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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
Uehiro Project for the Asian Research Library

COLUMN

終身布衣にして

特任研究員 中尾道子

 

余毎欲蔵万巻異書。襲以異錦、薫以異香、茅屋蘆簾、紙窓土壁、而終身布衣、嘯詠其中。客笑曰、果爾此亦天壌一異人。

余はつねに万巻の異書を蔵したいとおもっている。めずらしい錦を襲ね、他にはない香を薫らせ、茅屋に蘆の簾を掛け、紙を貼った窓に土壁の家で、生涯無官の士として、歌を口ずさんだり、詩を詠んだりして生きてゆく。客人は笑って、きっとこれまた世にもまれな変わった人なのだ、というのである。

 

この一文を収める『岩棲幽事』を撰した陳継儒(1558~1639)は、明末の書画家で、「山人」と呼ばれる文人の代表格でもあった。「山人」はそれまでの中国の典型的な文人とは異なり、知識人でありながらかならずしも科挙による仕官を目的としなかった。陳継儒も早くに科挙応試を放棄し、著述や編纂に専念して多くの書物を刊行している。冒頭に引用した文章が朝鮮社会にあって広く流布していたことは、18世紀朝鮮を代表する書画骨董の鑑識家でコレクターでもあった金光国(1727~97)に、「欲蔵万巻異書終身嘯詠其中」の蔵書印があることからもうかがえる。

朝鮮王朝18世紀の画家金弘道(1745~1806以降)もまた「布衣風流図」(韓国・個人蔵)の題に、「紙窓土壁終身布衣嘯詠其中(紙窓土壁、終身布衣にして其の中に嘯詠す)」の字句を引用している。

金弘道が描く紙窓土壁の居処は、俗塵を離れた清浄な空間を志向し、素足を交差させ唐琵琶を奏でる画中人物は、「終身布衣」、世俗を超脱した姿で表わされる。傍らには、文房四友に書画軸の束、積み上げられた書帙。居室の床には芭蕉葉が置かれ、珊瑚や如意、不老草を挿した觚に、鼎などの青銅器、哥窯と思しき双耳の青磁瓶、笙簧、剣、瓢といった古物でしつらえられている。それは像主の精神のありかたと結びつく空間として、その趣味と蒐集の高さを象徴している。

 
2003年11月に開催された學古齋の開館記念展「遊戯三昧」の案内ハガキ。ちょうどソウルに留学中であった筆者は、会期中ほぼ毎日この絵を見に当時仁寺洞にあったギャラリーに通い詰めた。
 

ところが、「終身布衣」としつつも、物に囲まれて暮らすその姿は、儒教社会であった朝鮮で重視された「玩物喪志」(『書経』)の思想とはかけ離れた俗の様相を呈している。

性理学的理念の干渉下にあった朝鮮王朝の知識人たちは、「玩物喪志」、すなわち、物を玩ぶ者は志を喪うとし、内面の精神性を豊かにするために、物に気を取られないよう身の回りから無用な物を極力遠ざけた。「玩物」とは無用なものをもてあそぶこと。つまり、精神の修養にとって、そもそも「物」は無用とみなされたのだ。

金弘道が生きた18世紀の朝鮮は、政治的安定を基盤に経済的にも繁栄がもたらされた豊かな時代であった。蔵書や書画古董の蒐集およびその鑑賞は、この玩物喪志に背く脱朱子学的な志向であったが、明末山人の古董書画の蒐集熱の余波を受けて、王朝の経済的繁栄を背景に朝鮮でもその愛好の風潮は広がりを見せた。冒頭の一文が世に広まったのは、朝鮮の人々もやはり、それまで社会を支配していた儒教的価値観とは別のありかたを探っていたからではないだろうか。

商品経済の発展はしかし、人々にかつてないストレスと不安をもたらしもした。

「布衣風流図」は描いた金弘道とこれを観た人々とが、ともにそこに士人たるもののあるべき姿を重ねることのできる、そんな姿である。しかし、「終身布衣」、官職にとらわれずに士人としての理想を生きることは、それを維持するために過度の緊張を強い、さまざまな欲望を抑圧するものでもあったはずだ。書画古董に囲まれて暮らす画中人物はそうした抑圧から解放されようとする姿も表している。儒教の規範から逸脱し、それに背く。「玩物喪志」の思想は、金弘道自身を含め当時の朝鮮社会に生きた人々を拘束していた規範であり、彼らはそこからの解放を画中でのみ共有できたのかもしれない。こうした表現の出現は、朱子学的規範から逸脱しようとする金弘道個人の欲求ということだけでなく、当時の多くの人々の欲望によるものでもあったはずだ。「布衣風流図」には、金弘道と同時代の人々が現実世界では実現しがたいイメージが描かれているのだ。

 

February 8, 2022