東大には5千人近い教員と千人を超す特任研究員がいるそうです(参考はこちら)。その中にはあなたの知らない「アジアに関わる研究」をしている人が、きっとまだたくさんいるはずです。新コーナー「アジア研究多士済々」では、いろんな先生にそれぞれのアジア研究、そしてそれぞれの図書館についてうかがっていきます。
記念すべき第一回は工学部国際プロジェクト研究室講師の小松崎俊作先生にお話をうかがいました。
小松崎俊作先生
工学系研究科社会基盤学専攻国際プロジェクト研究室講師
シビルエンジニアリングから見るアジアの固有性と普遍性
「土木は、自然・人・社会を扱う学問です」
― そもそものご専門は土木ですが、海外では公共政策で学位をとられていますね。
最初は天文学がやりたかったんですが数学があまり…(笑)。次第に文理両方の要素があるものに興味を持ちまして、土木へ至り、公共政策への流れもごく自然でした。
― 「土木」にはそもそもそういう文系的な一面があるのでしょうか?
英語では「Civil Engineering」ですからね。建設系三学科(社会基盤学科(*2004年に「土木工学科」から名称変更)、建築学科、都市工学科)は、そもそも人と社会を扱うもので、特に土木系は、自然・人・社会を扱う学問です。
― アジアの研究はどう始まったのですか。
そもそもは土木工学科が社会基盤学科に変わり、指導教官の堀井秀之教授が国際プロジェクトコースを立ち上げた頃の経緯にさかのぼります。私は応用力学/岩盤力学研究室を卒業したんですが留学から帰ってきたら国際プロジェクト研究室になっていました(笑)。それで、自分の関心と国際的文脈の接点を考えて、最初に取りかかったのがジャカルタの地下鉄計画の研究でした。
― ジャカルタ以降のアジアとのご縁は?
かなりあちこちやってます。発展途上国におけるインフラ整備を制度的にとらえたいとの興味から、特にPPP(Public Private Partnership)を焦点に研究してきました。たとえば本研究室の学生の研究で、ジャカルタの水道事業があります。イギリスの企業が撤退した後、シンガポールの企業がPPPで一定の成功を収めた事例です。新興国の企業がPPPで成功し、しかもそのトップが日本企業で学んだ日本流の経営システムを活用していた、興味深いケースでした。ほかにマニラの水道・電力事業、バンコクの都市鉄道や高速道路、ハイダラーバードの水道事業、インドの下水処理と、いろいろなPPPを扱ってきました。
もう一つの興味の焦点はエネルギーの、特に広域展開、リージョナル・インフラストラクチャーです。電力自体への関心と言うより越境インフラがどう調整・実現されるかに興味があります。三つ目の焦点は日本企業の進出。インドの事例が結構多いです。もちろん中国も。この三つの柱の下に、いろいろなケースを扱ってきました。
「工学系としては、「個別」と「普遍」とのあいだを行き来する視点が必要だと思います」
- 研究の中で、アジアの各地域の「ご当地性」は感じますか?
それはあります。たとえば共産主義、社会主義の影響のある地域とそうでない地域の差は大きく感じますし、より古い歴史にさかのぼる違いも多いと思います。ただその一方で、工学系としては、そういう「個別」と「普遍」とのあいだを行き来する視点が必要で、特にその普遍性の方をできるだけ追求したいとも感じています。
- 東大工学部とインドのプロジェクトが進んでいるとのことですが?
文科省の「大学の世界展開力強化事業」プロジェクトの一環で、工学部がメインとなって平成26年からIJEP「日印産官学連携による技術開発と社会実装を担う人材育成プログラム」をやっています。本研究室では、IITハイダラーバードと学生が行き来し教育プログラムを展開するなど、密接な関係を築いています。
「複数のアルゴリズムで情報を多面的に集めることが大事です」
- 文献はどう使われますか?
