U-PARL(東京大学附属図書館アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門)は2019年3月末で第一期の5年間を終えることになります。この5年間で、部門が構築を支えるアジア研究図書館もようやく輪郭が見えてきました。そこで、2020年度に開館が予定されているアジア研究図書館の新設に向けて、研究者とライブラリアンの叡智を結集させることにより、研究図書館における「知」のあり方を模索すべく、U-PARLシンポジウム「むすび、ひらくアジア3:図書館をめぐる知の変革を開催致しました。
東京大学附属図書館U-PARLシンポジウム:むすび、ひらくアジア3
図書館をめぐる知の変革
2019年1月26日(土)13:00〜17:30
東京大学本郷キャンパス 福武ホールB2 福武ラーニングシアタ
プログラム
13:00 開会の辞 蓑輪 顕量(U-PARL部門長, 大学院人文社会系研究科)
13:10 趣旨説明 永井 正勝(U-PARL副部門長)
13:30 オープンサイエンス時代の新たな図書館員像 〜データライブラリアンに求められるスキル標準とその育成〜
■ 尾城 孝一(国立情報学研究所オープンサイエンス基盤研究センター)
14:00 橋を築け、橋になれ 〜ライデン大学のアジア図書館と橋渡しとしてのサブジェクト・ライブラリアン〜
■ ナディア・クレーフト(ライデン大学アジア図書館)
15:15 図書館に溶け込む世界の知識 〜資料と空間と人の新たな関係〜
■ 宇陀 則彦(筑波大学図書館情報メディア系)
15:45 アジア研究図書館の可能性と方向性
■ 小野塚 知二(アジア研究図書館長, 大学院経済学研究科)
16:25 パネルディスカッション
熊野純彦, 小野塚知二, 蓑輪顕量, 尾城孝一, ナディア・クレーフト, 宇陀則彦
17:25 閉会の辞 熊野 純彦(附属図書館長, 大学院人文社会系研究科)
本シンポジウムは、U-PARL副部門長の上原究一先生の司会により、進められました。
最初に、U-PARL部門長の蓑輪顕量先生により、開会の辞が述べられました。その後、U-PARL副部門長の永井正勝先生から開催趣旨が説明されました。
開催趣旨では、最初にU-PARL第一期5年間の成果が総括されました。その最も重要なものは、フロアプランの制定、図書分類の提案と実用、図書の購入、データベースの購入というアジア研究図書館構築支援です。アジア研究図書館のフロアーの工事は2019年4月に完成しており、今後は2020年の開館に向けて図書の移管を行なっていく必要があります。
この5年間はオープンサイエンス化が大きく推進され、論文等へのオープンアクセスは、図書館のリポジトリを活用するなど、かなり充実したものとなりつつあります。しかし、現在は、論文だけではなく、むしろ論文等の根拠となったデータのオープン化、つまりはオープンデータ化が求められています。このような潮流を受け、図書館あるいは研究者はどのように対応すればよいのでしょうか。この課題を考えるために、尾城 孝一先生(国立情報学研究所オープンサイエンス基盤研究センター)に発表をお願いしいた次第です。
東京大学には現在30にも及ぶ図書館・室があります。さらに、各部局の研究室にも図書が蓄積されております。アジア研究図書館の構築は、これらの分散する資料を集約させる試みでもあります。世界でも、分散した研究資源を集約させる試みが取れており、その先駆的な事業がライデン大学アジア図書館でした。本日は、ライデン大学アジア図書館のサブジェクト・ライブラリアンであるナディア・クレーフト先生にオランダよりお越し頂き、図書館新設の様子、サブジェクト・ライブラリアンの業務、今後の課題、などについてご説明を頂くことに致しました。
アジア研究図書館が開館した後に、研究者・利用者は、その蔵書とどのように向き合い、知の変革を成し遂げていくのでしょうか。図書館の蔵書と学知の接点について考えるために、宇陀 則彦先生(筑波大学図書館情報メディア系)に発表をお願いした次第です。
最初の発表者である尾城孝一先生(国立情報学研究所オープンサイエンス基盤研究センター)からは、オープンサイエンスとりわけオープンデータ化について、最新の動向をお話し頂きました。
要点として、①オープンサイエンス時代の研究データ管理はグローバルスタンダードであること、②研究データ管理にはコストや時間がかかること、③機関の組織的なサポートが不可欠なこと、④研究データ管理を担うのが「データライブラリアン」であること、の4つが取り上げられました。なかでも、「データライブラリアン」の養成は喫緊の課題であり、そのための取り組みとして、教材開発(『オープンサイエンス時代の研究データ管理』『研究データ管理サービスの設計と実践』)やデータライブラリアンのスキル標準(コンピテンシー)の策定に関する事例が紹介されました。
