U-PARL特任研究員 荒木達雄
昨年(2023年11月26日)、U-PARLは「人文学における研究データの共有・公開に向けて」と題するシンポジウムを開催した。
ここであらためて申すまでもなく、現在学術界でもデジタル技術花盛りである。どんな研究をするにしてもデジタルと無縁ではいられない。「原稿用紙に万年筆でなけりゃ論文を書いた気がしないんだよ」という方ももうほとんどいらっしゃらないのではあるまいか(そういえば先日、「レポートは5枚ぐらいで…」と言いかけてはっとしたことがあった。原稿用紙を使わない方にとってはなぜ2000字が5枚なのかというところから説明が必要だろう。同様の経験をされた方もいらっしゃるだろう)。
デジタル技術とつきあえば自然と大量のカタカナ語ともおつきあいすることになる。技術の多くが海外から入ってくるのか、デジタル関連の研究者に英語が堪能なかたが多いせいなのか、ともかく現代では必要不可欠なものとなっている。
今回のシンポジウムの講演題目に出てくるデジタル系のカタカナ語をあげてみましょう。
——デジタルコレクション
——デジタルアーカイブ
——データキュレーション
その内容もむずかしいのだが、わたしなどは内容に入る前にその用語自体がそもそもどんな意味なのかでひっかかってしまう。ひっかかるともうそのあとの肝心なことはなにも入ってこない。もう少し手加減してよカタカナ。誰かのせいにはしたくない、でも自分のせいにはしたくない。記憶力も次第に減退の一途をたどっているので、一瞬わかったつもりになっても次の時には忘れている。困ったものです。もっともわたしは「DH?門田博光か?ブライアントかデストラーデか?」などと口をついて出るタイプなので、もしかすると記憶力うんぬんの問題ではないかもしれない。
日本語ではいつのころからかデジタル関連用語はカタカナであたりまえという風潮になっているように思うが(もしそうではなかったら、一生懸命和語・漢語に訳されている方々、ごめんなさい)、中国語ではいまでも漢字への置き換えが主流である。新しい用語はアルファベットなどで書かれることもあるが、しばらくすると漢字語に代わっている。
たとえばいまをときめく「デジタル・ヒューマニティーズ(DH)」は「数字人文学」または「数位人文学」。前者は主に大陸中国で、後者は台湾で使われている。かように中国語訳といっても多様である。その多様性の原因には地域、時代、使われる業界などさまざまな要因があり、わたしの見聞の及ばぬところが多い。「こんな言い方もあるぞ」、「その言い方はもう時代遅れだぞ」という情報があればお知らせください。ご紹介にあたって大陸の用語は簡体字、台湾の用語は繁体字と書き分ければわかりやすくてよいのだが、昔ほどではないにせよ表示する端末によっては文字化けが発生することもあるようなので、ここでは一律日本語の漢字に置き換えております。「大陸では■$?▲□と書くが、台湾では¿#♪□と書きます」ではなにがなんだかわからない。筆者が中国語のメールを使い始めたころはこんなことばかりで、「文字化け=乱碼」はかなり早い段階で覚えた。わたしのデジタル中国学デビュー(?)である。ちなみに「文字化け」は「意図したものと違うおかしな文字に変わっている」という見た目、つまり結果による名づけである一方、「乱碼」は「文字コードの乱れ」という原因によっている。対応することばではあるのだが、命名法が異なっているのですね。
話題を元に戻して、どんどん行ってみましょう。
——デジタルアーカイブ
大陸「数字資源庫」、台湾「数位資源庫」。資源の入った倉庫、というのはわかりやすくてよいですね。「資料庫」という場合もあるらしい。
——データキュレーション
大陸「数据整合」「数据策展」 定訳がないのか、現在はどちらかに落ち着いたのかまではわからない。台湾では「資料庋用」。
——DX(デジタル・トランスフォーメーション)
大陸では「数字化転型」、台湾では「数位転型」
いったい、このような欧米語由来の新語の翻訳では大陸の方が説明的に長く、台湾ではきゅっと短くまとめる傾向にあるような感じがする。いえ、データはありません。ただの筆者の感覚です。
——デジタルライブラリー
「電子図書館」「数字図書館」「線上図書館」「網路図書館」など。「線上」はオンライン。「網路」はネットワーク。ネットショッピングは「網購」となる。一網打尽に買い占めることではない。
——プラットフォーム
「平台」。これはわかりやすい。
U-PARLも「アジア研究図書館デジタルコレクション」を運営している。素直に訳すならば「亜洲研究図書館数字資源庫」とでもなるだろう。ただし、現在のところ公式の中国語訳はありません。
