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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
Uehiro Project for the Asian Research Library

COLUMN

虎と猫の違いについて教えてください―朝鮮絵画史の視点から―

特任研究員 中尾道子

 

このコラムでは年に一度は自身の研究ないしその周辺について語ることになっている。寅年の年末に用意していたこのコラムを、年どころか年度まで越した今頃になって掲載するという体たらくであるが、ここで紹介する作品(大阪市立東洋陶磁美術館所蔵「青花虎鵲文壺」)が、折しも末尾で案内する展覧会で展示されているのだ。この時を待っていたかのような、まさに奇跡のようなタイミング、ということでお許しいただきたい。

*1 「青花虎鵲文壺」朝鮮18世紀後半 大阪市立東洋陶磁美術館(住友グループ寄贈/安宅コレクション)写真:西川茂

「青花虎鵲文壺」。白い素地にコバルト顔料で絵付けをしたやきものを青花(日本では染付)という。

タイトルに従えば、岩の上を悠々と歩くこの動物は虎である。遠景の山なみにかかる月の光に照らされて、足取りは軽く、飄々とした表情からはハミングでもきこえてきそうだ。

反対側には枯木に止まる鵲(カササギ)とそれを見上げる虎が描かれる。木の下でまるくうずくまる姿はまるで猫だ。

裏面にはカササギとトラ?が描かれる。写真:西川茂

虎は中国や日本だけでなく、朝鮮でも様々なかたちでさかんに描かれた東アジア美術を代表する主題であり、古来、権威の象徴として猛々しく威厳に満ちた姿で描かれるのが普通である。ところが、この壺の虎からはまったくそれが感じられず、虎としての自覚を欠いているといわざるをえない。

また、虎は辟邪を象徴し、喜びごとを告げ知らせるとされる瑞鳥カササギとの組み合わせは朝鮮の民画に好んで描かれた画題でもあるが、この壺の虎からはその気負いも感じられない。白磁の余白も相俟って、まるで辟邪の任から解放されたかのようなのびやかな姿だ。

民画において、虎はしばしば諧謔的にあらわされた。虎鵲図において、虎は官僚を、鵲は被支配者である民衆を寓意し、権威の象徴である虎を滑稽な存在として描くことで、為政者に対する反発をあらわしているというのである。

この壺の文様の主題も虎鵲図とされるが、じつは猫である可能性も捨てきれない。なぜなら猫もまた朝鮮王朝時代(1392~1910)の絵画にしばしば登場し、18世紀に活躍した図画署(宮中の画事全般を司った役所)画員の卞相璧(ビョン・サンビョク)のように、猫の名手として知られる画人も存在するからだ。

*2 卞相璧「猫雀図」朝鮮18世紀 韓国・国立中央博物館

老木によじ登る猫とそれを見上げる大きな猫。若葉の生えた小枝には雀の群れがさえずるようすが描かれる。猫と雀は、漢字の発音が七十歳を表す「耄」と吉報を知らせる瑞鳥「鵲」に通じることから、この絵を長寿と吉祥の寓意が込められた古希を祝うためのものとする説もある。

そうであれば、「青花虎鵲文壺」に描かれるのはトラとカササギではなく、ネコとカササギとする解釈も可能である。

「青花虎鵲文壺」を所蔵する大阪市立東洋陶磁美術館は2024年春のリニューアルオープンに向けた改修工事により長期休館中であるが、この猫のような虎(虎のような猫)には現在、六本木の泉屋博古館東京で開催中の特別展「大阪市立東洋陶磁美術館 安宅コレクション名品選101」で会うことができる。会期は2023年5月21日(日)まで。

*1 「青花虎鵲文壺」を所蔵する大阪市立東洋陶磁美術館のウェブサイト「大阪市立東洋陶磁美術館収蔵品画像オープンデータ」では、同館所蔵の、国宝2件・重要文化財13件を含む23件の作品画像が公開されており、「利用規約」にのっとることで、同館への申請なく自由にダウンロード、複製、再配布することが可能となっている。

*2 韓国・国立中央博物館が提供する卞相璧「猫雀図」の画像には公共著作物自由利用許諾表示であるコンゴンヌリ(공공누리/Korea Government Open License)のマークが付与されている。

コンゴンヌリが付与された公共著作物は、類型別利用条件に従えば、無料で自由に利用することができる、いわば国家専用のCCライセンスのようなものである。コンゴンヌリについては、阿部卓也・加藤諭・木村拓・谷島貫太・冨澤かな・宮本隆史「アジア・環太平洋地域のナショナルデジタルアーカイブ政策―文化資源の統合と連携の諸相―」(『東京大学大学院情報学環紀要 情報学研究』92、2017年)を参照されたい。

 

 

April 20, 2023