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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
Uehiro Project for the Asian Research Library

COLUMN

東京大学附属図書館所蔵「大蔵省賠償金特別会計所属図書」について——第一次世界大戦ドイツ国賠償図書のゆくえ

English

髙山和歌子 荒木達雄

「大蔵省賠償金特別会計所属図書」とは

 

 「東京大学アジア研究図書館デジタルコレクション」収録の 『エジプトおよびエチオピアの記念碑(1)には「大藏省賠償金特別會計所屬圖書」の朱印が捺されている。当該印の捺された資料はいかなるもので、いつ、いかにして東京大学に帰し、どれほど現存するのか。管見の限り、この疑問に答えるまとまった資料は存在しない。本稿はその初歩的な調査の報告である。

[図1] 「大藏省賠償金特別會計所屬圖書」印

 1919年6月、第一次世界大戦の敗戦国ドイツはヴェルサイユ条約により戦勝国への賠償責任を負った。日本もその債権の一部を獲得したため、1920年8月、「賠償金特別会計法」が公布されて「賠償金特別会計」が設けられ、賠償物件処理委員会(以下、委員会と略称)がその実務にあたることになった。

 莫大な債務を負ったドイツの支払いはたちまち滞り、1924年、アメリカの仲介により新たな賠償返済計画、いわゆるドーズ案が制定された。ドイツには年度ごとの賠償額が定められ、債権国はそこからドーズ年次割当金(以下、年次金)を分配されることとなり、1924年9月1日から翌年8月31日までが第1年度とされた。

 年次金とはいいながら日本への賠償の多くは金額に応じた現物で支払われた。日本がどのような物品を求めたかは大蔵省の資料からある程度知ることができる。第1、第2年度は染料、自動車などを主に受領した。しかしなお残額があったため、1926年7月の第15回委員会 (2)において、各官庁および東京・京都両帝国大学からの要望を受け入れ、ドイツ図書を購入しそれぞれに無償で保管を委託することを決議した。「大蔵省賠償金特別会計所属図書」(以下、賠償金図書)のはじまりである。

 この方針にもとづき、第17回委員会(3)において工業所有権・著作権関連資料を主とする「オステルリート(Albert Osterrieth, 1865–1926)文庫」の購入が決議された。翌1927年の第18回委員会(4)では、東京帝大が熱心に取得を申し出たドイツ語・ドイツ文学関連の「レェーテ文庫」の購入も決まった。しかし一足早く他に売却されたため断念せざるを得なかった(5)。さらに同年5月の第21回委員会(6)では、東京帝大総長古在由直が希望する公法、行政法、政治学関連文献「プロイス(Hugo Preuß, 1860–1925)文庫」の購入も決議された。

 このとき、他大学からも要望が相次いだという理由で、次回以降は東北、九州、北海道、京城の各帝大にも図書購入費を割り当てることも決議され、その後台北帝大も加えられた(7)

 

賠償金図書を記載する文献と関連研究

 

 現在東京大学OPACの利用者は「賠償金図書」印で情報検索することはできない。これまで筆者の知り得た賠償金図書を調査するための最も重要な資料は、附属図書館が作成したと思われる『獨逸賠償金購入圖書目録』(以下、獨逸圖書目録)(8)である。この目録には第1次から第4次までの存在が確認でき、賠償金図書は数段階に分けて受入れられたと思われる。

 冒頭に掲げた『エジプトおよびエチオピアの記念碑』は第1次目録に含まれる。この資料は1932年7月に図書館に登録されたものであるから、本目録記載資料はこの時期に入ったものなのだろう。

 第2次目録はその表紙に「プロイス文庫」と記される。同文庫は法学部研究室図書室所蔵として現在OPAC上でも検索できる

 第3次目録の表紙には鉛筆で「リーバアマン文庫」と記される。現在東京大学OPACには「リーバアマン文庫」が登録されており、検索が可能である。リーバアマン(Felix Liebermann, 1851–1925。歴史学者。“リーベルマン”とも)文庫はイギリス法制史資料を主とする文庫で、有光秀行により調査が行われている(9)。この調査は1937年のカタログによって行われたという。現在東大図書館に『第二次東京帝大関係圖書目録 : ドース第四年度年次金ニ依リ購入ノ分』という目録があり、受入係(久保)による昭和12年(1937年)の記録が貼付されているので、有光が利用したカタログはこれであろうと思われる。有光はこの調査で文庫として未登録の文献を約100冊発見したという。

