァシ人向けアルファベット本』

菱山 湧人(新潟大学)

 

0. はじめに

 本稿では、東京大学付属図書館アジア研究図書館U-PARLの中央ユーラシア学術資源コレクションに所蔵されているチュヴァシ語文献 Яковлев, И. Я. (1875) Букварь для чувашъ съ присоединеніемъ русской азбуки. Ђăваш Кĕнеки. Казань: Типо-и литографія К. А. Тиллиの構成と内容、著者、歴史的価値について述べる。

 

1.    概要

 本書は帝政ロシア期に出版された、最初期のチュヴァシ語アルファベット本の一つである。ロシア語とチュヴァシ語で書かれている。初版は1872年に出版され、本書はその後の加筆・修正ののちに刊行された第2版である。日本国内においては本図書館にのみ所蔵されている。副題の Ђăваш Кĕнеки はチュヴァシ語で「チュヴァシの本」という意味で、本書のチュヴァシ語アルファベットを用いて書かれている。出版地は当時のカザン県カザン市である。

図1:本書の表紙
2.    構成と内容

 全61頁で、ローマ数字でページ番号が付されている最初の8頁(IV-X)では、まえがきに続けてロシア語でチュヴァシ語アルファベット25文字の説明がなされている。1-11頁では、それぞれのアルファベットと、その文字が使われる単語と例文が挙げられている。11-37頁では、小話、ことわざ、なぞなぞ、歌、詩などの民俗関係のテキストが掲載されている。38-48頁には、祈祷文など宗教関係のテキストが載っている。48-52頁ではロシア語アルファベットと、それぞれの文字が使われる単語が挙げられている。最後には正誤表が1枚付いている

図2:現行のアルファベットでは使用されていない文字とその使用例(p.10)
3.    著者:Иван Яковлевич Яковлев(イヴァン・ヤコヴレヴィッチ・ヤコヴレフ)

 本書には著者名が記載されていないが、初版に関する情報から、キリル文字に基づくチュヴァシ語アルファベットの創始者 Иван Яковлевич Яковлев(イヴァン・ヤコヴレヴィッチ・ヤコヴレフ、以下ヤコヴレフ)(1848-1930) の著作であることは明らかである。以下は、ロシア大百科事典(電子版)のヤコヴレフの項目 (https://bigenc.ru/c/iakovlev-ivan-iakovlevich-3fa553) の要約である。

図3:Иван Яковлевич Яковлев(イヴァン・ヤコヴレヴィッチ・ヤコヴレフ) (https://bigenc.ru/c/iakovlev-ivan-iakovlevich-3fa553)

 

ヤコヴレフは1868年、シンビルスク(現在のウリヤノフスク)にチュヴァシ人のための学校を設立し、50年以上この学校で教鞭をとった。ヤコヴレフは1875年にカザン大学を卒業後、1903年までカザン学区の複数のチュヴァシ人学校でも教鞭をとり、同時に視察官も務めた。彼の貢献により1200以上の学校が開校された。

イルミンスキーの指導の下で、ヤコヴレフはロシア語の文字に基づいてチュヴァシ語のアルファベットを改良し、1872年に本書の初版を出版した。ほかには『チュヴァシ人のためのロシア語初級教科書』や、トルストイやプーシキンなどのロシア文学作品のチュヴァシ語訳を出版した。

 

4.    歴史的価値:チュヴァシ語アルファベットの歴史における本書の位置づけ

 本書は、現在のチュヴァシ語アルファベットの元となったヤコヴレフ考案のアルファベットの最終版を解説した書籍であり、その歴史的価値は高いといえる。以下、チュヴァシで書かれたチュヴァシ語の概説書である Сергеев, Андреева, Котлеев (2012: 186-189) の記述をもとに、チュヴァシ語のアルファベットの歴史と本書の位置づけについてまとめる。

 ヤコヴレフ以前、チュヴァシ語はロシア語のキリル文字のみを使って書かれ、綴りも不統一であった。ヤコヴレフが最初に考案したアルファベットは47文字で、これをもとに1872年に最初のチュヴァシ語アルファベット本が出版された(本書の初版)。このアルファベットには欠点があったため、ヤコヴレフは第2版でアルファベットを27文字に減らした。その後さらに2文字減らした25文字のアルファベットが解説されているのが本書であり、このアルファベットはその後、1938年に37文字からなる現行のアルファベットが制定されるまで変更されずに用いられた。本書のアルファベットに含まれている特殊文字のうち ӑ, ӗ, ӳ, ҫ の4文字は、現行のアルファベットでも用いられている。

 

■ 謝辞

本研究はJSPS科研費(研究課題23KJ1014)の助成を受けている。

■ 参考文献

Сергеев, Л. П., Е. А. Андреева, В. И. Котлеев (2012) Чӑваш чӗлхи: čăvaš filologi fakultečěn чӑваш филологи факультечӗн студенчӗсем валли хатӗрленӗ вӗренӳ кӗнеки.[チュヴァシ語:チュヴァシ文献学部の学生向けの教科書]Шупашкар: Чӑваш кӗнеке издательстви.

■ WEBサイト

Яковлев Иван Яковлевич (https://bigenc.ru/c/iakovlev-ivan-iakovlevich-3fa553) [最終閲覧日:2025/03/29]

5.Dec.2025