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東京大学附属図書館アジア研究図書館
上廣倫理財団寄付研究部門
Uehiro Project for the Asian Research Library

COLUMN

異教徒と如何に相対すべきか:イスラーム法学が模索したもう一つの道

U-PARL特任専門職員 早矢仕悠太

 特任専門職員(西アジア担当)の早矢仕です。今回は自己紹介を兼ねて、執筆者が研究対象として扱っている資料から、「イスラーム法と異教徒関係」について小論をおこす機会をいただきました。少々堅苦しい内容ですがご笑覧ください。

 執筆者はイスラーム法学のなかでも、中世北アフリカやアンダルスにて受容されていたマーリク派法学の学説形成に関心を抱いている。博士課程以降は、マーリク派法学の議論のうち、村落共同体における土地の開墾や共同利用という観点から、法学と統治者の関係や土地所有観念の形成について学位論文を準備している。本コラムでは、こうした研究関心の出発点となる支配地と法の適用関係、すなわちイスラーム法が観念する「渉外規定[i]」について紹介することにしたい。きっかけは、修士論文のテーマとして焦点を当てた、ハナフィー派法学初期における無主地の開墾・所有学説の継受にある。後述するように、この無主地という土地の性質決定がイスラーム法の渉外規定の議論の一部であった。以下ではまず、土地と準拠法の関係をイスラーム法で用意されている区別にしたがって紹介する。その後、それが法学テクストにおいて征服戦争の議論として形成されていく一方で、マーリク派法学においては独自の文脈で、異教徒[ii]との関係が規定されていく流れをみていく。本コラムには、現代社会においてイスラーム教徒の共同体とその外との関係を「ジハード」という構造のみで理解する見解を牽制する目的もある。だからといって、イスラームは平和な宗教であるという、一切の留保を付さない護教論にも与するつもりもない。歴史的なイスラーム法学の議論においてイスラーム教徒と異教徒の間には、友敵概念のもとで識別されながらも、互いの法の尊重と均衡の上に成立する緊張した関係があった。

 さて、イスラーム法における渉外規定の領域は、2つの準拠法域と身分保障に関する規定から構成されている。イスラーム法は土地について、「イスラームの家dār al-Islām」と「戦争の家dār al-ḥarb」という2つの法域を用意している。前者は武力によるのであれよらないのであれ、征服活動によってイスラーム法が施行される空間として規定され、その外部には後者の、すなわちイスラーム法以外の法体系が適用される空間が広がっている。こうした準拠法域をめぐる基準は、法の属地性に重心をおいたものである。同時にイスラーム法は、イスラームの家の内部に属人的な法適用の規定も用意している。それは、異教徒の身体と財産の保障としてのズィンマdhimmaとアマーンamānに代表される。ズィンマは征服地域の異教徒を対象とし、和平ʿahd/hudnaに規定される一定の税賦課と引き換えに、彼らの身体や財産、信仰の自由を保障する。同様の保障を、イスラームの家の外から一時的に訪れる異教徒(主に商人)に適用しようとするのが、アマーンである。もちろんこれらの保障を理由に、彼らの行為全てが、イスラーム法の治外におかれるわけではない。原則として、ズィンマは当事者間で完結する行為にのみ効力を有し、彼らの帰属する宗教法が適用される。そのため、売買当事者の一方がイスラーム教徒であったり、宗教儀礼に関連することでも、教会を改修・増築することに関してはイスラーム法の適用を受ける。このように、属地法的な法空間の区別のさらに内部に、契約にもとづく属人的な法適用を想定するのがイスラーム法の渉外規定の範囲である。

章題として「戦争の地での商売について」が付されている。

 イスラーム法の渉外規定は、前述の2つの属地的区分のように、征服活動が重要な要素となっていることは否定できない。この規定の権威として参照されるのは、預言者ムハンマドと正統カリフによる遠征maghāzīに関する伝承である。法学議論においてはこれをハディースというかたちで法源として援用することで、同時代の問題に合致する規定の導出が試みられた。ウマイヤ朝末期には、シリアの法学者アウザーイーʿAbd al-Raḥmān al-Awzāʿī(d. 774)がこれらの規定をスィヤルsiyar[iii]として、自らの学説とともに集積した。彼の学説はアッバース朝初期のハナフィー派法学者アブー・ユースフAbū Yūsuf(d. 798)の『アウザーイーのスィヤルへの駁論Radd ʿalā Siyar al-Awzāʿī』において伝えられ、アブー・ユースフも自らの手で『地租の書Kitāb al-kharāj』として自派の関連する学説をまとめた。いずれも戦争の進行と終了や、その後の戦利品分配や土地運用、被征服民の処遇など、統治者の権限を中心とするテーマを扱っている。こうした規定群は、後世の各法学派のテクストのうち、「ジハード」や「スィヤル」という章節のもとで議論されるようになった。これらが戦時におけるイスラーム法の渉外規定だとすれば、平時におけるイスラームの家内部での異教徒との取引については、法学テクスト中に散見されるに留まっている。

