コンテンツへスキップ

東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
Uehiro Project for the Asian Research Library

COLUMN

龍があつまりゃ……

U-PARL特任研究員 荒木達雄

 明日、2月10日は旧暦正月朔、甲辰年のはじまりの日である。
 さて、いよいよはじまる辰年に書初めをしようという方のため(日本時間では遅すぎるかもしれないが)、わが「アジア研究図書館デジタルコレクション」の誇る資料群から「たつ」にまつわる書跡を探してみよう。

 『千字文』は、漢字四字で構成する一句を連ねた、全二百五十句千字の作品である。千字はすべて異なる字であり、童蒙書(子どもなど初学者のための教科書)として広く、長く用いられた。その第四句が「辰宿列張」である(奇数句と偶数句とは対になっているので、第二の対句が「日月盈冥、辰宿列張」であるというほうがよいかもしれない)。
 『纂図附音増広古注千字文 三巻https://iiif.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/repo/s/asia/item-set/1181277?sort_by=created&sort_order=asc』はその千字文に注釈(読みと意味)を施したものの写本(手書きの本)である。

 素直なわかりやすい字体だが、よくみると「雁だれに民」のような形をしている。

 もう少し凝った字が良いな、と思われる向きには『朴彭年草書千字文https://iiif.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/repo/s/asia/item-set/1181302?sort_by=created&sort_order=asc

 その名の通り草書である。朝鮮王朝時代に書かれたものを木版本に仕立てたもの。

 同じ朝鮮王朝時代に書かれた草書といってもこちらは趣が異なる。『金麟厚草書千字文https://iiif.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/repo/s/asia/item-set/1181303?sort_by=created&sort_order=asc

 「朴彭年」は几帳面にひと文字ひと文字にわけ、大きさをそろえて書かれている一方、「金麟厚」のほうは一行ごとに一気に書かれている。勢いがよく、文字ごとに高さ、幅が異なる。こういうふうに自在に書けたら気分が良いだろうなと思わせる書きぶりである。

 雰囲気をがらりと変えてこちらは『増広竜龕手鑑https://iiif.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/repo/s/asia/item-set/1181280?sort_by=created&sort_order=asc』。もと10世紀に作られた字書で、日本で江戸時代に木活字で印刷されたものである。

 現在の楷書体に近いが、よく見ると二本目の横画と三本目の横画の間の縦画が中央に寄っている。「工」を書いてから足をつけたような具合である。

 つづいて「龍」も見てみよう。
 さきほどと同じ順序でまずは『纂図附音増広古注千字文』。よく見ると現在の字形とは右側がずいぶん異なるのだが、ぱっと全体を見てすぐに「龍」だとわかるのだから漢字というのはふしぎなものだ。

 こちらは『朴彭年草書千字文』の「龍」。きちんと1マスの大きさにまとめられていながらもちぢこまらず筆勢を感じさせる。しかもこれが肉筆でなく木版だというのだから手練れの彫り師のウデというのはたいしたものである。

 『金麟厚草書千字文』ではこのようになる。以前書法の師範に「草書のほうが自由に書けるから気楽で楽しいよ」とうかがったことがあるのだが、「自由に書いてもよい」と思える域に達するのがむずかしい。今回のテーマとは異なるが、次の行など「帝」一文字で隣の行の3~4字分を占めている。まさに自由闊達である。

 『増広竜龕手鑑』の「龍」も現在よく目にする字形とはやや異なり、旁の上部「ト」がやや右に寄った形をしている。このように書かれることが多かったのだろうか。
 『増広竜龕手鑑』は部首ごとにまとめられた字書なので、「龍」を使った字がずらりと並んでいる(現在では「龍」を部首と考えない字もある。三省堂『全訳漢辞海』第四版では、「壟」は土、「隴」は阜を部首としている)。なかにはなかなか目にしない珍しいものもある。
 二行目最下段、「龍」の下に「巫」、意味は「巫也」とだけある。祈祷師、占い師、呪術師などの一種なのだろうが、なにか龍に関係があるのだろうか。
 五行目の第二段には偏が「谷」、旁が「龍」という見慣れない字がある。説明は「大谷也」。なんと、いまをときめく大谷さん専用の字か……ということではもちろんなく、「大きな谷」である。この場合、「龍」は「巨大な」という意味を表すのであろうか。

 「龍」の字はもう少しつづく。

 ページをめくってみると、こんどは「龍」を3つ、「品」の字のように重ねた字と、「龍」を2つ横に並べた字がある。意味はどちらも「龍の飛ぶさま」。それならば「龍」がさらに増えればもっと華やかに飛ぶのだろうか、と思いきや、「龍」を4つ重ねた字の意味は「ことばが多い」。龍は実はおしゃべりなのだろうか。
 ということは、「龍」「龍龍龍龍」と書けば「龍はおしゃべりだ」という文が作れるはずだ。見る人がそう読んでくれるがどうかはわからないけれど。

February 9, 2024