ベトナムのプロパガンダ絵画(特任研究員 澁谷由紀)

ベトナムのプロパガンダ絵画

特任研究員 澁谷由紀

 

ホーチミン市の目抜き通りであるドンコイ通り沿いに掲げられたプロパガンダ絵画。ベトナムの再植民地化を企てるフランスがイギリスの支持のもとサイゴン(現ホーチミン市)で再侵略を開始した「南部抗戦の日」(1945年9月23日の)74周年記念をテーマにしている(2019年12月27日撮影)。

 私の主な研究対象であるベトナムには、長く、豊かな視覚芸術の伝統があるそのなかでとくに独自色の強いジャンルを選ぶならば、ドンホー版画に代表される民間木版画[註1や、仏領期に成立したとされる漆画[註2、そしてプロパガンダ絵画が挙げられる。 

 プロパガンダ絵画とはある政治的意図をもとに主義や思想を強調する宣伝のために描かれた絵画である。ベトナム語でプロパガンダ絵画はチャイン・コー・ドン(tranh c đng)といい、美術のジャンルの一つとして確立している。その証左としては、2006年にはプロパガンダ絵画の画集がベトナム政府によって刊行されていることや、ベトナム国家図書館の書誌には、「プロパガンダ絵画」という件名が存在し、プロパガンダ絵画そのものやプロパガンダ絵画を扱った画集や研究書にその件名が付与されていることがあるまた近年は、プロパガンダ・ポスターpropaganda posterをモチーフとした土産物が、ハノイ市やホーチミン市で販売されており、外国人観光客らの人気を集めている[註3]。 

 ベトナムのプロパガンダ絵画の特徴は、1芸術的価値の高い作品が多く存在したこと、(2現在も盛んに創作され続けていることの二点である。 

 私の手元にある文化情報省の文化基礎情報局(現在は文化スポーツ観光省の基礎文化局に改組)によって刊行された画集、『ベトナムのプロパガンダ絵画、19452005年』Cục văn hóa thông tin cơ sở 2006には、ベトナム革命博物館、ホーチミン博物館、ベトナム軍事博物館、ベトナム美術博物館、文化基礎情報局、専業画家と非専業画家によって所蔵されている3600点の作品から選定された535点の作品が掲載されている[註4] 絵画の中で用いられているテーマは、抗仏戦争や抗米戦争、ホーチミン、ベトナム国内の諸民族の共闘、輸出産品の生産促進、農業・工業生産の促進、祖国防衛、麻薬撲滅、ソ連との友好関係やカンボジア・ラオスとの団結、平和、ベトナム労働党/ベトナム共産党、選挙、教育など多彩である。時代によって多用されるテーマが異なることや、扱われない(画集掲載用に選定されない、または制作されていない)テーマがあることは、ベトナム近現代史を研究する者にとって大変興味深い。それと同時に、色使いの美しさ、構図の安定性、文字デザインの斬新さや配置の巧みさという点で、魅力にあふれる作品が多く、眺めていると時間を忘れる。

画集『ベトナムのプロパガンダ絵画、1945-2005年』。

 現在進行形で描かれ続けているプロパガンダ絵画については、ただベトナムの街をそぞろ歩くだけで目にすることができる扱われているテーマは多彩であり、現代ベトナム政治の分析材料になりうるという点で大変興味をそそられる。しかし芸術性の面では、前述の画集に収録された作品群に比べ、全般的に画一的で単調であり、正直な感想を述べるならば見劣りするおそらくこの差は、国内の一流の芸術家の参加の有無や、版画やポスターとして複製される枚数の多寡、時代の移り変わりにともなう人々の感性の変容などに要因がある

ホーチミン市1区人民委員会の外壁。まるでプロパガンダ絵画のギャラリーだ。テーマは多様である(2019年12月27日撮影) 。

[下段]1区は愛国競争を推進し、2019年の経済-文化-社会発展の任務について、勝利を達成しようと決心する

[上段]ホーチミン主席生誕129年記念:1890年5月19日-2019年5月19日 [下段]ホーチミン思想はわが党とわが民族にとって巨大な精神的遺産である。

[上段]ベトナム人民軍創設75周年記念(1944年5月19日-2019年5月19日)および全民国防会30年記念(1989年12月22日-2019年12月22日) [中段]ベトナム人民軍創設75周年記念(1944年5月19日-2019年5月19日)

