特任研究員 須永恵美子
5月に新しくU-PARLに加わりました、特任研究員の須永です。
私の専門はパキスタンの地域研究で、その中でも宗教関係の書籍や出版業界そのものを研究しています。地域研究という学問の特性上、フィールドにも行きますし、文献も扱います。最近は南アジア系の移民によって広がった思想に関心があり、各地で宗教書の翻訳などを集めて回っています。
パキスタンの大きな街にはウルドゥー・バザールという書店街があります。ウルドゥーというのはパキスタンの国語でもある南アジアの言語名で、バザールは市場ですので、日本語では「ウルドゥー語市場」でしょうか。ウルドゥー・バザールに並んでいるのは書店だけではありません。古書、製紙、裁断工、出版、印刷、文房具、ダンボール、ハンコ、ポストカード、包装紙、配達など、紙や印刷にまつわる様々な業者が軒を連ねています。
古都ラホールのウルドゥー・バザールは、車がすれ違えないぐらい細い路地の両側に3~4階建てのビルが並び、中のテナントは地下から上層階まで、どこを見ても書籍、紙、文房具ばかりです。出版社帳に住所が掲載された書店・出版社だけでも670軒以上あり、文房具店なども含めると市場の規模は1000軒とも3000軒とも言われています。U-PARLから徒歩25分、神保町の古本書店街が180軒ですので、アジア随一と言われるのも頷けます。
通りに面した一等地には、ウルドゥー語の辞書を編纂するイルミー・ブックスやオックスフォード出版など名の知れた出版社の小売店や、学校教科書を扱う店舗が入っています。宗教書関連はガズニー通り沿いのビルに集まっています。国内の少数派であるシーア派関連の書店は、地下階に多いです。狭い路地では、刷り上がったばかりの新刊を運ぶ手押し車、紙を引くロバや馬、教科書を届けるオートバイなどが人の波をすり抜けていきます。
パキスタンというと、2014年にノーベル平和賞を受賞したマララさんを思い浮かべる方もいるかもしれません。マララさんは、女子教育の必要性を訴えていまして、確かにパキスタンの教育水準や識字率はまだまだ改善の余地があります。識字率が高くない、すなわち本を読む人が限られているのに、なぜ出版業界や書店街が発達しているのでしょうか。
一つには、北インドからパキスタンにかけて、歴史的に文学が好まれており、詩集を中心とした文芸出版が盛んであることが挙げられます。他にも、書店が文学サロンの機能を果たしてきたことも影響しているでしょう。そして何より、本を好きな人が多い土地柄なのだと思います。パキスタンは英語の出版も盛んですし、ペルシア語やアラビア語の古典の翻訳・再販にも熱心です。
店主が出してくれる甘いお茶を飲みながら本を吟味しているうちに、あっという間に時間が過ぎています。多くの書店が日の入りと同時に店仕舞いです。一日経った頃には、服にインクの香りが染み込んで、自分まで本になったような気分を味わえます。
2021.6.29