ある研究を始めるにあたっての入り口として、和文か英文の書籍を利用するのが多いですね。本学科では、ハーバードで発達した「ケースメソッド」を教育に利用していて、ASNETの学部向け講義「日本・アジア学概論」でもデリーの地下鉄のケースを用いましたが、そのために教育用の「ケース」を書き起こす必要があります。それには研究・教育の方向性に応じた適切な情報構成が必要で、そのための研究に書籍が役立ちます。例えば、バンコクの首都高速道路を例に「途上国におけるPPPに日系企業が参与する際のリスク」について学ぶケースを書く場合、PPP事業の困難の背景にある軍部と王族と財閥の間の緊張関係の理解が不可欠ですが、そういった理解を得るにはまず様々な書籍で学ぶ必要がありました。
- 論文を探すときのツールはなんでしょう?
大学のサーチエンジンとGoogleとGoogle Scholarの三つを合わせて使います。大学のものでは、昔はUT Article Search(2013年度で終了。TREEが拡大的に継承)をよく使っていましたが、今はやはりWeb of Scienceや CiNiiですね。複数のアルゴリズムで情報を多面的に集めることが大事だと思います。日米のAmazonの「おすすめ」表示もよく使っています。
- 最近のオープンデータの求めに向けて何か特にされていますか?
何より論文を書くことが一番で、ことさら何かということはないですが…。ただ、研究室では、研究データは研究室内で蓄積・共有しています。研究室設立以来の15年間に提出された卒論や修論に使われたデータは、たとえばインタビューのスクリプトのようなものも、研究室のネットワークストレージに蓄積されていて、研究室内では自由に利用できます。ほんとうはオンラインストレージサービスにあげて検索性をあげるとよいのですが。データの公開や共有にあたっては、ストレージにただ入れれば検索ができるようになる、シンプルな仕組みが望ましいですね。
「図書館には、デジタル化社会に普及している検索アルゴリズムと異なる独自性があると思います」
-「図書館」の課題は何でしょう。何か期待はありますか。
最近の学生はGoogle検索もあまり使わず、知っている人からSNSで聞いてしまうなど、一面的な情報獲得に傾いているともいわれます。しかし、データのvalidationを確保するには、情報検索のアルゴリズムを多様化しておくことが大切です。その意味で、図書館の書架の本の並びにはほかにない論理があり、貴重だと思っています。学生には、おもしろい本が一冊でもあったら、図書館の棚でその本の周辺を見てみるようにと伝えています。ほかの検索とは全く違う本が見つかることがあるからです。図書館情報学に基づく、人の手の入った分類には、デジタル化社会に普及している検索アルゴリズムとはやや異なる独自性、有益性があるように感じます。この、「図書館という情報ストレージ」のアルゴリズムの有益性が学生にうまく伝わり、使われていくことを期待しています。
また、建設系の者としては、スペースとしての図書館の機能も重視しています。昨年まで、コロンビアのメデジン市にできた図書館が人々の行動にどう影響したかを研究していました(一部成果を以下に公開。国土政策研究支援事業(平成27年度研究成果)小松崎俊作・尾﨑信「景観デザインによる社会イノベーションのメカニズム分析」)。治安の悪いメデジン市で、公園と公園図書館が都市の変化のシンボルとなった経緯を研究しました。建築と空間が人に与える影響はとても大きいと思います。新図書館計画の設計担当の川添善行准教授は以前うち(社会基盤学専攻)の助教をされていたんですが、川添先生が設計される際のデザイン思想にもやはり共通するものを感じます 。
- 最後におすすめのアジア関連書籍一点を教えてください。
思い入れのある一冊というと、この末廣昭『タイ:開発と民主主義』(岩波新書、1993年)です。初めて教育用に書いたケースがタイの事例で、その時出会いました。実はこのケースはすでにハーバードでも書かれていたのですが、どうも不足を感じて、自分なりに書き直そうとする中で読んだんです。これを読んで、ケースの成否の要因は、ここまで深く掘り下げてはじめてわかるものだと感じました。事例は92-3年のものでしたが、その理解には、さかのぼってコンテクストを見なくてはならないとわかりました。その後タイについて幅広い本を読もうと思った入口ともなった本です。
-本日はどうもありがとうございました!
◀小松崎先生とおすすめの一冊(*こちらは学生向けに購入したアンコール復刊版とか)。現在学習院大学国際社会科学部長の末廣先生は、前U-PARL兼務教員で「アジア研究図書館」計画の立役者のお一人。第一回のインタビューでそのご著書が出たのもうれしい驚きでした。