特任研究員 澁谷秋
「本は丁寧に扱いましょう」というフレーズは幾度となく聞いたことがあるだろう。まして図書館で勤務するものにとって本は財産であり、書き込みや破損はもってのほかである。また、書誌学を学ぶ者にとって古い本は至高の香りを漂わせ、書庫は宝の山のようにも見えるものだ。
朝鮮本が日本に伝わった経緯はさまざまある。どのような経緯で日本に伝わったのであれ、いずれのものも日本においては貴重な扱いを受け、現代まで伝えられてきた。現在日本にある多くの朝鮮本が破損や日焼けなどせず、原装・原糸を保つものがあることからもその一端が知れる。
ところで、現在日本の研究機関に伝わる朝鮮本を見ていると、ある特徴を持った朝鮮本に遭遇することがある。天(本の上部)と地(本の下部)のどちらか、あるいは両方が裁断されたものである。貴重であるはずの書物を断ち切るとはなぜなのか。
東京大学総合図書館南葵文庫所蔵『三綱行實圖』(A00:5994)
こちらは一見裁断されていないようにも見えるが、欄上の文字ぎりぎりに合わせて天(本の上部)が裁断されている。地(本の下部)も匡郭線に合わせて裁断する。
この本は朝鮮時代に刊行された『三綱行實圖』であるが、画面左の表面に絵を描き、画面右側の裏面に絵の内容を漢文で説明し詞と賛をつける。さらに匡郭上部にあえて余白をつくり、漢文の朝鮮語訳(諺解vernacular)を付すつくりである。
東大総図本はハングル上部ぎりぎりで裁断されていたが、こちらはまだ優しいもので、以下のものは容赦なく諺解部分が切り落とされる。
国立公文書館内閣文庫所蔵『三綱行實圖』(子248-0005)
(左)国立公文書館内閣文庫所蔵『三綱行實圖』(子248-5) (右)国立公文書館内閣文庫所蔵『三綱行實圖』(299-0151)
西荘文庫旧蔵『三綱行實圖』
朝鮮本はもともと本のサイズが大きいことが特徴であるが、和本や唐本に比べ大きすぎるがゆえに保存上の理由で小さくされたとする説がある。また、朝鮮語訳された欄上の諺解文を裁断することは、当時日本の読書人がハングルを読まず、漢文だけを読んでいたことに因るものとも考えられよう。このような特徴を持つ朝鮮本は現在国立公文書館内閣文庫に納められているものに顕著に多くみられる。
こうなってしまうとハングル文献を研究する筆者にとってはお手上げとなり、残された部分の情報をぼんやり眺めるほかないのである。みなさん、本は大切にしてください。
10.Jun.2024