【終了しました】集中セミナー「マクリーズィーの作業を肩越しに覗く〜中世エジプトの歴史家はどう仕事をしていたのか〜」報告

 

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去る2015年5月4日から6日、U-PARLは東洋文化研究所と東洋学研究情報センターとの共催で3日間の集中セミナー「マクリーズィーの作業を肩越しに覗く:中世エジプトの歴史家はどう仕事をしていたのか」を東京大学運動会山中寮内藤セミナーハウスにて開催しました。本セミナーの内容については、すでに東洋文化研究所のウェブサイトにて報告されていますので、このページではセミナー参加者による報告を掲載したいと思います。

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プログラムはこちらからご覧いただけます


辻大地(九州大学、学部4年)

私は5月4日から6日という三日間、「マクリーズィーの作業を肩越しに覗く:中世エジプトの歴史家はどう仕事をしていたのか」と題されたセミナーに参加し、そこで多くのことを学ぶ機会を頂きました。本稿では、今回唯一の学部生としての参加という立場から、このセミナーについて報告させて頂きます。

始め、研究室の先生方からこのセミナーのことを伺い、参加を勧めて頂いた時は、学部生である自分がそのようなセミナー・勉強会に参加する姿が全く想像できず、自信の無さから参加を決めかねていました。その後、先生から強く背中を押して頂けたことや、日頃から様々な面において視野を広げなければいけないと考えていたこともあって、セミナーに参加させて頂くことを決めましたが、それからは不安と緊張で一杯の日々の中で準備を進め、セミナー初日を迎えました。

結論から申しますと、そのような不安は杞憂に終わりました。熊倉様をはじめセミナー参加者の皆様は私のような未熟な者を暖かく受け入れてくださり、初日から不安や緊張よりはむしろ興味・好奇心に満ちた、充実した三日間を過ごすことができました。英語すらままならない私にとっては、ボダン教授の講義は何とか内容を理解しようとするのに精一杯で、自らの勉強不足を痛感しました。しかし、そうした中でも非常に多くの知見を得ることができ、また、それに加えてボダン教授の研究者としての手法や思考法なども自分なりに窺い知ることができたように思います。特に、考古学的アプローチなども取り入れたテクストの特徴や性質自体の緻密な検討は、内容も然ることながらボダン教授の研究者としての姿勢・こだわりが濃密に感じられ、そうした点においても非常に充実した講義でした。また、内容の中で特に印象に残った点としては、史料における「引用」についてがあります。この講義を受ける前まで、私は年代記などの史料に引用があった場合、そのオリジナルの情報を突き止めて参照することこそが重要なのだろうと考えていたように思います。しかしこの講義を通じて、オリジナルだけでなく他に経由した引用先についても着目したり、なぜその引用元から引用されたのかということ、またどのような引用の誤りがあってそれはなぜ起きた誤りなのかといったことなどを具に検討することによって新たな事実が浮かび上がるということを教わりました。こうした知見こそ、本セミナーの題目通り、ボダン教授の先導によって「マクリーズィーの作業を肩越しに覗」かせて頂いた結果、実感をもって教わることができた知見だと思います。また、アラビア語の講読に関しては、半人前の私に対しても講師を務めてくださりました伊藤先生をはじめ参加者の皆様から熱心な指導を頂き、身が引き締まりました。この講読ではアラビア語を読む際の具体的な方法、頭の働かせ方を学ぶと同時に、自らのこれまでの読み方がいかに甘いものであったかを痛感いたしました。さらに、夜には院生の参加者による英語での研究発表が行われました。この研究発表においては、自分とも近い年齢の方々が素晴らしい発表をされているのを聞き、非常に刺激を受けました。ボダン教授の講義・アラビア語の講読・研究発表という三本のプログラムはそれぞれ、私にとってハードながらも様々な形で有意義な時間でした。

