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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
Uehiro Project for the Asian Research Library

COLUMN

パパイヤ、マンゴー、ココナッツ

特任研究員 荒木達雄

 会えない時間が愛育てるのさ…などと申しますが、会えない時間があまりに長くなると待ちわびる心はもはやいらだちに変わるようです。海外のことを生業にしているものにとって長引くコロナ禍は、その間にじっくり文献研究を重ね、知識を蓄える、まさに「愛育てる時間」になる……はずでした。2020年秋ぐらいまではそう信じておりました。
  時ははや2021年冬、相変わらず海外はおろか、関東地方を出たことすらほとんどありません。
 そんななか、私の「愛」を刺激する記事が相次いで掲載されました。

2021年8月25日 コラム紹介:『南国からの美味しい話』(藤倉哲郎U-PARL元特任研究員。現愛知県立大学国際関係学科准教授・U-PARL共同研究員)
https://twitter.com/U_PARL/status/1430364066288050180(2014年10月15日掲載記事https://u-parl.lib.u-tokyo.ac.jp/wp/japanese/blog1-column8の再紹介)
(2014年10月15日掲載記事https://u-parl.lib.u-tokyo.ac.jp/wp/japanese/blog1-column8の再紹介)

2021年8月30日 マンゴーの王様と本(特任研究員 須永恵美子)
https://twitter.com/U_PARL/status/1432234941681520640
https://u-parl.lib.u-tokyo.ac.jp/wp/japanese/column44

 私もかつて台湾で6年生活した身、南国の果物には少々なじみがあります。これらのコラムは私のなかに埋もれていた台湾の食への愛を再燃させました。
 台南虱目魚大好きです、花蓮の鰹節大好きです、緑島トビウオ大好きです、澎湖のサボテン大好きです、新竹貢丸鉄板です、関西仙草大好きです、決してあきらめず希望をこの胸に…。

 おっと、話が大きくなりすぎました。果物の話に戻りましょう。
 台湾では市場にも町中にも必ずと言っていいほど果物専門の店があり、一年を通じて多種多様な果物を見ることができます。

街角の果物専門店
(撮影場所・新竹市)
街角の果物専門店
(撮影場所・台北市)

 台湾の果物と言えば…と思い出すものは人それぞれ、年配の方にとってはバナナでしょうか。五代目春風亭柳昇の『与太郎戦記』(ちくま文庫、2005年。はじめ立風書房、1969年)には、戦中、中国戦線にいた著者が上海台湾間の輸送船の乗組員となる際、台湾についたらバナナにありつけるぞと楽しみにし、台湾から上海に戻る際にはバナナを買い込んで船に積んだという記述があります。
 さて私は、といえばマンゴーと釈迦です。といっても釈迦は台湾に住むようになってから初めて口にしたもので、それ以前はなんといってもマンゴーでした。
 台湾のマンゴーは各種旅行ガイドや旅のブログ、SNSなどでも広く知られています。色鮮やかなマンゴージュース、食べきれるか不安になるほどのサイズのマンゴーかき氷などは“映える”名物の代表と言えるかもしれません。

夏の風物詩、マンゴージュース
その名も「マンゴーと氷との出会い」
……ひと夏の思い出でしょうか?
一口にマンゴーかき氷と申しましても、実にさまざまな形態がございます。
 

 

 

こちらも夏の夜市で人気のマンゴーシャーベット

 マンゴーの主な産地は台湾の中南部。そのなかでもマンゴーの産地であることを前面に大きく打ち出しているのが玉井です。台湾と言えばマンゴー、マンゴーと言えば黄色、黄色と言えば玉井なのです。

まずはマンゴーの巨大モニュメントがお出迎え
マンゴーのふるさと、玉井へようこそ

 玉井は台湾南部の高地にあり、旧台南県に属していましたが、2010年の「大台南市」誕生(台湾省台南市に台湾省台南県が合流し、全体を行政院直轄台南市とした[1])に伴い、台南市玉井区となりました。

