スレイマニイェ図書館
Süleyaniye Library / Süleymaniye Yazma Eser Kütüphanesi
千葉科学大学薬学部
橋爪烈
◎来歴
スレイマニイェ図書館は、16世紀半ばに、オスマン帝国第10代君主スレイマン1世の命で建設された、スレイマニイェ・モスク(Süleymaniye Cami)を中核とする複合施設の一角を利用して運営されている、手稿本史料の所蔵・整理・公開等を行うトルコ最大の図書館である。モスク及び複合施設として建設されたマドラサ(教育機関)で利用された書籍のコレクションを基に、20世紀初頭以降、イスタンブル市各所にあった図書館の蔵書が集められた結果、現在のような一大コレクションが形成された。約15万点(手稿本約8万3千点、刊本約5万5千点、その他)の蔵書数を誇る。近年トルコ各地の図書館との連携が強化されており、スレイマニイェ図書館の傘下に入っていない図書館が所蔵する手稿本の画像データも同図書館で閲覧できるようになってきた(今後もその範囲は拡大するものと思われる)。すなわち、イスタンブルに居ながらにしてトルコ各地の手稿本にアクセスできるようになってきており、スレイマニイェ図書館の利用価値はさらに高まっているといえよう。なお筆者は2015年刊行の雑誌『イスラム世界』83号に「スレイマニイェ図書館―その概要と利用について―」と題する小稿を発表しているので、ここでは2015年以降の変更点などを中心に紹介していくことにする。拙稿については、参考文献に示したURLからダウンロードされたい。
スレイマニイェ図書館
スレイマニイェ図書館
◎所蔵資料
アラビア語で書かれた手稿本が大半を占め、オスマントルコ語の手稿本がこれに続く。その他、ペルシア語の手稿本、アラビア文字の印刷物や欧米諸語の印刷物、定期刊行物が所蔵されている。
◎利用方法
スレイマニイェ図書館はパスポートないし身分証明書の提示によって利用できる。以前は手稿本の閲覧が可能であったため、利用申請書に記載する必要があったが、現在は特別に許可を取らない限り手稿本そのものの閲覧はできなくなり、閲覧室に備え付けのパソコンでデジタルデータを閲覧する形式に変わったためである。守衛室でパスポート等を預けるとロッカーのカギを渡される。閲覧室にはパソコンやノートなどの持ち込みが可能であるが、手さげカバン等でそれらを持ち込もうとすると注意を受けることがある。閲覧室には18台のパソコンがあるが、長期休暇中の10-16時の間はかなりの確率で満席になるので、早めに入室するのが無難である。改装工事のため、閲覧室が臨時的に小児用学校の建物に移されていたが、2018年2月以降、第一マドラサ建物のスレイマニイェ・モスク側に移っている。このため、従来よりも多くの閲覧者を収容できるようになっている。「スレイマニイェ複合施設プラン」(初出:橋爪烈2015)
スレイマニイェ複合施設プラン
第二マドラサ中庭より見たスレイマニイェ・モスク
吹雪の日、第一マドラサ中庭より新閲覧室を望む
手稿本の検索・閲覧システムは、筆者の知る限り2012年以降変更されてはいないが、2019年春に訪れた際、新しい検索・閲覧システムが導入されていることに気づき、利用した。二つの検索・閲覧システムが一つのパソコンで同時並行的に用いることが可能であった。旧システム上では、地方の図書館に所蔵されている手稿本の書誌情報しか閲覧できなかったが、新システムではそれらの手稿本のデジタル画像データの閲覧が可能となっていた(一部書誌情報のみのデータも存在した。今後、公開されるものと思われる)。また旧システムがトルコ語転写表記でのみ検索可能であったのに対し、新システムではアラビア文字での検索が可能となり、トルコ語やトルコ語転写の法則を知らなくても検索ができるようになったことも指摘しておく。ただし、画像表示や拡大縮小の方法に手間がかかるため、一度に大量のページをめくって調査する形の作業はやりにくくなっている。改善を期待したいところである。
新閲覧室での作業風景
新システムの検索方法であるが、左の縦長の枠にある「言語diller(アラビア語、ペルシア語、トルコ語)」の選択にチェックを入れ、次いで「手稿本Yazma Eser/刊本Matbu」を選び、目当ての「図書館Kütüphane」にチェックを入れる。すると、チェックを入れた図書館の分類名が表示されるので、同じく目当ての「分類(例えば、スレイマニイェ図書館であれば、アヤソフィヤ分類Ayasofya、ファーティヒ分類Fatihなど)」にチェックを入れる。その後、右の大きな枠の上部にある検索語句入力欄に、書名、著者名、あるいは分類番号(個々の書籍の固有の番号である。例えば、Ayasofya 3486であれば、3486がそれにあたる)を入力してAraと表記された検索ボタンをクリックする。新旧両システムがいつまで並行して存在するかは不明であるが、両システムとも長短があるので、併用すると作業効率は上がると思われる。
