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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
Uehiro Project for the Asian Research Library

COLUMN

シビルダイアログ・キャラバン「ボードゲームの世界へようこそ!」体験レポート

学術専門職員 菅崎 千秋

 

 第3期U-PARLのミッションの一つ、研究成果の社会還元。先日、太田絵里奈特任助教が、シビルダイアログ・キャラバンとして、世田谷区の認可保育園、世田谷代田 仁慈保幼園にて「ボードゲームの世界へようこそ!」というワークショップを開催しました。大学と保育園?…あまり聞いたことのない組み合わせに驚かれる方もいらっしゃるかもしれません。このワークショップは、大学のデジタルアーカイブを使ってこどもたちに最新の研究成果に触れてもらうことが目的の一つ。より幅広い社会の文脈で、研究成果を利活用する新しい試みです。

 そもそも「シビルダイアログ(市民対話)・キャラバン」とは、その名の通り「キャラバン」として実施場所を変えながら、一般の方々と対話し、研究の成果を社会へ還元するというもの。太田助教が参加する、文部科学省科学研究費・学術変革領域研究(A)「イスラーム的コネクティビティにみる信頼構築:世界の分断をのりこえる戦略知の創造」(イスラーム信頼学)では、学術成果の社会還元をこう呼んでいます。太田助教は、こちらの科研費が立ち上がって間もないころより、世田谷代田 仁慈保幼園とともにシビルダイアログ・キャラバン企画を開催してきました。

 

世田谷代田 仁慈保幼園とは

 本企画のパートナーである世田谷代田 仁慈保幼園は、下北沢から世田谷代田に至る線路跡地を利用して、2020年4月に開園しました。この線路跡地一帯の再開発は、「地域共生」をコンセプトにしていて、こちらの保幼園も地域に開かれた子育て拠点として、コミュニティスペースやギャラリーが併設されています。そこでこどもや保護者、地域住民同士をつなげる活動もなさっている、ユニークな保育施設です。

「対話」 「つながり」 「プロセス」

 世田谷代田 仁慈保幼園でのシビルダイアログ第4回目となる2024年のテーマは「ボードゲーム」。太田助教は語ります。「古今東西のボードゲームには、当時の世相を映すテーマやモチーフが描かれていて、歴史資料としての価値と面白さがあります。現代社会を映す鏡として令和のこどもたちがどのようなテーマを描くのでしょうか。楽しみです。」

 さぁ、ワークショップのはじまりです。まず導入として、太田助教よりこどもたちへ大学図書館のデジタル資料を用いたボードゲームの紹介がありました。将棋やオセロ、双六など身近なゲームはもちろん、「蛇と梯子」というインド発祥のボードゲームなど、多彩な内容にこどもたちは興味津々。一方的ではなく、こどもたちと言葉のキャッチボールをするように話を進めていきます。こどもたちはこれから何がはじまるのか、居ても立っても居られない様子です。

 お部屋にもどると、オリジナルの双六づくり。双六には、はじまりとおわりがあり、そして時々トラップもあることを理解し、マスを作ります。自分の好きなこと興味のあることを描く子もいれば、導入で見た妖怪が登場する双六に影響される子も。また大人気ゲームのキャラクターなど、興味深いことに自ずと世相を反映したマスも現れました。

 時にはお友だちの真似をしたりしながら、一人ひとり個性あふれるマスを描き、それらをつなげて一枚の双六にします。土台となる大きな布もこどもたちによるペイント。「どういうお話にするか」 「どんな風につなげようか」といった具合に、作業中もこどもたちと対話を重ねます。「トンネルや迷路があったらおもしろい」 「公園に寄ったら遊んじゃうから一回休み」など、こどもたちから次々とアイデアが飛び出しました。

 だんだんと形が見えてくると、待ち切れずサイコロを作りはじめる子も。展開図を利用するときれいに簡単に作ることのできるサイコロですが、ある子は四角い断面を6枚切って、テープで張りつけ制作しはじめました。大人になると近道や正解を求めがちですが、こどもたちは違います。自発的に手を動かして試行錯誤しながら、時間をかけて目標にたどり着こうと努力するのです。その学びのプロセスこそ、こちらの保幼園が大切にしている保育方針の一つであり、また本ワークショップの目指すところとも重なり合う点でもあります。最終的に少々いびつな形になろうとも、自分が作り出したという達成感は、何ものにも代えがたい経験となることでしょう。

 「対話」をしながら制作した個々のマスを「つなげて」双六にする…、そのプロセスには当初想像していなかったたくさんの物語がありました。こうしてほしいと正解(完成形)を教えることは簡単です。とはいえ、実際の世の中は答えがあることの方がわずか。そのような世界を自ら考え、探求し、学びを発展させながら生き抜いていってほしい、そんな太田助教の思いがワークショップに込められているような気がしました。

 

 本ワークショップのようなアカデミアの外で、こどもたちと双方向性のある対話形式で行われる社会還元の活動を、私は今まで経験したことがありませんでした。ですから、こういうアウトリーチの方法もあるのかと新たな気づきを得ることができました。こどもたちも研究者も、目を輝かせて課題と向き合う姿は同じ。それを見て「学問っておもしろい!」改めてそう思いました。

 さて、どんな双六が完成したのでしょう。12月に世田谷代田 仁慈保幼園で開催される「遊びと表現展」に展示される予定ですので、お楽しみに!

 

 4.Dec.2024