 この目録と上述の第3次目録との間には細かな異同がある。次数が異なる理由も不明で、引き続き精査を要するが、ともに第4年度(1927年9月1日~翌年8月31日)年次金で購入したリーバアマン文庫に関連する目録であることは疑いない。つまり、購入希望から約10年が経過しようやく登録されたことになる。第4次目録については、上記のごとき文庫名称、受入れ時期等の手がかりは見出だせていない。

 

[図2] 「オステルリート文庫」の印

賠償金図書の所在確認

 

 筆者が獨逸圖書目録の情報にもとづき総合図書館を中心に資料現物を点検したところ、賠償金図書印が捺された資料を100冊以上確認することができた。これらは「賠償金図書」としてまとめられた状態ではなく、震災後受け入れられた他の資料とともに混排されていた。

 確認できた賠償金図書は4種に大別できる。即ち「オステルリート文庫」、「プロイス文庫」、「リーバアマン文庫」と、文庫として受け入れられたのではないと思われる資料である。

[図2] 「殺到する寄贈圖書整理に逐るゝ圖書館員(大正十三年一月)」

 「オステルリート文庫」はOPAC上に文庫としての登録はないが、「オステルリート文庫」の印は存在する。今回の調査では、「賠償金図書」と「オステルリート文庫」の両印を有する資料、文庫印のみを有する資料、「賠償金図書」印のみ有するものの同文庫の一部であると推定可能な資料の、あわせて約50冊を確認した。同文庫は著作権法改正の参考資料とすべく購入しようとしていたもので、1927年3月時点では、商工省と内務省に分配予定であった(10)。そのうちのどのような資料がなぜ東京大学へ所蔵されるに至ったのか、なぜ文庫として扱われなかったかについては今後の課題である。

 文庫に帰属しない資料についても不明な点が多い。1927年10月、11月に在ハンブルク総領事から外務大臣に送られたドイツの書店の売立目録(11)からは、オリエント学の資料を収集しようとしていた様子が窺える。これらの購入の経緯と文庫以外の受入資料との関連性についても今後の調査が必要である。

 

おわりに

 

 以上は約2万冊にのぼると推定される賠償金図書調査の端緒に過ぎないが、東大において「賠償金図書」が整理の行き届いていない状態にあることは確かに見てとれる。しかし、これは賠償金図書のみの混乱ではない。

 1923年の関東大震災により東京帝国大学附属図書館は蔵書のほとんどを焼失した。その後、図書館を再興すべく収書活動が盛んに行われ、国内外から鷗外文庫をはじめ膨大な寄贈を受けたほか、図書館復興費により積極的な資料購入も進められた(12)。出口智之によれば、1924年に受入れが始まった鷗外文庫は当初、一箇所にまとめて排架せず、館内の分類に従って他の資料と同様に整理をしたという(13)。賠償金図書もまた、震災復興のために熱心に求められたものであろう。この際、同様に、従来の分類に従い利用に供しようと考えたのであろうことは想像に難くない。鷗外文庫が悉皆調査によって整理されたのは2009年のことであった(14)。一方でオステルリート文庫などはいまだ整理者を得られていないということなのだろう。

 震災復興は現在の東京大学附属図書館蔵書の基礎となる重要な事業であった。この時期、いかなる人々が、いかなる意図で、いかにして蔵書を構築したのか、それを探究、整理しつづける必要があろう。

 

[参考文献]

(1) 東京大学アジア研究図書館デジタルコレクション所収. Lepsius, R. [1849-1859.] Denkmaeler aus Aegypten und Aethiopien nach den zeichnungen der von Seiner Majestaet dem koenige von Preussen Friedrich Wilhelm IV nach diesen laendern gesendeten und in den jahren 1842-1845 ausgefuehrten wissenschaftlichen Expedition, auf Befehl seiner Majestaet. Berlin: Nicolaische Buchhandlung. 総合図書館蔵,請求記号BG:222:1-2

(2) 「分割3」JACAR(アジア歴史資料センター) Ref.B06150491500(第298画像目)、賠償物件処理委員会一件(2-3-1-0-151)(外務省外交史料館)

