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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
Uehiro Project for the Asian Research Library

COLUMN

通勤電車で考えさせられたこと

特任研究員 アクマタリエワ ジャクシルク

Akmatalieva Jakshylyk

 着任してから早4か月過ぎようとしています。日本の友人らに「ジャクシルク、通勤電車には慣れた?」と聞かれます。「皆さん、キルギスという国をご存じでしょうか?」で紹介したように、多くの人は、キルギスの山奥で育った私には、大都会の朝の通勤電車は、ある意味で「修行」に近いと思っているかもしれません。 

 そんな質問をされると、最近の私は「通勤の満員電車には慣れたよ。それに、通勤電車の人々を観察するのが、面白い」と答えています。 

 1999年、日本に初めて来ました。2週間滞在し帰国した時、「日本で一番驚いたことは何だった?」という質問をキルギス人たちがしてきました。私は、「電車の中で日本人は新聞を読んでいる。小学生でさえ本を読んでいるんだよ」と答えたのを覚えています。当時の私にとって電車の中で、新聞や本を読んでいる日本人の様子は衝撃的だったのです。なぜかというと、キルギスではバスや車の中で新聞を読む習慣はないからです。 

 あれから、20年余りが過ぎました。あの時に私が衝撃を受けた風景は、今はありません。そう、新聞を読んでいる人はほぼいないのです。しかし、みんな何かを見ています。そうです「スマホ」です。車内を見渡すと、皆が下を向いてスマホを見ています。これはこれである意味衝撃的な風景です。ただし、以前の新聞と違うところが一点あります。それは、この現象は、日本だけではなく、キルギスも含めて世界中で起きているということです。つまり、AIやデジタル化が、世界各地で急速に進み日常生活に浸透しているのです。 

 かくいう私は、デジタル化を促進する部署に所属しています。今の私たちがいる時代には、デジタル化は必要不可欠です。その目的の多くは、ペーパーレスのように無駄を省いたりデータ上で誰でも使えるようにしたりコスト削減や便利さを求めることだと思います。しかし、私たちの部門は違います。「大事なものを失う前に、記録・保存する」のです。「次世代の人のために!」を信念に取り組んでいます。そのためのデジタル化です。 

100年前に刊行された書籍を慎重に切り開く作業中

 私は10年後の社会を想像できません。だからこそ、デジタル化の本質は何か考えるべきだと思います。なんでも省く必要はないと思います。大事なものを失わないで守るということです。そういうものを守り保存することで、通勤電車の中でも自由に貴重な記録を見ることができるように・・・。 

 通勤電車で新聞を読む時代から、スマホをのぞく時代。デジタル化とは何か、加速度的に進むAI時代に、人間はどういう幸福を必要とするのか。そんなことを、満員の電車に揺られながら、つらつらと考えました。 

29.Jul.2024