梅崎昌裕先生
医学系研究科国際保健学専攻人類生態学教室准教授
教科書に載っていない固有の適応メカニズムの探求
「教科書に載っていない固有の適応メカニズムの探求」
― 先生のご研究について教えて下さい。
人類生態学の研究をしています。人類の健康と環境のかかわりについてを研究しています。対象地域はもともとパプアニューギニアなのですが、中国の海南島やインドネシアのジャワ島なども調査してきました。
― パプアニューギニアで調査されている内容はどのようなものですか?
パプアニューギニア高地ではサツマイモが摂取エネルギーの70%以上を占め、タンパク摂取量が極端に少ないのですが、皆さんそれなりに健康に暮らしています。人類集団の偏食は実は普遍的なもので、例えば牧畜民達は乳製品を主食としていますし、かつての極北の人々は肉ばかり摂取していたといわれています。ニューギニアの人たちがほとんど肉を食べずに、サツマイモばかり食べて健康に生きているという現象の生物的なメカニズムを解き明かしたいと思っています。
― ニューギニアでは、動物の肉はまったく食べないのでしょうか?
これはあくまでも僕の調査している地域のことですけど300年ほど前にサツマイモが導入されてから人口が急激に増加したために、大型の野生動物は絶滅し、食べることのできる昆虫もほとんどいません。サツマイモがよく育ったので、その生産システムが集約化していったのです。仮説の段階ですが、固有の腸内細菌叢が栄養適応のキーになっているのではないかと考えています。教科書に載っていないような栄養適応のメカニズムがわかったら面白いと考えています。
「フィールドや図書館で予期せぬ「面白さ」に出会う」
― 現地で言語はどうされていますか?
調査ではトク・ピジン語を使っています。向こうに行って覚えました。なので、最初はデータをあつめることもできず、ただブラブラしている感じでした。
でも、フィールドワークのおもしろさは、そのブラブラするところにあると思います。日本で仮説を決めて現地でそれを検証するというのではなく、現地に行ってみて、ブラブラしてるうちに面白いことを発見するというプロセスが大切だと思います。
― 必要な文献はどのように入手されていますか?
自然科学なので英語の論文が多いですね。最近はオンラインで論文をダウンロードすることがほとんどです。昔に比べると相対的に日本語の本を読む量が減りました。東大にいるとほとんどの文献が手に入るので大変に便利です。
― 昔の地誌や民族誌は学内に揃っていますか?
海南島の文献は、国立台湾大学と東大の東洋文化研究所(東文研)の図書室で探したのですが、東文研に関連文献が揃っていて驚きました。
― 台湾には資料調査で行かれたのですか?
(台湾大学の前身である)台北帝国大学の研究者が海南島の調査をしていたので、台湾に資料が揃っていました。例えば、日本から海南島に入植するためのガイドブック『月刊海南島』というのが台湾大学の図書館に保管されていました。
― そのような文献は、いわば足で調査して入手するのですが、苦労は感じませんでしたか?
目的をもって医学の文献を検索するのは、データベースが整備されたことで便利になりましたね。対照的に、海南島についての文献収集は、図書館の収蔵庫をあるきまわって探しました。そういう文献を探すのはフィールド調査と似ていると思います。調査に行っていても、だいたい何もない毎日が続いて、たまに面白いことがあるんです。文献を探す際にも、目的を持って探索するだけではなくて、ただ並んでいる開架を眺めに行く。普段読んでいない本を読んでみるということをやっています。なので、収蔵庫に入らせてくれる図書館はいいなと思います。医学図書館の書庫に入って、偉大な発見を報告した論文の掲載されている昔の雑誌を開いたりすることもありますね。
「キーワード検索ではわからないような情報や知識のありか提供する図書館」
― ところで、図書館の課題とは何だと思いますか?
学生時代の思い出なんですが、こういう資料が欲しいんだけど、どこをどう探せばありますか?ということを図書館の参考係の人に尋ねたところ、その人がすごく優秀で、きっとこの辺りにあるはずだということや、どこを探せばわかるはずだということを、的確に教えてくれたのです。世の中にはプロがいるものだと感心しました。キーワード検索ではわからないような情報や知識のありかを図書館の専門職の人が教えてくれたら良いと思います。
― フィールド調査で得られたデータや蔵書を共有することはありますか?
フィールドノートは普通は公開しません。一次資料として、大事に保管しています。一方で、医学の領域では、集めた質問紙調査などのデータを誰でも使えるように公開することが奨励されています。集めた人だけでなく、誰でも使えるようにする。そういったセカンダリーデータの分析をする学生もいます。
「「面白い」をどれだけ共有できるのかが科学」
― それでは、お薦めの本を紹介して下さい。
最初に紹介したいのは、ピーター ベルウッド『太平洋―東南アジアとオセアニアの人類史―』1989年です。本書は、地域の文献を読み込み、全てを取り込んでストーリーを大きく展開しているものなのですが、このように大きな視点を持った本は良いですよね。すごく労力がかかっていると感じます。70年代の本ですので、ここに書かれてい内容のなかには書き換えられているものもありますが、良い本だなと思います。
次に、クリフォード・ギアーツ『インボリューション―内に向かう発展―』2001年があります。グランドセオリーというのは批判されやすいものですが、誰かがグランドセオリーを出すと、学問が大きく飛躍するんだと思います。そのような意味で、ギアーツの偉大さを感じさせてくれる本です。
最後に、篠原徹『自然を生きる技術―暮らしの民俗自然誌―』 (歴史文化ライブラリー) 2005年を紹介します。本書は、人間は自然をどのように利用するかという切り口から、在地の自然利用技術を探究したものです。研究は面白くなきゃいけないという思いから、本書を学生に薦めています。「面白い」をどれだけ共有できるのかが科学なんだと思います。
私としても、新しい図書館ができるのを心待ちにしています。図書館は大学のシンボルですからね。アジア研究図書館も楽しみです。
― 本日はどうもありがとうございました。
(2017年7月、インタビュアー:辻・永井)