特任研究員 須永恵美子
4月の徳原靖浩特任助教のコラムで、オマル・ハイヤームが紹介されていた。
オマル・ハイヤームと聞いて私が思い出すのは、流麗な四行詩でも岩波文庫でもなく、夜のイスラマバードで食べた羊肉のケバブプレートである。イスラマバードの目抜き通りのオフィス街にイラン料理店「オマル・ハイヤーム」があり、お勧めと聞いて現地在住の友人に連れて行ってもらった。
オマル・ハイヤームは、イランのお隣パキスタンでも人気の詩人で、レストランのメニューにはペルシア詩が書かれていた…ような気がする。このとき私は外食できることが本当に嬉しくて、美味しい美味しいと言いながらケバブを平らげていたので、ペルシア詩に気を配る余裕がなかったのだ。
パキスタンで調査をしていると名乗ると、「現地で危険な目にあったことはあるか?」「不自由しないか?」などと聞かれるが、実は身の危険を感じた記憶は無い。それよりも、フィールド中に不便と感じるのは「一人で外食ができないこと」である。
パキスタンは美味しい料理が山ほどあるものの、一人で食事をとる習慣が無く、外食文化が発達していない。食に保守的なところは隣国インドと似ていて、食事は家族か雇いの料理人が作ったものを家で食べること、朝も昼も晩もパキスタン料理を食べることが習慣である。学校給食や社員食堂のようなシステムは珍しく、昼食はお弁当を持参するか、サモサなどの軽食で済ませて帰宅後にしっかり食べる。
レストランは気合の入ったBBQや中華料理、最近ではイタリアンなどが多く、家族やグループで訪れるものとされる。親戚一同20人の大所帯で押しかけても、待たされることなく席に案内してくれるのはありがたい。ハンバーガーやピザといったファミリー向けのファストフード店も都市部に増えている。しかし「地元の料理をさっと食べられる屋台」や「小さな個人経営の食堂」が少ないので、フィールド中の(特に女性)一人での食事に困ることになる。
もう一つ、「お酒も飲めないし、毎日カレーばかりで窮屈ではない?」という質問もよく聞かれる。確かにお酒は手に入らないし家庭料理はカレーばかりだが、カレーといっても汁のない野菜炒めから一晩煮込んだ牛肉のスープまで何十種類もあるので、飽きることはない。
カレーといえば、南アジア研究の第一人者である東京大名誉教授辛島昇先生が思い出される。辛島先生のご専門は歴史学だがとにかくカレーにお詳しく、『カレー学入門』(1998)や『インド・カレー紀行』(2009)など、数々のカレー本を出版されている。2015年に亡くなられた辛島先生の1000冊近い旧蔵書は、U-PARLで整理を行い、アジア研究図書館に「辛島昇文庫」として所蔵されている。辛島昇文庫には、南アジアの食文化に関する資料が多く含まれている。以下に、国内でアジア研究図書館にのみ所蔵される資料の一部を挙げておく:
- Hindu cookery : vegetarian and non-vegetarian(1963)
- Sea-food dishes (1971)
- Delicious Bengali dishes (1975)
- Indian meat and fish cookery (1977)
- Charmaine Solomon’s Indian cooking for pleasure(1978)
- Indian cooking (1981)
(辛島昇文庫の検索方法は、東京大学のOPACで[詳細検索]を選び、[文庫区分]のタブから[辛島昇文庫(総アジア)]を選ぶ。)
こうした資料の中には、食材やスパイスの使い方だけではなく、食事をとる環境への言及も多い。食文化とは「何を食べるか」ということに加えて、「どう食べるか」も大切なのだと噛みしめる外食事情であった。
June 7, 2022