建物外観
東京大学大学院人文社会系研究科アジア史専門分野博士課程
水上 香織
デーシュ・バガト・ヤードガール・ライブラリーは、ガダル運動とよばれるインド民族運動の参加者たちが、1960年代に自分たちの活動を記念するべく建設した私営図書館である。図書館の来歴とも深く関わるため、まずはガダル運動の概略を以下に述べることにしたい。
ガダル運動の中心地はカナダのバンクーバーやアメリカ合衆国のサンフランシスコといった北米太平洋岸であり、参加者となったのはインドからの留学生、労働移民、インドから亡命した政治活動家たちであった。参加者の多くはインドのなかでもパンジャーブ出身者が多かったことでも知られている。サンフランシスコの本部では1913年以降革命思想を伝える週刊新聞『ガダル』が発行され、北米、アフリカ、東アジア、中南米、東南アジア、そしてインド本国に居住するインド人たちへと送付され、運動の参加者や資金、武器が集められた。「ガダル」はヒンドゥスターニー語、パンジャービー語の普通名詞で「反乱」を意味するが、1857年のインド大反乱(Ghadar of 1857)を再度起こそうという含意のある命名でもあったという。実際に、1915年2月に運動の参加者たちがインドへ集団帰国し、ラーホールにて兵営反乱を企てたが、イギリス当局に事前に情報を把握されており反乱は失敗に終わっている。1917年にアメリカ合衆国政府によって行われたガダル運動関係者の一斉検挙とその後の印独共同謀議裁判(The Hindu-German Conspiracy Case)に運動は打撃をうけ、それ以後目立った反乱計画は見られなくなっていった。(詳細は次の研究を参照のこと。 A. C. Bose, Indian Revolutionaries Abroad, 1905-1922: in the Background of International Developments, Patna: Bharati Bhawan, 1971; Harish K. Puri, Ghadar Movement; Ideology, Organisation & Strategy, Amritsar: Guru Nanak Dev University, 1983.)
デーシュ・バガト・ヤードガール・ライブラリーの運営を行っているデーシュ・バガト・ヤードガール・コミッティーは、元々はガダル運動参加者の家族を扶助するためにつくられた財団であった。ガダル運動参加者たちは投獄をされたり財産を差し押さえられたりするリスクを負っていたため、彼らの家族を経済的に助ける組織が必要とされたのである。1947年のインド独立後も財団は運動を記念するものへと目的を変えて存続し、現在に至っている。1957年12月以降、かつてのガダル運動参加者たちが出資し、イギリスやカナダに居住するパンジャーブ出身者たちにも寄付を募る形で資金が集められ、ガダル運動の記念施設であるデーシュ・バガト・ヤードガール・ホールが建設された(Tatla, Darshan Singh (ed.), Desh Bhagat Yadgar Library: A Guide to Collections of Manuscipts, Personal Testimonies, Letters, Periodicals and Archival Materials on the Ghadar Movement, Jalandhar: Desh Bhagat Yadgar Committee, 2013, pp. 2-3.)。
デーシュ・バガト・ヤードガール・ホールは、およそ900名収容できる大規模なオーディトリアム、2つのセミナー・ホール、図書館、ミュージアム、本屋、宿泊スペース、屋外広場などから成る複合施設である。セミナー・ホールや屋外広場は頻繁にイベント等に貸し出されており、施設はそうした不動産収入や寄付金によって運営されている。週刊新聞『ガダル』の初号が発行された11月1日ごろには、毎年数日間にわたってガダル運動を記念したお祭りが開催されている。
デーシュ・バガト・ヤードガール・ライブラリーにはガダル運動の関係者によって寄贈された資料や、1970年代に行われた関係者への聞き取り調査の記録が残されているが、最近まで資料を整理するライブラリアンがいなかったため、由来や所在が不明な資料も多い。所蔵資料について紹介する書籍も出版されているが(Tatla, Darshan Singh (ed.), Desh Bhagat Yadgar Library: A Guide to Collections of Manuscipts, Personal Testimonies, Letters, Periodicals and Archival Materials on the Ghadar Movement, Jalandhar: Desh Bhagat Yadgar Committee, 2013)、書籍中に記載があって図書館で所在不明になってしまっているものや、書籍中には記載されていないが実際には図書館で所蔵されている資料もある。同書籍よりもライブラリアンの作成した所蔵リストのほうが実際の所蔵状況を反映しているため、資料を探す際にはこのリストを共有してもらって使用するとよい。2018年9月現在ライブラリアンは不在であるが、前ライブラリアンであるマダム・バルウィンダル (Madame Balwinder)が所蔵資料については最も詳しいので、質問があるときには彼女に連絡するとよいだろう。
コピーは1枚1ルピーで行ってもらえるほか、コピーが大部になる場合には製本も手配してもらえる。カメラやPCの持ち込みも可能だが、カメラを用いて資料の写真撮影を希望する場合には、事前にその旨を申し出て、許可を得ることが望ましい。資料によってはデジタル化されているものもあり、交渉次第ではデジタルファイルを共有させてもらえることもある。
デーシュ・バガト・ヤードガール・コミッティーは出版事業も行っており、施設内の本屋にて出版書籍を購入することもできる。デーシュ・バガト・ヤードガール・ライブラリーで所蔵されている手書きの資料をタイプ打ちしたものや、ガダル運動に関係する論文集などが販売されている。出版物についてはWebページからも確認できる。
図書館とミュージアムのある建物の外観。図書館外観を別の角度から撮ったもの。右側には屋外広場が広がっている。
毎年開催されるガダル運動記念祭の準備時の写真。ボランティアたちがオーディトリアムを飾り付けている。
基礎情報 デーシュ・バガト・ヤードガール・ライブラリー (Desh Baghat Yadgar Library)(インド)
図書館ウェブサイトURL:
http://ghadarmemorial.net/library.htm
アクセス:(住所:Desh Bhagat Yadgar Hall, Near BMC Chowk, GT Road Jalandhar, Pincode: 144001)
鉄道のジャランダル駅からおよそ3キロ、ジャランダルのバスターミナルからおよそ1.5キロの、ジャランダル市の中心部に位置する。鉄道駅やバスターミナルからはオート・リクシャーやサイクル・リクシャーを使うと便利である。リクシャー運転手には「デーシュ・バガト・ヤードガール・ホール、BMCチョークの近く、MBDショッピングモールの向かい」などと伝えると分かりやすい。デーシュ・バガト・ヤードガール・ホールは施設の一部を催事場として貸し出しているため、地元の人々からも催事場のあるところとして広く場所を認識されている。当該図書館はデーシュ・バガト・ヤードガール・ホールに含まれる、施設の一部である。
当該図書館の入館・閲覧に必要なもの:
パスポートなどの身分証明書。事前に訪問予定や研究テーマについてメールや電話で連絡をいれておくと、スムーズに入館・閲覧することができる。
(メールアドレス: dbycjal@gmail.com, 電話: 00-91-(0)181-245 8224)
開館日時:
月~土 9:00-17:00
その他特記事項:
施設利用者のための無料宿泊スペースが併設されているので、宿泊を希望する場合には事前にメールか電話で相談するとよい。宿泊設備は部屋によって異なっているが、どの部屋であっても布団とホットシャワーを利用することができる。ホテルではないので、タオルや石鹸、歯ブラシなどは持参したほうがよい。また、ホール内にはランガル(訪問者に無料で食べ物が施される、スィク教の考えを基にしたコミュニティ・キッチン)があるため、図書館利用時にはそこで昼食をいただくこともできる。図書館内ではwifiも利用可能である。
(2018年10月29日掲載)