また、懇親会や普段の朝食・昼食の場というものも、私にとっては重要な時間でありました。「九州から来た学部生」とのこともあってか、皆様からは格段のご配慮を頂き、とても優しく接して頂きました。こうした場で、普段本や論文でお名前を拝見している方々から様々なお話を聞かせて頂いたり、また自分の研究に関してもアドバイスを頂いたりと、講義や講読、研究発表にも劣らない有意義な時間になったと思います。普段九州という地におり、あまりこのような交流を経験したことのなかった私にとって、こうした時間も非常に楽しく充実して感じられました。

以上、全て合わせると20時間にも及ぶかという講義・講読・研究発表に参加させて頂き、質・量ともにこれほどまでに贅沢な時間があるだろうかと感じられるような三日間になりました。今回のセミナーで得た知識や経験を今後、自らの研究に最大限に活かしていきたいです。

最後になりましたが、ボダン教授、本セミナーの運営に関わってくださった方々、講師の先生方、受講者の方々、皆様に心から感謝の意を表したいと思います。若輩者の私をあたたかく受け入れてくださり、また、このような貴重な経験をさせて頂きまして本当にありがとうございました。IMG_0025IMG_0023 IMG_0027

午前中に行われた史料講読の様子。3つのグループにわかれ、各グループの講師指導のもと、写本の読解が進められた。その様子は三者三様!


徳永佳晃(東京大学、修士課程)

2015年5月4日から6日にわたり、フレデリック・ボダン教授(リエージュ大学)を講師に迎え、集中セミナー「マクリーズィーの作業を肩越しに覗く―中世エジプトの歴史家はどう仕事をしていたのか」(東京大学東洋文化研究所、東京大学附属図書館アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門(U-PARL)、東京大学東洋文化研究所東洋学研究情報センター共催)が開催された。関東から九州まで、大学教員から学部生に至る21人の多様な参加者が集い、東京大学山中寮内藤セミナーハウスで合宿を行った。集中セミナーの内容は主に、英語で行われるボダン教授の講義、講義で取り上げたアラビア語原文テキストの講読、若手研究者による研究発表の三つに分けられる。

ボダン教授の講義は、3日にわたって午後に設けられた。1日目には、今回のセミナーで主に取り上げられる歴史家、マクリーズィーが紹介された。マクリーズィーは14世紀から15世紀にかけてエジプトのカイロで活躍した著名な歴史家である。講義では、マクリーズィーの経歴や出自に関する詳しい説明に続いて、マクリーズィーの筆跡の特徴が示された。膨大に残された手稿本を用いて、マクリーズィーと他の著者の筆跡を判別するだけではなく、年齢に応じて彼の筆跡が変化していることが説明された。

2日目には、“Al-Maqrizi as an epitomizer”(要約家としてのマクリーズィー)、“Al-Maqrizi as a plagiarist”(剽窃家としてのマクリーズィー)と題して、マクリーズィーが先行する諸々の歴史記述をどのように自らの著作に反映させていたか示された。その中で、マクリーズィーが複数の史料を考証して自らの著作を著したことが示された。また出典を必ずしも明記せず引用し、他の歴史家に非難されている例が紹介された。

3日目には、“Al-Maqrizi as a historian”(歴史家としてのマクリーズィー)Al-Maqrizi as a correspondent”(文通者としてのマクリーズィー)と題して、モンゴルの法規定であるヤサに関するマクリーズィーの言及が扱われると同時に、同時代の著述家カルカシャンディーとの書簡が取り上げられ、同時代における学者間の学術的交流の一端が示された。3日ともに、講義の後には質問の時間が設けられ、ボダン教授とセミナー参加者の間で盛んな質疑応答が行われた。その中で、マクリーズィーが処理済みの古い行政文書を古紙として利用していたこと、その内容を自らの著作にも引用していたことなど、講義で触れられなかった興味深い事例が新たに紹介された。

2日目、3日目の午前中には、午後の講義で取り上げられるアラビア語の原典講読を行った。中町信孝教授(甲南大学)、伊藤隆郎准教授(神戸大学)、森山央朗准教授(同志社大学)が講師を務める3つのグループに分かれ、輪読を行った。講読テキストについては、事前に配布された自筆本の写真に加え、修士課程の学生や学部生の予習に資するように翻刻も配布された。アラビア語を専門として歴史を研究する研究者、大学院生は各大学、研究機関においては少数であり、全国から参加者が集う本集中セミナーは、史料講読力の向上や、参加者間での知識の交換、共有を行うにあたり、貴重な機会となった。