ここで画像共有の形式として用いているのがIIIF(トリプルアイエフ,International Image Interoperability Framework)である。これも中国語では丁寧に訳し、「国際図像互通架構」という。中国語を知らずともなんとなく、国際的に画像を融通しあう仕組みなのかなとわかりそうだ。
くりかえし言い訳をするが、筆者はデジタル用語には暗い。これ以上述べると馬脚をあらわしそうなのでそろそろ話題を変えてしまおう。
中国語の授業に出たことがある人の多くが、初級のかなり早い段階で「中国語における外来語」のコーナーがあったのではないだろうか。ソニーは「索尼」ですよ、カシオは「卡西欧」ですよ、コカ・コーラは「可口可楽」ですよ、サザンオールスターズは「南天群星」ですよ…というあれである。これは中国語の学習に親しみ、興味をもってもらおうという意図であるのだが、今後は親しみ、興味に加えて、「必要」という意味でも上記のデジタル関連の用語をはじめとする外来語を紹介する教科書が増えてくるのではないかと思う。
ソニー、カシオ、コカ・コーラ、サザンオールスターズは筆者が中国語の勉強をはじめたころの有名どころだが、現在の教科書ではなにが上がっているのだろう。こういうものも時代により変遷するもののはずだ(サザンオールスターズは1980年代の教科書でも2010年代の教科書でも通用しそうなのがすごいところだが)。
現在中国語学習まっただなかのお若い方々にはかなわないが、ここで少々新しいカタカナ語の中国語訳を補充しておこう。なお、便宜的に「カタカナ語」と書いていますが、「主に外国から流入するか、外国語がもとになったもので、従来の中国語語彙ではまかないきれないために新たに作られたことば」とお考え下さい。このため、日本語では必ずしも「カタカナ」で書かれているわけではない語も含まれています。
それでは企業名から…
——谷歌、雅虎
特に新しいわけでもなく、IT企業としてはむしろ老舗と言えるだろうが、そこに敬意を表して。GoogleとYahoo。日本語で「グーグルで検索する」から動詞「ググる」が生まれたように、中国語(主に台湾)でも「谷歌一下」(ちょっとググってみる)と動詞的に使われることがある。
——推特
最近改名した(させられた?)が、Twitterはこのように訳されていました。
これらはみな音訳、つまり原語の音の雰囲気を残すように中国語の音に置き換えたものである。ただし、「グー」と読めれば何でもいいということではなく、感じのよい(少なくとも悪い印象を与えない)語が選ばれる。
同じ企業名でも
——蘋果
「蘋果」は中国語の「りんご」、つまりappleである。こちらは音ではなく意味から翻訳されている。
appleをはじめとするIT企業が続々と出しているのが「智能手機」「智慧手機」。smartを直訳したものだが、「スマホ」というよりも賢そうに聞こえる気がする。スマートウォッチは「智能手錶」となる。タブレットは「平板電脳」。コンピューターを「電脳」というのはずいぶんむかしから有名ですね。
日本から中国大陸、台湾へ進出した企業も都度訳語が作られていく。
といっても、日本でも漢字が社名になっているのは多くの場合そのまま。松下電器産業は社名をパナソニックに変えたあとも、すでに企業イメージが定着しているからということで中国ではしばらく「松下」で通していた。
日本ではカタカナの企業名でも由来がはっきりしているところだと、トヨタは「豊田」、ホンダは「本田」のようにわかりやすい。
ただ、わかりやすいといってもそれは見た目のことであって、音だけで「ソンシア」「フォンティェン」「ベンティェン」と言われても予備知識がなければわかりにくい。
むかし(2002年か2003年ごろ)上海で、左右と上方すべて「日本空調大金」の広告で埋めつくされた道を通ったことがある。「おおがね…?そんな家電メーカーあったかいな」と思っていたら、ダイキンでした。創業時の社名・大阪金属工業所が由来らしいのだが、こちとらダイキンを漢字で書くとどうなるかなどつゆ考えたこともなかった。この広告を見る前に中国語で「ダージンのエアコンを買ったんだけどさあ」などと話しかけられていたらチンプン漢文であったに違いない。
しかし漢字で書けるなら必ず書くということでもなく、印象に残っているものではホームセンターのニトリが「似鳥」ではなく音訳で「宜得利」であった。音訳とはいっても「宜しく利を得べし」と意味があるようにも読めてなんだか景気がよさそうだ。動作主は明示していないから、「お店にとっても利がある、お客にとっても利がある」の含意が……というのは深読みが過ぎたかもしれない。
この手の「なんだか意味がありそう」な社名は台湾のお店にもあった。
