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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
Uehiro Project for the Asian Research Library

EVENT

【報告】アジアンライブラリーカフェno.001古代エジプトの書記は聖刻文字を書いていなかった〜書記の書いた神官文字を体験する〜

2017年7月、U-PARLがお届けする新企画、アジアンライブリーカフェが始まりました。カフェと言っても、お茶屋さんではありません。アジアと図書館に関するトークイベントです。初回のno.001は古代エジプトの神官文字を体験するイベントとなりました。そのタイトルは、「古代エジプトの書記は聖刻文字を書いていなかった〜書記の書いた神官文字を体験する〜」です。


 ASIAN LIBRARY CAFÉ: 001 
古代エジプトの書記は聖刻文字を書いていなかった〜書記の書いた神官文字を体験する〜
講師:永井正勝(東京大学U-PARL特任研究員)
2017年7月22日(土)14:30〜16:30
東京大学本郷キャンパス
伊藤国際学術研究センター 中教室


カフェno.001は、申し込み開始からわずか36時間で定員の40名を超える盛況ぶりでした。当日も、早くから来場された方が多数おられ、参加者のやる気が伝わって参りました。熱気に包まれた会場で、U-PARLの新企画、アジアンライブラリーカフェがスタートしました。

最初に、東京大学新図書館計画について説明がありました。自動化書庫、ライブラリープラザアジア研究図書館がその柱となります。ライブラリープラザは2017年7月10日にオープンしており、現在、学内者のみ利用が可能です。カフェの後に、ライブラリープラザの上にある噴水を見学された方もいらっしゃったようです。

神官文字に関する内容は、

1.古代エジプト語の文字と書記
2.写本リテラシー
3.神官文字を書いて体験する

の3部構成でした。

1.古代エジプト語の文字と書記
古代エジプトの書字文化の特徴として、「書記の書く文字=神官文字(ヒラティック)」と「彫刻師の掻く文字=聖刻文字(ヒエログリフ)」が明確に分かれていたことが指摘されました。このような文字体系の対立をダイグラフィア(2文字体系並存)と呼びます。書記学校の学生は最初に神官文字を習っていたのであり、書記になってからもパピルスなどに筆で神官文字を書いていたのです。聖刻文字というのは、石材などに「掻く=刻む」ための文字で、製作には彫刻師などの職人が担当していました。タイトルにあるように「古代エジプトの書記は聖刻文字を書いていなかった」のです。

 

スライドは書記の浮き彫り。筆を持って文字を書く様子が表現されています。

 

2.写本リテラシー
神官文字は聖刻文字の崩し字だと学術的にも一般的にも言われますが、講師を務めた特任研究員の永井によると、このような考え方は資料から裏付けることができないようです。神官文字が聖刻文字の崩し字ではないことの傍証として、神官文字と聖刻文字が1対1に対応しないという特徴があります。当たり前のことですが、神官文字資料を読むためには、神官文字に対するリテラシーを身につける必要があります。

 

神官文字の書かれた最古のパピルス。拡大部分は遠征隊長「メレル」の名前。パピルスの画像は発見者のピエール教授より提供して頂きました。

 

神官文字リテラシーの習得に必要な作業と工具書については、アジア研究図書館の蔵書を中心に解説がありました。休憩時間に、アジア研究図書館の蔵書を見る機会を設けたところ、皆、食い入るように眺めていました。特に、神官文字の学習で必須となるGeorg Möller, Hieratische Paläographieの初版本(全4冊)は、日本の図書館では東京大学のみの所蔵ということもあって、大変に人気がありました。

3.神官文字を書いて体験する
いよいよ、本イベントのメインとなる内容が始まりました。教材に用いられたのは、中エジプト語の神官文字パピルス「難破した水夫の物語」で見られる頻出文字です。