 台南ではマンゴーのさらなる広まりをねらい、毎年「台南国際マンゴー祭り(臺南國際芒果節)」を開催しています(参考:2021年台南国際マンゴー祭りhttps://www.tainanoutlook.com/activities/tai-nan-guo-ji-mang-guo-jie)。主な会場は玉井と、隣接する楠西区、大内区などですが、まあ、玉井メインのイベントと言ってよいでしょう。開催時期はおおむね6月下旬から7月上旬、マンゴーの鮮やかな色が彩る夏の風景です。

マンゴーまつりへようこそ!
(おなまえは存じ上げません)
マンゴーまつりのゲート

 私がはじめてマンゴー祭りを見に行ったのは2015年夏、はじめての玉井訪問でもありました。その後、2016年に台南へ転居したことから玉井を訪れやすくなり、2016年、2017年とマンゴー祭りの時期に訪れたほかにも何度かマンゴーを買ったり食べたりしに行ったものです。しかしその後、私の台湾の旅のページは2020年1月にしおりをはさんだままめくられないままです……。
 さて、マンゴー祭りにはさまざまな企画があります。なかには(マンゴー関係ないんじゃ…)と思わないでもないものもありますが、おおむね、①マンゴーを使った食べ物、飲み物、②マンゴーやその栽培にまつわる知識、に関する企画で占められています。

マンゴーまつりプログラム
(2016年楠西地区会場にて)
マンゴーについて学びましょう!
(2016年楠西地区会場にて)
演芸コーナーもあるよ
(2016年楠西地区会場にて)

 ①でいえば、マンゴーのラッシー、スムージー、アイスクリームなどなどが有り、安く味わえたり、調理体験ができたりします。私も創作料理の体験に参加してみましたが、創意工夫が過ぎて、マンゴーなんだかなんなのかなこれは、というものができてしまいした…(おいしくいただきました)。

マンゴーでおやつを作ろう!のコーナー!!
(2016年楠西地区会場にて)
マンゴーを使ったおやついろいろ

 ②に当たるものでは、マンゴー収穫体験に申し込んだことがあります。これに参加すると、まず祭り会場からトラックでマンゴー畑へ運んでもらい、そこで実際に木に実った状態のマンゴーをもぎとって持ち帰ることができます。このほか、会場にはマンゴーの栽培や収穫に関する知識を紹介するパネルなども設置されていました。会場を訪れる人々にマンゴーにより親しんでもらおう、今後も消費してもらおうという工夫が随所に感じられます。私たちも見習いたいものです。

マンゴー畑でマンゴー狩り体験
(2017年玉井地区会場にて)

 マンゴーの季節は玉井の町も大いににぎわいます。町の中心部には両側に新鮮なマンゴーを食べさせる店が立ち並ぶ通りがあり、晴れた暑い日にはどの店もお客さんでいっぱいになります。

結局こうやって食べるのがいちばんおいしい…??

 また、農産物市場があり、野菜、果物がカラフルに並びます。その主役はもちろんマンゴーです。あの光景を早く見たいものです。

マンゴー入荷しました!

 市場ですから、好きな数をとって量り売りとなるのですが、ひと籠まるごと購入することでばら売りよりも大幅な値引き交渉が可能になります。ちなみに籠単位で購入すると籠ごと売ってくれるので、そのまま車に積み込んで持ち帰るのに便利です。

玉井の市場にずらりと並ぶマンゴー、壮観です。

 しかし、マンゴー祭りにせよ、玉井にせよ、交通が不便ですね。バス路線はあるものの本数が少ない。複数の会場を行き来しようとすると難儀します。台南市街地からはかなり距離があるので(約50㎞)、車かバイクかをもっていないと気楽には行けない。観光客にはなかなかアクセスが難しいのが実にもったいないことです。