 一方でマーリク派法学のテクストでは、この平時における渉外規定をまとまった文脈で議論する伝統が確立している。同派法学は、8世紀後半のメディナで活躍したマーリク・ブン・アナスMālik ibn Anas(d. 795)の学説を権威とする法学者が彼のもとに集い、彼の死後はその弟子たちが、エジプトや北アフリカ、アンダルスへ彼の学説を伝えたことで定着した。学祖の主な学説はまず、法学書『ムワッタアal-Muwaṭṭaʾ』にて参照される。同書はマーリクの著作として受容されているが、実際には弟子による彼の講義ノートがマーリクの学説の集成として権威を置かれた経緯がある。『ムワッタア』にみられる平時の異教徒との関係については、「ジハード」章で断片的に確認できるにすぎない[iv]。そこでマーリクの学説のために第2に参照されるのが、9世紀のカイラワーンの法学者サハヌーンSaḥnūn ibn Saʿīd(d. 854)の法学書『ムダウワナal-Mudawwana』である。マーリク没後の同派法学は、『ムワッタア』に収録されなかった学祖の学説を収集・編纂し、その学説体系の充実を図った。『ムダウワナ』には、マーリクの高弟イブン・アル=カースィムIbn al-Qāsim(d. 806)からサハヌーンが聴取し、彼の弟子たちによって編纂されたマーリクの学説が収録されている。同書も、『ムワッタア』と同じく、北アフリカやアンダルスで流通した。『ムダウワナ』にも他法学派同様、「ジハード」という章題のもとに異教徒との征服活動を通じた関係を規定する学説群がある[v]。しかし注目すべきは、それ以外に「戦争/敵の土地への商売tijāra ilā arḍ al-ḥarb/al-ʿadūw」という章節のもと、地中海を通じた交易やイスラームの家における日常的な異教徒との取引についての学説群がまとめられている点にある。以下では、『ムダウワナ』に収録された平時の渉外規定のうち、異教徒の法との衡平がみてとれる2つの事例をとりあげる。

 第1は、異教徒との取引制限についてである[vi]。マーリクは、戦争の家にイスラーム教徒の商人が出向いて取引することを忌避していた。というのも、戦争の家ではイスラーム法に適う取引が実現できない可能性があるからである。すると、法学テクストにおける渉外規定の議論は、イスラームの家に往来するか、定住している異教徒を対象としている。取引品についても、武器や大量の食糧といった異教徒勢力の国力を増進させる虞のある取引や、通貨といった鋳つぶされることでそこに刻まれていたアッラーの名やクルアーンの章句が毀損される取引が制限されている。また酒や豚肉といったイスラーム教徒にとってその利用が禁止されている(ハラーム)物の売買や、利子(リバー[vii])を伴う取引も、当事者にイスラーム教徒がいる限り制限される。ただし、こうした制限はイスラーム法に照らして合法な取引を確保することと同時に、ズィンマにもとづく異教徒の財産保障とのバランスを考慮した学説を形成している。たとえば、キリスト教徒の売主とイスラーム教徒の買主との間の酒の売買は、契約自体が無効となるだけでなく、イスラーム教徒にとって害となる売買が以後行われないように抑止力として、酒は打ち捨てに、その代金は貧しい人々への基金(サダカ)に供される。一方、イスラームの家でキリスト教徒同士がワインを売買してもその取引は有効であることに異論はないが、その酒が原買主からイスラーム教徒に転売されても、原売主が転売について善意ならば代金は追奪されることはなく、また悪意であったとしてもすでに代金を受領していたときも追奪されない。このように取引制限にかかる学説は、イスラームの家でハラームな物が取引されることには抵抗を示すものの、その売買責任を異教徒に対して無限定に追求することは、同じ空間で共生することを選択した異教徒とのズィンマにもとづく財産保障に触れることを考慮して、異教徒との取引規定に衡平なラインを引こうとした結果である。