「COSMED」というお店で、化粧品、医薬品などをあつかっている。日本なら「コスメ」とそのまま呼ばれそうなものだが、そこに敢えて漢字で「康是美」と当ててある。「健康、これすなわち、美」。音もなんとなく似ているし、お店のモットーにもなっている。なるほどうまいことつけたもんだなあ、と感心しました。
日本企業にもはじめから外来語でつけられた社名が多い。これはたいてい漢字翻訳の対象になる。
IT企業のソフトバンクは「軟銀」。高温で溶けた金属ではない。「ソフトウェア」が「軟件(ないし軟体)」、「バンク」が「銀行」だから「軟銀」である。意訳。ソフトバンクは2004年にプロ野球の福岡ダイエーホークス(福岡大栄鷹)を買収して福岡ソフトバンクホークス(福岡軟銀鷹)とした。
同じころ球界参入を目指していたIT企業・ライブドアは「活力門」。生きる力、生命力の扉。健康ドリンクの会社かスポーツジムかと思ってしまいそうだ。この「活力門」の中国語発音「ホゥォリィメン」が社長のあだ名「ホリエモン」に似ているとして当時少々話題になった。
プロ野球関連の企業名で不思議なのがロッテ。中国のお菓子のパッケージには「楽天」と書かれているのだが、プロ野球チームのロッテの訳はなぜかむかしから「羅徳」。どちらも音訳である。同じ企業なのになぜ違うのだろうと思っていたところ、なんと2005年に東北楽天ゴールデンイーグルスが誕生したことで重複が回避された。千葉ロッテマリーンズは「千葉羅徳海洋隊」であり、イーグルスは「東北楽天金鷹隊」である。予知能力者でもいたのであろうか。
プロ野球チームもカタカナ部分は音訳組と意訳組とにわかれる。意訳の「軟銀」に対し、昨年(2022年)の日本シリーズを戦ったオリックスバファローズと東京ヤクルトスワローズは「欧力士猛牛」と「東京養楽多燕」でどちらも音訳組。「欧力士」なんて野球チームというより相撲部屋みたいじゃないかと思われる方もいるかもしれない(筆者は最初見たときにそう思った)。まったくの推測だが、高級時計ブランドのロレックスがむかしから「労力士」と訳されているので、それにちなんだのかもしれない。なお、横浜DeNAベイスターズはもうあきらめたのかそのまま「DeNA」と書かれていることが多い。いつか訳語ができる日が来るのだろうか。
メジャーリーグにも目を転じてみましょう。
大谷翔平選手効果で一躍日本人ファンの増えたエンジェルスは「天使」で、意訳組である。その大谷選手が移籍したドジャースは「道奇」で音訳。かつて中国の天津雄獅隊(ライオンズ)はドジャースの援助を受けていたのでその球場名を「天津道奇球場」と言った。「天津ドジャースタジアム」である。日本でも有名なヤンキースは「洋基」で音訳組、そのライバル、レッドソックスは「紅襪」で意訳組である。
われわれ日本語母語話者から見ると、意訳語に興味深いものが多い。英語をうつしたカタカナだと記号的にしか感じていないことばが、漢字語に変換した途端に明確な意味を持って立ち現れてくる。北米のメジャーリーグファンで英語を母語とする人にとって英語は生活言語なのだから、「日本語母語話者がエンジェルスと聞く」よりも「日本語母語話者が天使隊と聞く」ほうが感覚としては近いのではないだろうか。
たとえばトロント・ブルージェイズは「藍鳥」。帽子にもかわいらしい青い鳥の絵が描かれていますね。テキサス・レンジャーズは「遊騎兵」で、ヒューストン・アストロズは「太空人」。「太空人」は宇宙飛行士のことである。
ミルウォーキー・ブリュワーズは「醸酒人」,「酒を醸す人々」である。ミルウォーキーがビールの産地であることからついた。日本ならばさしずめ「越後杜氏隊」といったところか。かっこいいですね。
中国、台湾ではあいかわらず日本といえばゲーム、アニメという人も少なくない。
あちらでもファンの多い「名探偵コナン」は「名偵探柯南」。これは音訳。
「HUNTER×HUNTER」は「猟人」。こちらは意訳。「猟人・猟人」にはならないらしい。
いわゆるサブカル的なものは直訳になっていないことも少なくない。原題のひきうつしよりもイメージを伝えて受け手に訴えることを重視するからだろうか。
近ごろ映画が公開されて人気が再燃している「スラムダンク」。中国や台湾の観光客が“聖地巡り”をしていることをご存じの方も少なくないと思うが、これの中国語版は「灌籃高手」。「灌籃」が「スラムダンク」である。そのあとにくっついているのは「名人」「名手」「手練れ」といったことば。つまり「スラムダンクの名手」、タイトルが伸びています。
「ワンピース」は筆者の記憶だと以前は「海賊王」だったのだが、台湾に住んでいたころ(2013~2019)、テレビでは「航海王」と言っていた。「海賊」を声高に言うのは不穏だからか?でも、作中で主人公がしっかり叫んでいたような気もするのだが…。