1日目、2日目の夜には、若手研究者による英語での研究発表が行われた。1日目の夜には、藻谷悠介氏(東京大学・院)が“Establishment of a New Council in 19th Century Syria” 、金谷真綾氏(東京大学・院)が“Terken Khātūn’s Rule in the Qara Khitai of Kīrmān”という題で発表した。藻谷氏は、ムハンマド・アリー朝のシリア占領下で設けられた地方自治機関の機能と実態を明らかにし、金谷氏は、イル・ハン朝下の一地方王朝の地方内統治と中央政権との関係について分析した。2日目の夜には、荒井悠太氏(早稲田大学・院)が“Ibn Khaldūn’s Theory and Practice in the Kitāb al-‘Ibar”、山下真吾氏(東京大学・院)が“Ownership Statements as the Curriculum Vitae of a Book”という題で発表した。荒井氏はファーティマ朝君主家系がファーティマ裔のサイイドであるとするイブン・ハルドゥーンの主張を取り上げ、その背景と後世への影響を論じ、山下氏はイスタンブルの図書館に所蔵されたオスマン語写本を取り上げ、オスマン朝下における写本の流通と所蔵について分析した。大学の修士課程、博士課程に属する発表者にとっては、英語で発表する貴重な機会となり、ボダン教授や他の参加者から様々な指摘や助言を受けていた。

本集中セミナーに参加して報告者が得た最大の収穫は、アラビア語年代記史料の執筆背景やその過程を学習することができた点である。報告者はペルシア語の年代記史料を中心に用いて研究を進めているが、自らが今後史料を扱うにあたり大いに参考になった。さらに、ボダン教授だけではなく、普段会う機会の少ない関東圏以外の先生方や学生とも交流することができた。また、集中ゼミでの共通言語は英語であり、グローバル化の時代で必要なコミュニケーション能力向上の訓練の場ともなった。このような貴重な機会を得ることができたのは、講師のボダン教授を始め、セミナーの立案、運営を行って下さった森本一夫准教授(東京大学)、熊倉和歌子特任研究員(東京大学U-PARL)ら関係する皆様の尽力の賜物であり、深い謝意を表したい。

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午後はボダン氏によるレクチャー(写真一番上)、夕食後は参加者による研究発表(英語)が行われた。


 野口舞子(お茶の水女子大学、博士後期課程)

5月4−6日、山中湖畔の東京大学山中寮内藤セミナーハウスでフレデリック・ボダンFrédéric Bauden教授による中世エジプトの歴史家とその著述活動および知的実践のあり方に関するセミナーが開催され、参加させていただいた。セミナーでは教授の講義に加え、参加者の研究報告やアラビア語史料の輪読なども行われ、三日間、非常に濃い時間を過ごさせていただいた。ここではそれらの全てについて紹介出来ないため、セミナーに関して特に印象に残った点について述べることとしたい。

ボダン教授は、アラビア語文献学、イスラーム社会史の分野において顕著な業績を挙げている世界的な研究者であり、なかでもマムルーク朝期(1250-1517年)の歴史家であり文官でもあったマクリーズィー(1364-1442年)とその手稿本史料(写本)について、成果をあげてこられた。本セミナーは「マクリーズィーの作業を肩越しに覗く―中世エジプトの歴史家はどう仕事をしていたのか―」と題され、それらの成果について講義が行われた。最初に、本セミナーの中心人物であるマクリーズィーについて、彼の伝記を分析することから始まった。マクリーズィーといえば、日本人研究者の間でもよく知られた人物であるが、史料における複数の記述から、彼を取り巻く人間関係や当時の思想的な潮流なども広く検討し、その伝記の再構築を行ったことは、この時代・地域を専門としている参加者にも興味深い内容だったのではないだろうか。報告者も同様の貴顕や知識人の伝記集史料を扱う身として、アプローチの仕方は勉強になった。