[上段]全国抗戦73周年記念(1946年12月19日-2019年12月19日) [下段]全国抗戦記念日の精神を発揮し、2019年の経済-文化-社会発展の任務の勝利の完遂を決心しよう

[下段]方針「現場の4つ」をよく達成することで、天災による損害を主動的に防備・軽減することができる

[上段]麻薬に対する防備は公民の義務である [中段]NO、NO、NO

[下段]婦人や子どもに対する暴力、侵害について主動的に予防し対処しよう

 現在、文化スポーツ観光省の基礎文化局は、プロパガンダ絵画のコンクールを積極的に実施している。たとえば、2021618日には、「ホーおじさんの救国の道を求めてへの出国110年記念(191165-202165日)プロパガンダ宣伝絵画創作コンクールが実施され、468点の作品から、合計65点の作品が選定された(Cục Văn hóa cơ sở – Bộ Văn hóa, Thể thao và Du lịch: 2021a)。選定された作品は同局ウェブサイト上でみることができるCc Văn hóa cơ s – B Văn hóaTh thao và Du lch: 2021b)。同局ウェブサイトには他にも、環境保護に関するプロパガンダ絵画や、新型コロナウィルス感染拡大防止に関するプロパガンダ絵画などの特集記事が掲載されており、絵画を通じてベトナム政治の今をうかがい知ることができるCc Văn hóa cơ s – B Văn hóaTh thao và Du lch n.d.)。

文化スポーツ観光省基礎文化局のウェブサイト上のプロパガンダ絵画のコーナー(2021年6月30日)。ここに掲載されている作品は、街中で目にする作品以上に画一的である。

 

<註> 

[註1](田中 2005)(二村 2021:369-387)を参照。
[註2](後小路 2005)を参照。
[註3]社会主義期のプロパガンダ・アートが現在ではキッチュにみえることを、共産主義キッチュ(communist kitsch)と呼ぶという(高山 2017: 116)。
[註4]ベトナム語・英語並列表記。日本では追手門学院大学附属図書館と東京外国語大学附属図書館に所蔵されている。 

<参考文献> 

後小路雅弘 2005: 「ベトナム近代美術の技法」『ベトナム近代絵画展 産経新聞社, 58. 

高山陽子 2017: 「社会主義キッチュに関する一考察」『亜細亜大学国際関係紀要26(12): 115-134.(http://id.nii.ac.jp/1385/00017328/ 

二村順子 2021: 『ベトナム近代美術史 : フランス支配下の半世紀』原書房.

田中晴子 2005: 「民衆版画 ドンホーとハンチョン」『ベトナム近代絵画展』 産経新聞社, 127-128. 

Cục văn hóa thông tin cơ sơ 2006: 60 năm Tranh cổ động Việt Nam, 1945-2005. [ Ni] : Văn hóa thông tin.  

Cục Văn hóa cơ sở – Bộ Văn hóa, Thể thao và Du lịch 2021a: Thông báo kết quả cuộc thi sáng tác tranh cổ động tuyên truyền kỷ niệm 110 năm Ngày Bác Hồ ra đi tìm đường cứu nước (420/TB-VHCS), 18-06-2021.

Cc Văn hóa cơ s – B Văn hóaTh thao và Du lch 2021b:
Album tranh c đng tuyên truyn k nim 110 năm ngày Bác H ra đi tìm đường cu nước”, http://vhttcs.org.vn/gallery.aspx?sitepageid=662&albumid=92, (Accessed on 30-6-2021). 

Cc Văn hóa cơ s – B Văn hóaTh thao và Du lch n.d. : “Tranh c đng”,
http://vhttcs.org.vn/galleries.aspx?sitepageid=662(Accessed on 306-2021). 

 

2021.7.13