通常、文字の学習は文字番号あるいは転写記号の順に従ってなされますが、本イベントでは、似た字形をセットで覚えるという学習法が取られました。つまり、横長の文字、縦長の文字、複雑な字形の文字が順に取り上げられたのです。不思議なことに、字形の似た文字を実際に並べて書いてみると、複数の文字を一度に覚えることができます。

 

横長の神官文字の例。聖刻文字では異なる字体でも、神官文字の字形では類似性が見られることがあります。

 

今回取り上げた基本となる文字は28字種です。文字によっては異体字があるため、異体字を含めると28字種で30字となります。たかが28字種/30字なのですが、「難破した水夫の物語」の約56%がこれらの文字で書かれているとのことです。最後に、1字種/3字が追加で紹介されました。なんと、追加分を含めたわずか29字種/33字で、「難破した水夫の物語」の神官文字の70%がカバーできるというのですから、驚きです(永井特任研究員は、延べ3000字以上もある「難破した水夫の物語」の全ての文字の頻度を分析して、学習に効果的な文字を厳選していたようです。大変な努力です。本人曰く、趣味でやったとのことですが・・・)。

最初に学習した28字種/30字の文字は、「難破した水夫の物語」の81−82行目と107−108行目で用いられているものです。学習の仕上げに、これらの4行をパピルスに書いて体験するという実戦コーナーが設けられました。残念ながら時間が不足してしまい、実際にパピルスに書かれた方は少数だったようですが、夏休みの自由研究として、皆、神官文字の模写を楽しまれたことでしょう。

 

神官文字を書く参加者の方々。皆、真剣です!

 

参加者にはハガキサイズのパピルス紙がプレゼントされました。パピルス紙は、一方の面にパピスル草の短冊が横方向に並べられ、その反対(裏)の面では短冊が縦方向に並べられています。このうち、短冊が横方向に並ぶ面が文字を書く方、つまり表面となります。

配布したパピルスは羊皮紙工房さんより購入したものです。嬉しいことに、羊皮紙工房さんは、民衆文字(デモティック)とコプト文字のパピルス写本を持参してカフェに参加して下さいました。当日は、これらの写本を実際に手にとって眺めることもできました。羊皮紙工房さん、ありがとうございました。

 

パピルスの巻物を広げたところ。

 

夏の盛りであるので、暑さも考慮して2時間のイベントにしたのですが、あっという間に時が過ぎてしまい、3時間あっても良いかなと感じられる内容でした。申し遅れましたが、アシスタントとして参加してくださったのは、東京大学大学院修士課程1年生(スラブ語言語学、エジプト語言語学)と早稲田大学大学院修士課程1年生(エジプト考古学)のお二人です。若き研究者の協力もあり、アジアンライブラリーカフェno.001は、盛況のうちに幕を閉じることができました。参加して下さった全ての方にお礼を申し上げます。

 

教材セット(解説書 [全19ページ]、パピルス紙、神官文字写真)。これらが無料で配布されました。

 

最後に参加者の声を紹介しましょう。

「入門としてたいへんわかりやすく、勉強になりました。独立した文字として見えなかったヒエラティックが、1文字ずつ把握できるようになって、感動です。」

「短時間の練習で、線と曲線がただ並んでるとしか見えなかった写真の4行が、一つ一つの文字として認識できたのはすごい収穫でした!!」

「内容的にかなり専門的でとても興味深いものでした。実際に書いてみて楽しかったです。少し日本の書道に似た感じでした。触れてみて、古代エジプトの書記たちを身近に感じました。」

「貴重な書籍を実際手に取らせていただいたり、『難破した水夫の物語』やメレルのパピルスの画像を見せていただいたり、神官文字を書いたり、いつもと全く別の角度から古代エジプトについて学べて感激でした。」

「東大にこれだけ蔵書が充実しているので、研究する人が増えると良いなと思いました。」

参考:「アジアンライブラリカフェNo.001」申し込みサイト

記:2017年8月8日