続いて、マクリーズィーの自筆本の検討から、彼の筆跡の特徴を捉えた。そして、この筆跡の理解に基づき、手稿本におけるマクリーズィー自身による著述部分と、他の作者による部分を検討していき、複数の人間の手によって複雑な構造をもつ手稿本が、どのような過程を経て成立したかを示された。様々な史料を用いて、マクリーズィーがいつ頃どのようにして作品を著したのか明らかにしていくさまは、セミナーのタイトル通り、彼の肩越しから著述活動を覗いているようであった。報告者にとって最も印象に残ったのは、教授がマクリーズィーの自筆(筆跡)を見分けることが出来るということであった。正直に言うと、当初、そのようなことが可能なのか半信半疑だったのだが、講義を経るうちに教授が収集分析した膨大なデータと、数え切れないほどの写本を見てこられた経験に裏付けされたものであるということがよく理解できた。また、講義はマクリーズィーという歴史家とその著述活動を中心に据えつつも、同時代の知識人との交流や、当時使われていた紙や文書の作成方法などへも発展した。手稿本というモノの分析と、ヒトや社会への分析とを往き来し、視野を自在に切り替えながら話されていた点に感銘を受け、史料や作者、歴史との向き合い方を改めて考えさせられたセミナーであった。

以上の講義に加え、本セミナーでは、参加者による英語研究報告やアラビア語輪読のグループワークもあり、参加者がより主体的に取り組んだことも大きな特徴だったといえる。グループワークでは、複数の解釈が可能なアラビア語の読解について、他の見解を聞くことの大切さと楽しさを改めて感じたが、このように充実したグループワークが出来たのも、参加者が非常に熱心に予習を行ったからである。セミナー期間中、ある者は新宿発山中湖行きのバスの中で、ある者は深夜まで、またある者は早朝から、寸暇を惜しんで予習をしていた。これはもの凄いことである。こうした参加者の参加度や熱意の点でも本セミナーが画期的なものだったと断言できる。また、英語報告については、報告内容に関する議論だけでなく、報告の仕方に関しても具体的な指導があり、今後活用できる助言を多く得られた。

本セミナーは英語を主言語とし、3日間と比較的長い期間であったにもかかわらず、学生(学部学生から大学院生)の参加者が多かったことは、特筆に値する。講義以外の場で英語を用いることも多く、若い学生にとっては良い経験になったのではないかと思う。個人的には、参加者の英語報告の司会を任されたが、英語での司会というのは初めてのことだったので勉強になった。英語によるコミュニケーションの必要性が日々増している中で、今回のような機会に経験を積み重ねていくことは非常に重要である。そのような点でも本セミナーは意義深いものであったといえる。また、本セミナーを通じて、参加者にはある種の連帯感や結びつきが生まれたように思われる。この結びつきは今後も様々な場面で活かされるものと期待している。以上のような経験や結びつきができたのも、熱のこもった講義やそれ以外の場でも気さくに話をしてくださったボダン教授のおかげである。そしてこのような貴重な機会を設定してくださった森本一夫先生、きめ細やかな準備と運営によって参加者がセミナーに集中できる環境を整えて下さった熊倉和歌子さんのおかげである。心より御礼申し上げ、報告の結びとしたい。

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2日目夜に行われたレセプションの様子。その後も議論は尽きない…(下写真)

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参加者のみなさんおつかれさまでした。セミナーの企画開催からボダン教授の招聘のすべての面において道筋をつけてくださった森本一夫東京大学東洋文化研究所准教授、史料講読の講師担当をお引き受け下さった伊藤隆郎神戸大学大学院准教授,中町信孝甲南大学教授,森山央朗同志社大学准教授、そして、セミナー全体の講師をお引き受けくださったフレデリック・ボダンリエージュ大学教授の皆様に心より感謝申し上げます。

*ボダン教授の日本招聘には日本学術振興会(外国人研究者招へい事業短期S-15008)の助成を受けました。

熊倉和歌子(U-PARL特任研究員)