 さて、日本でマンゴーといえば、あの、皮と果肉の、赤と黄のコンビネーションが鮮やかに輝くマンゴーが有名であろうかと思います。私はその印象が強かったのですが、実際に台湾にいると、上の写真のとおり、マンゴーにもさまざまな色や大きさがあることに気づきます。台南市大内区にある走馬瀬農場(農業テーマパークのようなところ)のマンゴー主題館では、そんなマンゴーの歴史や品種について学ぶことができます。

走馬瀬農場マンゴー主題館、マンゴーを学ぼう

 台湾のマンゴー栽培は16世紀にオランダ人が中国大陸や東南アジアから持ち込んだことにはじまるそうです。これらがいまでは台湾在来種のようになっており、「土芒果」と総称されています。日本統治時代にはインドから新たな品種を導入し試験栽培が行われました。戦後も、1950年代から1970年代にかけ、フロリダ、ハワイ、メキシコ、ペルー、プエルトリコ、ジャマイカ、イスラエル、タイ、インドネシアなどから各地の優良品種が持ち込まれます。これらすべてがうまくいったわけではなく、多くの品種は大規模に商業栽培を行うまでには至らず、現在では品種の保存と研究のために細々と栽培されるにとどまっています。成功したのは主にフロリダとハワイから導入された品種で、これらは「アメリカ種」「改良種」などとも呼ばれます。愛文芒果、日本でも「アップルマンゴー」として知られる、あの大きく赤い実のマンゴーもそのひとつです。また、1960年代後半からは、自然交雑種のなかから優良なものを選別していくことで台湾の改良種、台農一号などが誕生、生産されるようになります。現在でこそマンゴーは市場にあふれていますが、1960年代半ばから栽培面積は順調に増えつづけたものの、生産管理が難しいため単位面積当たりの収穫量は安定せず、効率が急激に落ち込むことも少なくなかったようです。栽培技術の改良などもあり生産量が高く安定し、台湾の主要な果物になったのはようやく1980年代のことでした。現在は土芒果、愛文芒果、金煌芒果が流通量の多くを占め、次いで台農一号などの台湾の改良種が流通しています。

これでもほんの一部です!
走馬瀬農場マンゴー主題館

 土芒果は春先、早い時期から出回り、緑色で小さく、甘みはうすいのですが、安くて手軽に味わえる品種です。愛文は甘みが濃く、柔らかく香ばしい果肉の、これぞマンゴーという味わい。金煌は甘みは愛文ほどではありませんが、愛文より大ぶりでさっぱりした味わいです。好みに応じて品種を選んで楽しむことができるのです。

これも主力品種、金煌マンゴー
金煌と愛文
仲良く肩寄せて並ぶ黄色と赤がいとおしい

 しかし、これで台湾のマンゴー栽培は安泰というわけでもないようなのです。愛文には病気に弱く、保存や輸送に耐えられる期間が短いという欠点があります。金煌は果肉が劣化しやすいのが弱点です。また、台湾のマンゴー栽培は長らく自然受粉が主で、花が咲いても果実ができる確率は高くなく、優良な果実を選んで次代を栽培する品種改良も思うように進まないことが少なくないようです。そこで、現在でも人工交雑による品種改良と生産率の向上を目指した研究が進められています。「台湾といえばマンゴー」は、長い歴史と苦労の賜物であり、それはいまだ道半ばでもあるのです。

すべからく生産者の労苦を思うべし
走馬瀬農場マンゴー主題館

 「亜熱帯気候のおかげでなにもしなくてもうまい果物ができる」という単純な話にはなかなかおさまらぬようです。


[1] ちなみにこの2010年、台南以外にも、台北県を新北市、高雄市と高雄県を合併して高雄市、台中市と台中県を合併して台中市としていずれも中央政府直轄市とする大改編が行われ、現在の6直轄市体制の基礎が固まった(桃園県から直轄市桃園市への改編は2014年)。

December 14, 2021