複写については、閲覧室に置かれている複写申請用紙(トルコ語、英語、アラビア語版あり)に必要事項を記入の上、守衛室に預けたパスポート等を一時返却してもらい、複写申請室にて職員に申請用紙とパスポートを渡す。支払いは現金及びクレジットカードで受け付けている。一画像につき1.47トルコリラかかる。いずれの支払い方法であっても、領収書の発行に応じてくれる。2019年2-3月時点では1トルコリラ20円程度であった。CDに画像を焼き付けてくれるが、しばしば申請とは異なるデータが複写されてくることがあるので、CDを受け取ったらすぐに確認した方がよい。二人の複写担当職員が対応してくれるが、複写申請が重なる、英語やトルコ語での意思疎通が困難な申請者がいるなどの場合、CDの受け取りまでに時間がかかる。
複写申請フォーム
なお2018年春以降、CDに書き込まれる画像ファイルには、中央部分にスレイマニイェ図書館のウォーターマークが刻印されるようになった。ほぼ透明の文字での刻印であるが、文字に影がついているため、一部見えにくくなる部分が出てくる点には留意する必要があるだろう。
◎図書館員について
スレイマニイェ図書館は、納本図書館ではなく、手稿本の収集・整理・公開と修復、そして史料の校訂・翻刻作業、または現代トルコ語への転写やトルコ語訳の作成を主な業務としているため、サブジェクト・ライブラリアンは存在しない。(ただし、司書資格を持つ図書館員は、確認できる限り二人存在する。彼らの通常の業務は写本の画像データの複写と受け渡しおよび代金清算作業であり、およそ司書資格を活かした業務内容とは言えない。)閲覧室には二人の職員が勤務しているが、ほぼトルコ語のみでしか意思疎通ができない。閲覧者の多くは、トルコ人研究者や学生を除くと、欧米圏からの研究者であり、また近年ではアラブ圏からの閲覧者も多数訪れているが、改善される気配はない。職員の二人は、基本的には閲覧用パソコンの操作方法や閲覧室備え付けのカタログの整理などを行っている。このほかの図書館員の多くは建物内の小部屋に分かれて校訂・翻刻および翻訳作業に従事しており、これらの作業には、イスタンブル市にある大学の学生、大学院生(イスタンブル大学、イスタンブル都市大学、マルマラ大学の学生が作業に当たっていたことは確認した)も携わっている。各人の専門分野に応じた作業が割り当てられているようである。
◎カタログ・目録
現時点においてスレイマニイェ図書館に所蔵される手稿本についての総合カタログは存在しない。また図書館Web site上にも検索ページは存在しないので、分類ごとにいくつか作成されたカタログを参照するか、直接図書館に赴いて、新旧検索・閲覧システムを利用するしかない。刊行されているカタログのうち、古いものは19世紀末に刊行されたオスマントルコ語(アラビア文字表記)のものであろう。Ciniiの大学図書館所蔵本検索画面で「件名」欄に「Library catalogs — Turkey — Istanbul」と入力し、ヒットする情報のうち、アラビア文字で表記されている書籍がおよそそれらカタログに相当する。
一例を挙げると、
Defter-i Kütüphane-i Áyasofya, Der Sa‘adet, 1304/1886-7
https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA64084252
というカタログがある。
そのほか、スレイマニイェ図書館傘下のキョプリュリュ図書館Köprülü Kütüphanesiやラーグプ・パシャ図書館Ragıp Paşa Kütüphanesiなど、個別の図書館のカタログが刊行されているので、参照されたい。
キョプリュリュ図書館
・ スレイマニイェ図書館所蔵手稿本カタログ
El-Saied El-Doğhim, Mahmoud & Seyitoğlu, Mahmud, Süleymaniye El Yazmaları Kataloğu: Süleymaniye Kolleksiyonu (Arabic Title: Fihris al-Makhuṭūṭāt al-‘Arabiyya wa al-Turkiyya wa al-Fārisiyya fī al-Maktaba al-Sulaymaniyya), I-III, Saqīfat al-Ṣafā’ Müessesesi, Malezya, 2010.
