ミャンマー国立公文書局(ミャンマー)
長田紀之
(日本貿易振興機構アジア経済研究所)
ミャンマーの旧首都で現在も最大の人口をほこる都市ヤンゴンにミャンマー近代史研究には欠かせない施設――国立公文書局(アミョウダー・フマッタンミャー・モーグンタイッ・ウースィーターナ、National Archives Department)――がある。ここにはイギリス植民地時代から現在にいたるまでの行政文書が収蔵されている。筆者は10年以上にわたりこの文書館を利用しており、とりわけ2007年から2009年にかけてのヤンゴン留学中は毎日のように足しげく通った。本稿では、自身の経験をもとに可能な限り最新の情報をとりこんで、ミャンマー国立公文書局の紹介をしたい。
来歴と収蔵資料
国立公文書局には、イギリス植民地期から現在に至るまでの行政文書が収蔵されている。しかし、閲覧には制限があり、一般公開されているのは主に1948年の独立以前のイギリス植民地時代の資料である。2014年に独立後の1963年までの一部資料が公開されが、この資料群については公開から日が浅くまだ全容が明らかでないこともあるので、ここでは主に植民地文書について解説する。
そもそもミャンマーの資料残存状況は良いとは言えない。第二次世界大戦期に戦場となったことや、独立期の政治的動乱により多くの歴史資料が失われた。しかも、独立後の政府はしばらくの間、公文書の保存・管理に注力できず、イギリス植民地官僚機構が作り上げた行政文書の整理法も厳密に踏襲されなくなった。独立後四半世紀近くを経た1972年にようやく国立公文書局が設立され、以後、各省庁や地方からの公文書の収集が始まった。
国立公文書局には官報や議事録、種々の報告書といった過去の政府公刊物も保管されているが、より魅力的な収蔵資料は未公刊の行政文書である。こうした行政文書は各時代の政権や省庁ごとに大きく29の資料群に分けられる(表1)。そのうち植民地期に関する資料が最も多く含まれるのは、やはり「第1群 独立前(1835-1948)」である。この資料群は、1970年代後半から1980年代前半にかけて国立公文書局が収集した植民地時代の行政文書であるが、その内実は主に二つのコレクションから成っていると言える。一つは政庁官房資料、もう一つはイラワディ管区資料である。
前者の政庁官房資料は、ヤンゴンにあった植民地行政の中枢に蓄積されてきた膨大な量の公文書である。19世紀半ばから20世紀前半にかけて、植民地行政の政策決定過程をつぶさに知ることができる。この資料群は1975年、1976年、1988年の三度に分けて、当時これを収蔵していた外務省から国立公文書局へ移管された。しかし、独立から移管までの間に、植民地行政の文書整理方法とはまったく別の仕方で整理し直されてしまっている。そのため、研究者は個々の資料を利用する際、その資料が当時置かれていた脈絡を自ら再構築せねばならない。イギリスやインドの文書館を併用しつつ、植民地時代の文書整理方法に精通する必要がある。
後者のイラワディ管区資料は、エーヤーワディー河(植民地期はイラワディ河と呼ばれた)下流域デルタの一部を管轄した地方行政府の資料群である。国立公文書局は設立ののち、各地方からの行政文書の収集にあたったが、その成果は芳しいものではなかった。しかし、イラワディ管区の資料群は例外的に散逸が少なく、まとまったかたちで資料が移管された。国家と社会との接点にあたる行政の末端レベルで何が起こっていたのかを知ることができる第1級の資料群と言える。
カタログとガイド
カタログの電子化が進んでおり、現在、国立公文書局内のコンピューター端末でのみ電子カタログの利用が可能である。上記の植民地期の行政文書を含め、かなりの資料を検索できるが、資料のタイトルが間違って登録されていることが多々あるので、あまり信頼できない。また前述の通り、現在の文書館の整理番号は、本来の植民地行政の整理方法とは無関係である。
紙媒体のカタログは、植民地期の資料に関しては閲覧室に置いてある。やはりタイトル間違いが見られるので注意が必要。
なお、国立公文書局の利用ガイドには以下のものがあり、本記事もこれに拠るところが大きい。閲覧室に置いてある。
Khin Khin Mar (comp.). 2003. Guide to the Archival Sources of the British Administration Period 1826-1948. Yangon: National Archives Department, Ministry of National Planning and Economic Development, Myanmar.
