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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
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COLUMN

【アジア研究この一冊!】渡辺信一郎著『中國古代の財政と國家』

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大知聖子

大東文化大学文学部非常勤講師

私が「アジア研究この一冊」で紹介するのは、中国古代史研究の大家である渡辺信一郎氏の著作『中國古代の財政と國家』である。氏自身の序説によれば、本書は氏がこれまで取り組んできた農業・農村社会と土地所有・イデオロギーと政治的社会編成・国家の政治的意思決定過程と儀礼執行・「天下」をめぐる国家論の研究を土台とし、漢代から唐宋変革期に至るまでの財政史研究を通じて、中国古代国家の歴史的特質を明らかにすることが目的である。そして自ら指摘するように、古代中国を通観し、財政史的観点から国家と社会の相互関係を分析し、次にくる社会構成体への展開まで視野に入れて、その歴史的特質に迫ろうとする研究は、これまでほとんど無かったと言ってよい。研究の細分化が指摘される昨今、「古代国家の軍事的拡張傾向が、国内のいかなる契機によって必然化されるのか」という大変壮大でかつ魅力的な問題設定を行い研究を進めた本書に、筆者はとても深い思い出がある。

実は筆者は五年ほど全く研究をしていなかった時期がある。博士課程まで進学したものの研究が思うように進まず、途中で断念してしまったためである。当時、何とか単位取得退学はしたが、博士論文を書かずに中途半端に研究を止めてしまった事がずっと心残りであった。そんな状態が続いた後、環境を変えるチャンスに恵まれ、一念発起して研究を再開することができた。そしてあるゼミの聴講生となり、書評に取り組んだのが本書である。長い間、研究書も漢文史料も全く読んでいない状態だった筆者にとって、本書の内容を理解するのにはとても時間が掛かった。しかし、悪戦苦闘して取り組んだからこそ、数々の研究上の示唆を受けることが出来た。例えば、中国において物流、特に軍事的フロンティアである国境地帯までいかに滞りなく物資を補給するかが国家の存亡に関わる重要な課題であることが十分に理解できた。この国家と軍事費の関係については、実は中国や古代に限らず、古今東西、国家についてまわる問題だと思われる。また、当然と言えば当然だが、中国史研究において主要な史料として扱う正史には中央政府に関わる記事が中心となるため、そこから地方の事柄について明らかにしていくことの難しさについても痛感した。更に古代史を研究する上では史料の少なさが非常にネックであり、断片的な史料から統計を取り全体像を示すことの難しさも実感できた。また歴史理論に関する問題として、「帝国論」「中心―周辺構造」の正確な理解、およびその適用の有効性についても考えさせられた。

このように筆者はゼロからの再スタートを切るにあたり、研究上必要な史料の読解力、問題意識の設定、歴史理論の理解と応用など基礎的能力を本書によって叩き直されたため、大変思い出深い一冊となった。

今の自分の研究がこれら諸条件を満たしたものに達しているかと言えば、大変心許なく感じるが、形の上から言えば、念願だった博士論文の提出および学位の授与は叶った。それは同時にやっと研究者の入り口に立ったということも意味する。

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当時のゼミのレジュメが今でも手元にある。自分が担当した部分は、改めて読み返すと拙く恥ずかしいのだが、それでも当時は自分なりに精一杯関連する研究を読み漁り、史料を読み込んでいた様子が伺える。これからもその時の努力を忘れず、研究に取り組みたいと思うばかりである。

このように歴史研究において必要な諸問題について学ばせてくれる本書を、中国古代史の専門家に限らずアジア研究に興味を持つ方にぜひ勧めたい。

【書誌情報】
渡辺信一郎 著
ISBN:9784762925900
出版地:東京
出版社:汲古書院
出版年:2010年
判型・ページ数:A5・620ページ
定価:本体14,000円+税