 第2の事例は、取引前後での当事者のイスラームへの改宗である。これはさらに、取引の目的物となる奴隷の改宗と、契約主体の改宗について分けられる。前者について、『ムダウワナ』では、イスラーム教徒の奴隷が異教徒に所有されることが忌避されている[viii]。たとえば、アマーンによってイスラームの家を訪れたキリスト教商人が奴隷を購入したが、その奴隷がイスラームに改宗したとき、売買自体は有効だが、公権力sulṭānによって買主は奴隷を強制的に売却させられる。すなわち、キリスト教徒の間で閉じていた準拠法規が奴隷の改宗によって開かれ、従前の法で問題とならなかった所有関係に対して、イスラーム法の規定からキリスト教徒の買主への補償とセットで修正が施されている。同じような法適用の変化が、契約主体の改宗にもいえる[ix]。たとえば、キリスト教徒同士が酒のサラフ契約salaf[x]を結んだ場合について、期限までにワインを引き渡す売主が改宗したとき、受領代金を返還することに異論をまたないが、代金を支払った買主の改宗について、マーリクはその帰結を明言していない。その理由として彼によれば、キリスト教徒のままの売主に代金を返還するように命じたとき、彼に不利益を押し付けることになるからだと言う。これはサラフ契約において、代金は目的物調達のための原資と用いられるために、すでに売主の手中に残っていないことが見込まれるからであろう。しかし改宗前のサラフ契約を黙認すれば、改宗した買主の手にハラームな物であるワインが渡ることにもなるため、マーリクは明言を避けているわけである。この場合にも、イスラームの家における取引であったとしても、イスラーム法に照らしてハラームな物が無制限に禁止されるわけではなく、ズィンマという属人的な法規範にもとづいて、権利を毀損しない衡平が求められていることが示唆される。

 『ムダウワナ』に対しては、マーリク派法学発展の過程で多くの注釈が編まれ、この「戦争/敵の土地への商売」に関連するマーリクの学説にも、後世の法学者らによって議論が付加されていった。先の酒のサラフ契約と改宗の関係についても、買主が改宗した場合についてマーリクは明言を避けていたが、別の経路で伝わったマーリクの学説によると、サラフ契約にしたがってワインが引き渡されたときは、改宗した買主に補償することなく、ワインは打ち捨てられることが加えられている。また、弟子のイブン・アル=カースィムの学説によれば、キリスト教徒の売主は受領代金を返還しなければならない[xi]。おそらくこれは、マーリクの学説を考慮すれば、ワインの調達が済んでいない場合についてであろう。こうした議論は、学説が未整備だった異教徒との取引事例について、先に確認したハラームな物の取引を下地として、それと整合するように学説を具備した結果である。だとすればその意図もまた同じく、異教徒に対して不利益を被ることを強制するよりも、異教徒に対する規定を彼らへの抑止力として、イスラーム教徒がイスラーム法に沿わない取引に関与するリスクを減らそうと期待したと考えられよう。

本文で紹介した以外の10〜12世紀にかけての『ムダウワナ』注釈やその系統にある法学書

 イスラーム法学では伝統的に、征服した土地や人々の処遇の伝承から形成された「ジハード」規定を軸に、渉外規定の議論が蓄積されてきた。しかし、マーリク派法学はサハヌーン以降、マーリクの学説を補完する潮流の中で、征服戦争とは独立した文脈のもと、渉外規定の議論を発展させてきた。本コラムでは、異教徒とのイスラームの家内部での取引はリスクとみなされていたものの、それはイスラーム法に反する取引への抑止力とする意図があり、ズィンマにもとづいて異教徒間の取引が追奪されることはなく保障されることを紹介した。一方、マーリク派法学の発展を概観するとき、法学者がイスラーム教徒からの質問に対して回答する法学裁定(ファトワー)の存在は無視できない。イスラーム法学におけるファトワーは、その法学者の回答が時代地域に限定的な事情を前提としていることから、歴史資料としての価値が注目されてきた。さらにマーリク派法学のファトワーは、体系的な法学テクストに取り込まれ、同派の北アフリカにおける地域的な権威学説を形成する役割を担っていた[xii]。本コラムでは紙幅の関係で、マーリク派ファトワーにみられる渉外規定について掘り下げることは叶わなかったが、地中海やイベリア半島を舞台として、異教徒との交易や共存に関してファトワーからその実態に迫る研究は多い[xiii]。こうした知見もまた、異教徒とイスラーム教徒の関係が、ジハードに関する議論のみでは包摂されず、日常的な取引や交渉を通じた、より身近な関係から蓄積された議論を参照する必要性を示してくれる。

[i] イスラーム法が自らの適用範囲とその外で準拠される法を定める学説群は、しばしば「イスラーム国際法」と形容されることが多い。確かに戦争に関する規定などイスラームとそうでない2つの政治権力の間を規定する学説は、西欧近代に起源を有する「国際法」が指す内容に近い。一方でイスラーム法においては、かならずしも領域外との関係に終始するわけではなく、後述のように領域内における異教徒との関係も規定する学説に紙幅が割かれる。そこで本コラムでは、イスラーム法の適用領域の特殊性を示すために、「渉外規定」という語を用いる。