アクセス
国立公文書局は、上座仏教徒の信仰篤いシュエダゴン・パゴダの程近く、各国大使館の建ち並ぶ閑静な街区に位置する。住所と連絡先は以下の通り。
The National Archives Department,
114, Pyidaungsu Yeiktha Road, Dagon Township, Yangon
Email : nad@mptmail.net.mm
Tel : +95-1-384350 Fax : +95-1- 254011
市の中心部から訪問するには、タクシーを捕まえて「ピーダウンズー・イェイッター通り」と告げるのが一番手っ取り早い。この通りは別名「ハルピン通り」ともいうので、運転手によっては後者の方が通じる。いずれにせよ、普通の人はまず国立公文書局のことを知らない。フィール(Feel)という有名レストランやフランス大使館、インドネシア大使館の並びなので、これらを目印にするのがよい。
市の中心部から国立公文書館へより安価に訪問しようとすればバスを使わねばならない。ヤンゴンから北へ伸びる幹線ピィー通りを北上するバス(何路線かある)に乗り込み、「ペーグーカラッ(Pegu Club)」のバス停で降りる。バス停から、すぐそばのミャンマー国立博物館、インドネシア大使館と壁伝いに歩き、ピーダウンズー・イェイッター通りとの交差点を東に折れればじきに到着する。
利用方法
利用登録が必要である。現在、外国人の場合は、自国のミャンマー大使館を通じて事前に利用申請をせねばならない。申請書には、名前、職業、住所、学歴、研究テーマ、研究対象時期、従来の研究テーマなどを記載する。また、自身の所属機関からの推薦書を別添する。公文書局からの許可を得たのち、現地で利用登録の手続きを行い、利用料として30米ドル支払うと1年間有効の利用登録証を発行してもらえる。現地での利用手続きはすぐ済むので、その日のうちに調べものに取り掛かれる(ちなみに以前は自国での事前申請や所属機関の推薦状提出の必要はなく、代わりに「ミャンマー人の著名な研究者の推薦状」が必要で、その「推薦状」発行を代行してくれる本屋もあった。)
訪問の際には、その都度、入り口の門の脇にある受け付けで来訪者帳に名前と来訪時間を記入する。しかし、このとき利用登録証の確認は行われないので、初日に登録を済ませて以後は登録証の出番はない。
閲覧室では、パソコンやデジタルカメラなどの使用が禁止されている。資料の複写は、自ら筆写するか職員にコピーを依頼することになる。以前はコピー代が高かった(4枚で1米ドル)が、現在では1枚60チャット(7円弱)とかなり安くなった。
ときおり、閲覧室が職員の井戸端会議の議場となることがあるので、気になる人は耳栓などを用意しておくとよい。
食事処
国立公文書局からの徒歩圏内にはそれほどたくさんの食事処があるわけではない。しかし、前述のフィール(Feel)がすぐ近くにあるのは幸いと言ってよい。フィールは市内に数店舗展開する人気ミャンマー料理店(店舗によって扱う料理が違う)で、このピーダウンズー・イェイッター通り店はそのうちでもっとも有名な本家本元である。外国人観光客も多い。ガラスケースの中に並んだ多彩なミャンマー・カレー(ビルマ語で「ヒン」)を実際に目で見て、好みのものを注文できる。カレーのほかにも、和え物(「アトウッ」)や麺類など選択肢が実に多い。
ミャンマー料理に食傷気味となったら、フィールの東隣りに同一グループのカフェ、テイスト(Taste)がある。サンドイッチやハンバーガーからステーキまで西洋料理をそろえている。フィールと同じグループなので、上級者であればフィールのテーブルに座ってテイストの料理を注文するという裏技も可能。
もう少し足を延ばすと、ピーダウンズー・イェイッター通りの東の突当たり、ミョウマチャウン通りには点心店のオリエンタル・ハウスがあり、逆にピィー通りを少し北上するとサミット・パーク・ビュー・ホテルの付近に何件かの店が集まっている。
図書館ウェブサイト | https://www.mnped.gov.mm/index.php?option=com_content&view=article&id=4&Itemid=5&lang=en |
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入館・閲覧に必要なもの | 利用登録証(しかし、入館の都度、チェックされるということはない。最初の利用時に登録を済ませさえすれば、利用証携行の必要はないといってよい。)※2015年5月現在、外国人の場合、公式には利用登録に以下の手続きが必要。
①利用申請書の事前送付 申請書には名前、所属、研究テーマなどを記載し、所属機関から の推薦書を別添する必要あり。自国のミャンマー大使館を経由して国立公文書局宛に送付する。→公文書局から許可が下りたら訪問可能。 ②現地での手続き 利用者登録と1年間の利用料として30米ドルの支払い。→即日利用開始可能。開館日時月~金 10:00-16:00その他特記事項事前申請の段階でなしのつぶてであっても、現地に行ってみるとどうにかなることがある(かもしれない)。 |