・キョプリュリュ図書館所蔵手稿本カタログ
Şeşen, Ramazan, Fihris makhṭūṭāt Maktabat Kūprīlī, 3 vols., Istanbul: Munaẓẓamat al-Mu’tamar al-Islāmī, Markaz al-Abḥāth lil-Tārīkh wa-al-Funūn wa-al-Thaqāfah al-Islāmiyya, 1986.
・ラーグプ・パシャ図書館所蔵手稿本カタログ
Ja‘rīr, Ḍiyā’ al-Dīn, Fihris al-Makhṭūṭāt al-‘Arabiyya wa al-Turkiyya wa al-Fārisiyya fī Maktaba Rāghub Bāshā fī Istānbūl, 10 vols., Jidda: Saqīfat al-Ṣafā’ al-‘Ilmiyya, 2016.
◎食事処
スレイマニイェ・モスクは観光地であるため、図書館施設とモスクの間にインゲン豆の煮込みで有名なレストラン(アリ・ババ・ロカンタスKurucu Ali Baba Kanaat Lokantası 少し値段が高い)があるほか、庶民的なレストランやサンドウィッチ屋、学生がよく利用しているカフェがある。筆者はしばしば、サンドウィッチ屋で任意の具材を挟んで焼いてもらい、図書館内の休憩室で食べていた。休憩室には無料のティーパックとインスタントコーヒーが置かれ、給湯・給水機が備えられており、閲覧者・図書館員いずれも自由に飲むことが可能である(利用者が多いと夕方にはなくなっていることもある)。
休憩室の給水・給湯器
◎近隣の資料収蔵機関
イスタンブル大学を挟んで、スレイマニイェ図書館と正反対に位置する場所、ヴェヤズィット・モスクに隣接する場所に、ヴェヤズィット図書館(Beyazıt Yazma Eser Kütüphanesi)がある。同図書館にはヴェヤズィット分類Beyazıt、フェイズッラー・エフェンディー分類Feyzullah Efendi、ヴェリーユッディーン・エフェンディー分類Veliyüddin Efendiのコレクションが所蔵されている。これらの分類の手稿本については、スレイマニイェ図書館のシステムでは書誌情報が示されるのみで、デジタル画像データの閲覧はできないため、閲覧・複写申請のためには同図書館に赴く必要がある。
ヴェヤズット図書館
◎参考文献
橋爪烈2015:「スレイマニイェ図書館―その概要と利用について―」『イスラム世界』83: 59-83.
https://researchmap.jp/?action=cv_download_main&upload_id=248947
Necipoğlu, Gülru 2011rep.: The Age of Sinan: Architectural Culture in the Ottoman Empire, London: Reaktion Books.
Web site
・NIHUプログラム イスラーム地域研究 公益財団法人東洋文庫 研究部
イスラーム地域研究資料室(TBIAS)が公開しているトルコの文書館・資料館案内
http://tbias.jp/guide/turkey, (参照 2019-06-01)
*2010年から2015年までの調査に基づくため、情報としては古くなっているが、所蔵資料の概要やカタログ情報が記載されているので、なお有用である。
・Hazine: a guide to researching the middle east and beyond
中東およびイスラーム世界、そしてそれを取り巻く地域の調査研究のための情報基盤として開設されたサイト。アメリカの若手研究者たちによって運営されている。若干情報は古めであるが、来歴等の情報はなお高い有用性を誇っている。
http://hazine.info/suleymaniye-library/(参照2019-06-01)
図書館ウェブサイト
http://www.suleymaniye.yek.gov.tr/(トルコ語)
住所
Ayşe Kadın Hamam Sok. No:27 Fatih/İSTANBUL
電話
+90 212 520 64 60
アクセス
トラムのヴェヤズット・カパルチャルシュBeyazıt-Kapalıçarşı駅からイスタンブル大学正門に向かい、正門を正面にみて左手側にある、本キャンパスと薬学部の建物の間の道を大学の壁沿いに進む。しばらく歩くとスレイマニイェ・モスクの大きなドームが見えてくる。また地下鉄ヴェズネジレルVezneciler駅から北東に延びる道をまっすぐ進むという方法もある。
開館時間
年中無休8:30-23:00
(複写申請・出納などの業務は、月~金8:30-16:30)
入館・閲覧に必要なもの
パスポートないし身分証明書