「海賊王」にせよ「航海王」にせよ、元のタイトルとは音も意味も直接の関係はない。マンガの内容を踏まえて新たにつけたもので、翻訳というよりむしろ命名に近い。
最近では「SPY FAMILY」が「間諜家家酒」とされているのが目についた。「間諜」は日本語同様そのまま「スパイ」だが「家家酒」は「おままごと」である。「本当の家族ではない人たちが家族を演じている」ということでつけたのか。タイトルの時点ですでに「ネタばれ」になっていないか。しかしそのほうが中国語読者にはわかりやすい、ないしはおもしろそうに聞こえるのであろう。
時を経て訳語が変わる場合もある。
「ポケットモンスター」は当初「神奇宝貝」と訳されていた。「ふしぎなたからもの」である。「宝貝」には「赤ちゃん」をはじめとする「小さくてかわいい大切な子」という意味もあるので、あのかわいらしいモンスターたち(かわいらしくないのもいる?)をさすことばとして選んだのだろう。
それが、日本でも「ポケモン」という略称が定着し、アルファベットでも「Pokemon」と書かれるようになったからなのか、中国語の訳語に変化が見られた。
筆者の個人的な感覚では「Pokemon Go」が出たあたりではないかと思うのだが、そのまま音訳で「宝可夢」と書かれるようになったのである。「モン」を「夢」とするのは「多啦A夢(ドラえもん)」と同じである。「宝」は無理にカタカナで表記すれば「バァオ」のような音だが、すばやく発音されると日本人の耳には「ボォ」のように聞こえる。また、標準中国語には日本語の「ケ」のような音がなく、「可」は「コ」と「ク」の間のような音である。ちょっと油断すると「バケモン」とか「バカモン」みたいになってしまうので注意。その「バッカもーん」の波平さんでもおなじみ「サザエさん」は「海螺小姐」……と言うとでも思ったら、中国でも台湾でも「サザエさん」は漫画もアニメもほとんど知られていない。私自身、訳語を聞いたことも見たこともありません。日本のアニメといってもなんでもかんでも受け入れられるわけではないようです。
かつては中国語の外来語は、「入って来た当初は音訳、そのモノや概念が定着するにつれ意訳にとって代わられる」と言われていた。「因特(インター:音訳)網(意訳)」が「互聯網(意訳)」になったように。
しかし、この「機器猫(意訳)」から「多啦A夢(音訳)」、「神奇宝貝(意訳)」から「宝可夢(音訳)」はちょうど逆の流れだ。生の音声を含む外国の情報に容易に直接アクセスできるようになって潮目が変わったのでしょうか。ちょっと気にして観察を続けていこうと思います。
芸能界は意訳が多い気がする。
サザンオールスターズの「南天群星」はもちろん意訳。「いきものがかり」は「生物股長」。「股長」は企業の「係長」や「チーフ」にあたる。「いきものがかり」よりずいぶん出世しているようだが、大陸の中国語の簡体字では「係」は「系」に包摂され、「生物系」と書くと「(大学などの)生命科学専攻」と誤解されてしまうのでそれではいかん、ということなのかもしれません(たとえば文学部中国文学科は「文学院中国文学系」となる)。perfumeは「電音香水」。「電子音」という語が加えられています。そのほうが「ほんとの香水ではなくあの歌手ですよ」という情報が伝わりやすいということでしょうか。ももいろクローバーZは「桃色幸運草Z」、略称「桃草」。そこに属する高城れにさんは「高城蕾妮」と書かれる。「Z」は英語の発音のどおり「ズィー」と読まれるので、おなじみの「ゼーット!」にならない。もっともかつての「マジンガーZ(無敵鉄金剛)」などの流れもあるので、「Z:ゼット」は日本由来の外来語としてあちらのファンに理解されている節もある。
とはいえ、最近はアルファベットの芸名やグループ名がやたらと多くて翻訳が追いつかないせいか、そのままアルファベットで書かれている例も多数目にする。Official髭男dismがそのまま台湾の新聞に書かれているのを見たときはびっくりしました。「髭男」は標準中国語では「ツーナン」のような音になるので全然「ダンディズム」じゃなくなっちゃうんですけどね。
さて、それでは最後にひとつクイズを。日本の芸能人のなまえです。
——卡莉怪妞
そんな人知らないよ、という方もご用とお急ぎでなければちょっとお考え下さい。前半が音訳、後半が意訳です。
ちょっと訳した人の個人的な感想が出過ぎているような気もするが…。
正解は後日……にわざわざ出さずとも気になる方は「谷歌一下」していただければすぐにわかると思います。
デジタルにはじまっておかしなところに話が至ってしまったが、これからもデジタル技術の進展とそれにともなう翻訳語の増加と変化と付き合い続けるしかなさそうなのは確かである。脳の容量が心配ですね。
February 19, 2024