(3) 「同(分割4)」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B06150491600(第347画像目)、賠償物件処理委員会一件(2-3-1-0-151)(外務省外交史料館)

(4) 「欧州大戦ニ依ル賠償関係雑件/賠償物件処理委員会関係(分割1)」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B04013877500(第6-7画像目)、欧州大戦ニ依ル賠償関係雑件/賠償物件処理委員会関係(B-8-0-0-1_2)、(外務省外交史料館)

(5) 大蔵省編纂『明治大正財政史第20巻 雑纂』(大蔵省編、1939年8月)、p. 151

(6) 注(4)前掲資料、第23画像目

(7) 注(4)前掲資料、第29および101画像目

(8)獨逸賠償金購入圖書目録』([東京大学附属図書館]、[1900年代])「第一次獨逸賠償金購入圖書目録」、「第二次獨逸賠償金購入圖書目録(プロイス文庫)」、「第三次獨逸賠償金購入圖書目録[リーバアマン(リーベルマン)文庫]」、「第四次獨逸賠償金購入圖書目録」の合冊製本。このほかに『第二次東京帝大関係圖書目録 : ドース第四年度年次金ニ依リ購入ノ分』 別題『リーベルマン文庫目録』([東京帝國大學附屬圖書館]、[1900年代] )、『プロイス文庫目録』( [東京帝國大學法學部研究室]、[1900年代]、タイプ原稿)がある。さらに、東大に「ドイツ政府寄贈本」があるとする蔵書調査、目録類も存在する。しかしOPACではこの用語でも検索はできない。国立国会図書館一般考査部・受入整理部編『全国特殊コレクション要覧』(国立国会図書館、1957年3月)p. 43、広島大学附属図書館編『全国国立大学所蔵貴重図書目録 : 付:文庫・集書一覧貴重図書指定基準』(広島大学附属図書館、 1973年3月)pp. 254-255、など参照。

(9) 有光秀行「『リーバアマン文庫』研究」(2010~2012年度科学研究費助成事業研究成果報告書 課題番号22520730)

(10)帝国議会衆議院委員会議録 第52,53,55,56,58,59,62-65,67回』(衆議院事務局、1926-1935年)「出版物法案委員會議錄第八囘 昭和二年三月十四日」p. 6

(11) 「欧州大戦関係「ドーズ」年次金分配ニ関スル協定関係一件/協定実施関係/年次金分配関係/書籍分配関係 1.東洋関係参考書目録関係 分割1」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B04013921800、欧州大戦関係「ドーズ」年次金分配ニ関スル協定関係一件/協定実施関係/年次金分配関係/書籍分配関係(B-8-2-0-7_1_1_2)(外務省外交史料館)

(12) 『東京帝國大學附屬圖書館復興帖 : 大正十二年より昭和四年に亙る復興帖報告及圖面』(東京帝國大學附屬圖書館、1930年3月)、東京大学総合図書館所蔵館史資料コレクション、https://iiif.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/repo/s/kanshi/document/02cdad9a-6f99-43c8-5f00-e5149da92851 pp. 714

(13) 東京大学附属図書館所蔵資料展示委員会編『令和4年度東京大学附属図書館特別展示「テエベス百門の断面図一歿後100年記念 森鷗外旧蔵書展」記念講演会記録 : テエベスの甍―鷗外文庫の深奥から』講師:東京大学大学院総合文化研究科 出口智之准教授(東京大学附属図書館、2022年12月発行)、pp. 4-5

(14) 同注(13)

 

 [図1] 注(1)前掲書 [表題紙裏面] より転載。

 [図2] Reitzenbaum, Selmar. 1909. Important decisions regarding the working of German patents, as well as literal translations of the German patent law, of the act for the protection of gebrauchsmuster (German utility model patent), and of the German law for the protection of trade marks, together with German technical phraseology (in parentheses) of German patent rule and practice. London: Asher. 総合図書館蔵, 請求記号L170:118, [表題紙] 

 [図3] 注(12)前掲書「(六)假圖書館」より転載。


*この記事は2024年2月29日刊行の『東京大学アジア研究図書館デジタルコレクション2017–2023』(U-PARL編、2024年)pp. 83-86からの再録です。

参考記事:荒木達雄「思えば遠くへ来たもんだ——書物の旅(1)

March 27, 2024