[ii] イスラーム法学議論において、非イスラーム教徒にはユダヤ教徒やキリスト教徒といった同じ一神教徒である啓典の民ahl al-Kitābとそれ以外といった区別がある。本コラムでは法学議論が前提としている異教徒関係を踏まえて、啓典の民との関係性にかぎって議論を進める。

[iii] スィヤル(sg. sīra)は本来、預言者伝という伝承からなる文学ジャンルを意味していた。しかし法学議論においては、預言者の事績のうち異教徒との戦いが多く参照されるために、従前のマガーズィーと並列してスィヤルが異教徒との渉外規定群を指すようになった。

[iv] Mālik ibn Anas, 1425/2004, al-Muwaṭṭaʾ: riwāyat Yaḥyā ibn al-Laythī, Muḥammad Muṣṭafā al-Aʿẓamī ed., 8 vols., Abū Ẓabī: Muʾassasat Zāyd ibn Sulṭān Āl Nahyān li-l-Aʿmāl al-Khayrīya wa-al-Insānīya. 3:633, 637-8, 644.

[v] Mālik ibn Anas. Saḥnūn ibn Saʿīd al-Tanūknī and Ibn Rushd, Abū al-Walīd Muḥammad ibn Aḥmad, 1415/1994, al-Mudawwana al-kubrā: wa-yalīhā Muqaddamāt Ibn Rushd l-bayān mā iqtaḍatahu al-Mudawwana min al-aḥkām, 4 vols., Beirut: Dār al-Kutub al-ʿIlmīya. 1:496-531.

[vi] 以下の内容については、Saḥnūn, 3:294-5.

[vii] いかなる取引がリバー禁止の原則に抵触するかは、法学派の間で取引に用いられる財物の種類や、取引の様態にとって議論が分かれている。その体系的研究については以下を参照されたい。両角吉晃(2011)『イスラーム法における信用と「利息」禁止』羽鳥書店; 本稿ではこの議論に立ち入ることはせず、リバーの禁止を法学派間の共通理解として、財物を同時に等量で交換する、もしくは同時に交換することへの違背として扱うこととする。両角(2002)「リバー」『イスラーム辞典』(大塚和夫ほか編)岩波書店, 1049.

[viii] Saḥnūn, 3:299.

[ix] Saḥnūn, 3:308.

[x] ここでは買主が代金を先払いし、売主が定められた期限内に、目的物を調達して引き渡すサラム契約salamを指している。マーリク派法学において「サラフ」という契約はこのほかに、消費貸借契約を指すこともある。柳橋博之(2012)『イスラーム財産法』東京大学出版会,  396; 実際に『ムダウワナ』のこの部分では、2つのサラフ契約が挙げられるが別種の2つの契約事例が並んで紹介されている。

[xi] Ibn Yūnus al-Ṣiqqilī, Abū Bakr ibn ʿAbd Allāh, 1433/2012, al-Jāmiʿ li-masāʾil al-Mudawwana wa-al-Mukhtalaṭa. Aḥmad ibn ʿAlī ed., 10 vols., Beirut: Kitāb Nāshirūna. 8:483-4.

[xii] たとえば、14-15世紀のハフス朝下チュニスで活躍したブルズリーAbū al-Qāsim al-Burzulī(d. 1438)は、12世紀から自らの時代に至る北アフリカ・アンダルスにおいて発出され、権威的な学説として継受されてきたファトワーをイスラーム法学の体系に寄せて編纂している。Burzulī, Abū al-Qāsim ibn Aḥmad al-Balwī al-Tūnisī, 1423/2002, Fatāwā al-Burzulī: jāmiʿ masāʾil al-aḥkām li-mā nazala min al-qaḍāyā bi-l-muftīna wa-al-ḥukkām, Muḥammad al-Ḥabīb al-Hīla ed., 7 vols., Beirut: Dār al-Ghar al-Islāmī; さらに彼のファトワー集もまた、マドリードからカイロに至るまでその写本が確認されているように、後世のマーリク派法学者にとって参照されるべき地位を与えられている。

[xiii] たとえば、異教徒の統治者に任命された、イスラーム教徒を対象にイスラーム法に依拠した判決を言い渡す裁判官(カーディー)の法判断の効果については、Guichard, P. & Menjot, D. eds., 2000, “Fatwâ d’al-Mâzarî au sujet du commerce avec la Sicile (avant 1093).” In Pays d’Islam et monde latin: xe-xiiie siècle. Textes et documents. Lyon: Presses universitaires de Lyon. 53-5、地中海におけるイスラーム教徒らの海上交易については、Bosanquet, Antonia, 2022, “Maritime Trade from 3rd/9th-Century Ifrīqiya: Insights from Legal Sources.” In Medieval Worlds. 16: 108–28を参照されたい。

February 16, 2024