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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
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COLUMN

日韓ナゼそこに?トイレミュージアム その2:日本 北九州市「TOTOミュージアム」

特任専門職員 安井恵美子

 リレーコラムの第2回となる今回に紹介するのはTOTOミュージアムである。

 

2. 【日本】TOTOミュージアム

 TOTOは2017年に創業100周年を迎え、社史を編纂するとともに、TOTOミュージアムを開設した。ミュージアムの位置する福岡県北九州市小倉には、TOTOが創業時から工場を構えている。社史によると、小倉が製造場所に選ばれた理由は、九州や朝鮮から粘土の原料を調達しやすく、市場拡大の期待される中国や東南アジアへ輸出がしやすかったからと考えられている。2階建ての建物は、丸みを帯びた平べったい形をしていて、環境への調和が意識されている。

TOTOミュージアムの外観。

 断っておくと、本コラムでは便宜上「トイレミュージアム」の分類でまとめたものの、TOTOミュージアムは「トイレミュージアム」を自称しているわけではない。ご存知の通り、TOTOは衛生陶器を中心とした水まわり設備全般の製造・販売を行っている。したがって展示物にはトイレの他に浴槽や手洗い器なども含まれるが、日本でトイレを多数展示しているミュージアムとして重要なため、本コラムで紹介した。展示内容は、公式ホームページ上のバーチャルミュージアムで見ることができる。

 TOTOは、日本における衛生陶器製造の先駆者である。TOTOが衛生陶器の製造に着手した1910年代初頭には、まだ日本国内での需要が大きくなかったため、TOTOは1970年まで食器の製造販売を行っていた。展示の前半部ではその当時作られた食器がたくさん並べられているのだが、どれも釉薬と装飾が色鮮やかで美しく、トイレが目当てで訪問した筆者もすっかり心を掴まれてしまった。TOTOは衛生陶器の需要を伸ばすため、啓発活動にも積極的であった。TOTO創立者たちが衛生陶器の製造を思い立ったのは20世紀初頭であったが、日本では欧米メーカー製の衛生陶器を使用することもまだめずらしかった。1918年には、水洗トイレが衛生的で清潔であることをPRするため、『衛生陶器とは何か?』という読みやすい文体のパンフレットを制作したりもした。また、ショールームのなかった時代には、衛生陶器のミニチュア模型を顧客に見せ、実際の形状や寸法を確認してもらったりもしたという。展示物の数々からは、水洗トイレの普及に時間のかかった日本において、TOTOがいかほど営業活動に注力したのかが伝わってくる。

 このミュージアムの特徴は、製造工程を詳しく解説している点である。水洗トイレは、開発・設計に高い技術力が要求される製品である。展示が示すように、陶磁器は焼成工程を経て1割ほど収縮するが、その収縮の仕方は一様ではないため、あらかじめ予測を織り込んで設計・成形する必要がある。衛生陶器は水栓金具との接続が必要であるが、金具とのかみ合わせが悪いと陶器にヒビが入るため、寸法が均質に作られることが重要となる。また、トンネル窯といった、大型の陶磁器を一度に多数焼成できるような、エネルギー効率のいい焼成窯が必要となる[i]。これらのような技術的ハードルから、トイレ産業は参入障壁が高く、トイレを大量生産できる企業の数は限られている。その産業を日本で早くから開拓した優位性をもってしても、TOTOがトイレ製造で成長するためには、需要の拡大を待たねばならなかった。

 ミュージアムの第2展示室の入り口には、初期のTOTOを支えた経営者たちの写真と言葉が掲げられている。さらに『TOTO百年史』の冒頭では、創立者である大倉和親の「健康で文化的な生活を提供したい」という信念と、「本邦陶業革新ノ為メ」から始まる小倉工場の定礎の辞を、現在も継承していることが述べられている。TOTOによる衛生陶器の製造は、その初期から「文化」と「革新」を意識していた。ここで言われる「文化」とは、当時水洗トイレの先進国であったイギリスやアメリカを意識したものだっただろう。

 ちなみにミュージアムのトイレには、個室ごとに違うデザインの製品が置かれている。観覧の合間に何度か立ち寄って、それぞれの便座の座り心地を体験してみるのもいいかもしれない。

 

注釈:

[i] 水洗トイレ産業の製造技術とその発展史については、前田裕子『水洗トイレの産業史 20世紀日本の見えざるイノベーション』(名古屋大学出版会、2008年) を参照されたい。

参考文献(五十音順):

TOTO『TOTO百年史』(電子ブック)https://jp.toto.com/pages/history/100yearshistory/

TOTOミュージアム ウェブサイト https://jp.toto.com/knowledge/visit/museum/

10.June.2025