足立享祐
U-PARL特任研究員
プネーはインド西部・マハーラーシュトラ州においてムンバイーに次ぐ第2(インド全体では第9番目)の都市である。特に18世紀にマラーター帝国の宰相(ペーシュワー)府が置かれて以降、インド西部の政治と学問の中心地として大きく発展した。東洋のオックスフォードとも呼ばれる同市内には、数多くの著名な図書館・文書館が存在するが、今回は歴史研究において重要な公文書館を紹介する。
(a) 来歴
マハーラーシュトラ州公文書館プネー分館(右写真:2017年3月筆者撮影)は、現在、州公文書館の「分館」として位置づけられているが、一般には歴史的経緯からペーシュワー文庫(पेशवा दफ्तर peśvā daftar) と呼び習わされている。
第三次マラーター戦争の結果、1818年のマラーター領の大部分を併呑したイギリスは、現地社会に保持されていた様々な記録文書を収集・継承した。植民地統治の推進に於いて官僚たちが求めたのは、税務に関わる記録、特に土地所有に関する文書であった。本館の中核を構成するのは、イナーム委員会(Inam Commission)の調査に基づき、1863年に設立された土地譲渡局(Alienation Office)の資料である。
20世紀初頭にかけてのインド歴史学の発展の中で、これらの資料は歴史記録としての重要性を見いだされるに至った。プネーにおける重要な歴史研究機関である、インド歴史研究協会 ( भारत इतिहास संशोधक मंडळ Bhārat Itihās Sãśodhak Maṇḍaḷ)の支援の元、これら資料の調査、整備が進められた。当時の状況については Indian historical records commission : proceedings of meetings, vol. III (Calcutta : Superintendent Government printing), 1921. [東京大学所蔵]などで窺い知ることが出来る。
現在の建物は1891年に設立されたもので125年を越える。最後の宰相(ペーシュワー)バージーラーオ2世(दुसरा बाजीराव Bajirao II, 1775-1851)の土曜宮(शनिवार वाडा Śanivārvāḍā)にマラーター行政文書が置かれていた際、大火によって被害を受けたことから、現在の建物には防火施設が備え付けられている。
(b) 所蔵資料
コレクションの約80%が中近世に用いられた書体であるモーディー文字で書かれたマラーティー語文書である。これらは布( रुमाल rumāl)で包まれ管理されている。これらのファイル数は39,000にのぼる。英語資料も15%程、約9,000ファイルを所蔵している。植民地期初期に置かれたデカン長官職やサルダール担当官の報告書ならびに税務に関するファイルが中心である。マハーラーシュトラ州公文書館ウェブサイトでは、これら所蔵資料は http://maharashtraarchives.org/record%20holding3.html (最終閲覧日2017年3月30日)によれば以下のように分類されている。
Sr.No Name of Section No. of Rumals
1 Karnataka Jamav 1834
2 Solapur Jamav 882
3 Karnataka Jamav 110
4 Inam Commission Enquiry. 920
5 Inam Commission Enquiry S.D 92
6 Pune Jamav 1809
7 Khandesh Jamav 146
8 Nagar Jamav 2869
9 Moglai Jamav 290
10 Satara Jamav 1991
11 Panchmahals 187
12 Kokan Jamav 567
13 Hindustan Jamav 71
14 Sachiv Jamav 38
15 Gujarat Jamav 83
16 Chitnishi 131
17 Chitnishi 126
18 Satara Maharaja 3994
19 N.D.’s Records 304/47
20 Jakat 158
21 Pahani Kharda 24
22 Hak Commission 103
23 Deccan Commissioner 171
24 Agent for Sardar 69
25 Persian Record 70
26 Jamabandi 453
27 Amantadars 104
28 Pathake Lashkar 268
29 Pre 1857 217
30 Paimash 219
31 Shahu Daftar 56
32 Peshwa Rozkird 780
33 Ghadni 771
34 Prant Azmas, Pune 583
35 Prant Azmas, Nagar 506
36 Prant Azmas, Khandesh 245
37 Prant Azmas, Satara 250
38 Prant Azmas, Satara 221
39 Prant Azmas, North Kokan. 2015
40 Prant Azmas, South Kokan. 620
41 Prant Azmas, South Kokan. 349
42 Prant Azmas, Hindustan. 205
43 Paga 694
44 Inam Commission enquiry. 41
45 Angre 761
46 Agent (Court) 69
47 Hal Amal 55