2件目の発表である「橋を築け、橋になれ〜ライデン大学のアジア図書館と橋渡しとしてのサブジェクト・ライブラリアン〜」ナディア・クレーフト(ライデン大学アジア図書館)では、新図書館創設の実践例として、ライデン大学アジア図書館の取り組みについてご説明をうかがいました。
最初に、(1)サブジェクト・ライブラリアンの業務内容の紹介がありました。それによれば、学部との連携、コレクション構築、学生・院生・教員へのチュートリアル、が主な業務だとのことです。特に学部との連携を核として、コレクションの選定やチィートリアルの方向性が定められます。サブジェクト・ライブラリアンは、図書館の顔として、学部などの組織と図書館とを結ぶ橋渡しが重要だとのことです。
二つ目の話題として(2)キュレーター業務の説明がありました。キュレーター業務は兼務として担当しており、貴重書の購入・目録作成、展覧会の実施、訪問する研究者の支援、を行なっているそうです。
最後に、現在の勤め先である(3)アジア図書館の紹介がありました。本図書館は3つの図書館を統合させることにより、2017年9月14日にオープン致しました。ライデン市内では、アジア学に関する長い研究の蓄積があるのですが、アジアに関するコレクションが分散していたようです。そこで、アジア学のためのHUBを作成する目的でアジア図書館が構想されたようです。現在、500万冊の蔵書を誇っており、コレクションを世界(研究者・学生・一般)に開くという使命を担っているそうです。また、デジタル化やデジタル・ヒューマニティーズに貢献することや、研究のためのコミュニティー作りも大切な使命となっています。
三番目の発表は宇陀則彦先生による「図書館に溶け込む世界の知識 〜資料と空間と人の新たな関係〜」でした。
お話の核は、「記録を介した知識共有現象」を考えるものでした。つまり、「人が頭の中に持つ知識知識」(テキスト空間)と「記録された知識としての情報資源空間」(ドキュメント空間)の間に相互作用があるという指摘でした。
人間は、自らの頭の中の知識(テキスト)を外部に出して、記録された知識(ドキュメン)として拡大させます。そして図書館には書籍や雑誌などのドキュメントが配架されています。その一方で、ドキュメント空間として図書館において、人は、曖昧な考えをテキスト化し、意外な言葉の組み合わせや自分の語彙にない言葉に気づいたりします。つまり、ドキュメント空間に入ることにより、個人の中のテキスト空間の言語化やテキスト空間内部での相互作用が生まれるのです。このようなテキスト空間内部での相互作用が間テクスト性と言えるでしょう。また、「間テキスト性」をドキュメント空間に持ち込むことにより「間ドキュメント性」が生まれるのですが、この点については、パネルディスカッションで示されました。
以上、3名のゲスト・スピーカーの発表を受け、東京大学アジア研究図書館初代館長の小野塚知二先生より、「アジア研究図書館の可能性と方向性」を話して頂きました。
大学というのものは、伝統的に学問の方法別に組織されてきたものであるため、資源の集約も、学問の方法別に行われてきました。しかし、今や、学問の方法は大きく変わろうとしており、「文理」や専門分野を超えた知の統合・融合・連携が必要になっています。その一つの方向性が、対象別資料の集約とそれによる専門分野間の、研究者と研究資源お、学外・国外諸機関の、様々な架橋(bridging)だと言えます。アジア研究図書館は、まさにその試みの1つとなります。
研究資源の集約の意義・効果は次の点にあるでしょう。文書(document)からテクスト(text)を読み取り、それが他のテクストと結び付けられること、つまり文脈(context)の生成が図られます。また、文書を何らかのルールに従って配列すると、一つの文書は他の文書と結び付けられ、「書脈(condocument)」(宇陀先生の言われる「間ドキュメント性」)が生成されます。東京大学にアジアに関する文書の書脈を創るのが、研究資源の集約の意義・効果だと言えます。
これを達成するためには、専門図書館を土台にして形成され、また、専門図書館を支える人材としてサブジェクト・ライブラリアンが必要だと言えます。また、研究者を擁した研究図書館として、アジア研究、とりわけアジアに関する文書の総合的な研究を行なっていきたいと言えます。
パネルディスカッションでは、熊野純彦付属図書館長のご挨拶の後、全体の発表の総括が行われ、サブジェクト・ライブラリアンの位置付けやアジア研究図書館の構築課題などが議論されました。
今回のシンポジウムには、特に図書館関係者の参加が多く、参加者の方々からU-PARLに関する応援も頂きました。ご参加の皆様方にお礼を申し上げます。