48 Pahani Kharda 299
49 Gujarat Daftar 106
50 Patan Dumaldars 62
51 Budgaon Daftar 195
52 Janjira 125
53 Prant Azmas, Gujarat 116
54 Prant Azmas, Moglai 187
55 F. Patrak 203
56 Selected papers for further Research. 59
57 Miscellaneous 72
58 Aundh 202
59 Brahmanal and Vaidya Daftar 13
60 Returnable Papers 505
61 Amal and Dumal 20
62 Bhor Tahasil Record 24
Sr.No Name of Section No. of Files
1 Records of Messrs. Hart and Etheridge 1,202
2 Records of Mr. Hearne 375
3 Records of Rungo Bhimaji 33
4 Records of Mr. Pestanji Jehangir consisting of settlement records relating to the Northern Division arranged according to subjects. 441
5 Records of Captain Gordon 1,427
6 Records of Mr. Griffth 1,343
7 Records of the Commissioner, C.D., relating to Alienation and Sardars (1818-1887) 844
8 Records of the Agent of the Sardars (1826-1845) 1,009
9 Records of the Deccan Commissioners (1817-1826) 508
10 Records of the Satara Residency (1818-1848) 150
11 Records of Poona Residency (1785-1818) 72
12 Old Files Received from the Ratnagiri Collector’s office (1821-1837) 52
13 Records of files received from Kulaba Collector (1840-1844) 12
14 Loose bundles (not listed) 60
15 Revenue Commissioner’s Records 1,128
16 Gazetteers, Land and Cash Registers 1,862
ペーシュワー文庫が所蔵するマラーティー語資料は、中世から近代にかけてのインド社会を研究する上で多くの手がかりを与えてくれる。日本においても深沢宏、小谷汪之、小川道大らにより、これら資料を用いた優れた研究が行われてきた。上記の一覧にあるRozkird (रोजकीर्द rōjkīrd) は日録を指す。ペーシュワーらの日録については選集が刊行されており、一部は東京大学にも所蔵されている。他の文書も社会経済史の分野に於いて重要な資料である。Prant Azmas(प्रांत अजमास prānt ajmās)は地区税収見積、Paga पागा pāgā は軍馬に関わる記録である。またJamav (जमाव jamāv)は中央の記録とは別に、郷主(देशमुख dēśmukh)など世襲村役人、ワタンダール(वतनदार vatandār)と呼ばれる職分・得分を持つ人々らによって保持された文書を集成したものである。これら所蔵資料の内容については、やや情報が古くなっているが、Sardesai, G.S. (comp.), Hand book to the records in the Alienation Office, Poona. (Bombay: Printed at the Govt. Central Press), 1933.によっても確認することが出来る。
ペーシュワー文庫は「生きたアーカイヴズ」でもある。土地をはじめとする家産に関わる紛争などにおいては、歴史的記録の閲覧ならびに証明のために利用されることもある。公文書館はこれら資料を保管するだけでなく、修復・保存作業も重要な責務の一つである。
公文書館における資料の裏打ちの様子(2017年3月筆者撮影)
(c) 利用方法
利用の際には所定の様式による登録が求められる。インド国籍以外の研究者が州公文書館を利用する際には、身元を証明する在インド大使館・領事館からの紹介状が必要とされるので、事前に準備しておくことが望ましい。なおこの点はムンバイーにある本館も同様である。現地閲覧室内にリストが備え付けられており、リクエスト・スリップに資料番号を記入し出納する。複写については別途、担当官への依頼と決裁が必要となる。開館時間は基本的に官公庁のスケジュールに沿っている。ただし、文書整理、清掃などによって開室時間は変動することがあるので、現地で随時確認されたい。
所在地
Pune Archives (Peshwa Daftar)
12 Bund Garden Rd. (opp. Council Hall) , Agarkarnagar, Pune 411 001
Tel: 0091-20 – 612 73 07
Fax: 0091-20 – 612 73 07