「第110回デジタルアーカイブサロン:古代エジプトとコプトのデジタルアーカイブ」発表報告
永井正勝
このたびご縁があり、アート・ドキュメンテーション学会(JADS)のスペシャル・インタレスト・グループ(SIG)の1つであるデジタルアーカイブサロンにて、関西大学KU-ORCASの宮川さんと一緒にお話をさせて頂きました。そこで今回は、自分の発表部分を中心にサロン参加の報告をしたいと思います。
第110回デジタルアーカイブサロン (通算132回)
テーマ:古代エジプトとコプトのデジタルアーカイブ
話し手:宮川創(関西大学)、永井正勝(東京大学)
日時:2020年8月7日(金) 18時30分から
方法:Web会議システムを利用したオンライン開催
第110回デジタルアーカイブサロン
https://www.facebook.com/events/322706785568573/
アート・ドキュメンテーション学会
http://www.jads.org/guide/guide.htm
(1)全体の流れ
最初に主催から開催主旨に関する報告がありました。その後、関西大学東西学術研究所アジア・オープン・リサーチセンター(KU-ORCAS)ポスト・ドクトラル・フェローの宮川創さんより、エジプトの歴史、エジプト語の文字と言語、ヨーロッパでのエジプト語の解読、ヨーロッパのプロジェクトについて説明がありました。この説明だけでも、90分を費やして説明すべき内容の濃いものでした。その後、永井がヒエラティック資料のデータベースの説明を中心に30分ほど話を致しました。最後に宮川さんより、ご自身の研究テーマである「シェヌーテ「第六カノン」デジタル化プロジェクト」等に関する発表がありました。
以上の内容ですでに予定していた時間を超過しておりましたが、続いてオンライン懇親会が開催され、遅くまで有意義な意見交換の場となりました。なお、参加人数ですが、最大時で80名を超えていたようです。
(2)発表内容
話のタイトルは以下のものです。このたび、デジタルアーカイブサロンの主催者より許可を頂いたので、当日の資料に加筆訂正を施したファイルを公開致します。
永井正勝「ヒエラティック資料とヒエログリフ資料の3つのオープン化:Hieratic Database Project」
→資料(PDFファイル)
話しの構成は以下の通りでした。
- 1.デジタル化の原動⼒
- 2.デジタル化の対象
- 3. Hieratic Database Project の概要
- 3.1 Papyrus Abbott Database
- 3.2 Möllerの字典
- 4.まとめ
それでは、順を追って内容を紹介しましょう。なお、以下に掲載するページはPDF資料のページです。
1.デジタル化の原動⼒(pp.2-19)
私がデジタル化を行っている原動力には以下の3つがあります。
- ①原資料に基づくテキスト研究の推進( pp.2-15)
- ②研究⼿段としてのデジタル化( pp.16-18)
- ③研究資源のオープン化(p.19)
このうち、①「原資料に基づくテキスト研究の推進」がそもそもの発端です。つまり、エジプト学では翻刻を底本として分析を行っていて原資料を確認していないのではないかという憤りがデジタル化の根底にあります。原資料の写真をデジタル公開すれば、翻刻のみに頼る人が自ずと減っていくのではないかと期待しています。また、③「研究資源のオープン化」では、3つのオープン化として以下の3点を挙げました(p.19)。
- オープン・データ(資料画像)
- オープン・アノテーション(⾔語記述)
- オープン・ツール(字典、辞書)
これらのオープン化を行っている個人的な⽬的は、(1)研究資源の保存、(2)研究成果の社会還元、(3)後進育成、にあります。
2.デジタル化の対象(pp.20-24)
私の趣味のうち、学術寄りのものは、「遺跡・博物館巡り」「カメラ」「エジプト語(あるいは古代文字)」です。「遺跡・博物館巡り」によって原資料を確認し、「カメラ」を使って原資料の写真を撮り、写真を使って文字資料を読みます。こういうことをしているので、必然的に、画像と文字資料を統合させたデータベースでも作るか〜という流れになりました。
元来、画像(オブジェクト)を対象としたデータベースと、文字資料(ドキュメント)を対象としたデータベースとが存在しています(pp.22, 24)。それに対して、私が作ろうと思ったのは画像(オブジェクト)と文字資料(ドキュメント)とを統合させたデータベースであり、その結果として誕生したのが「Hieratic Database Project」だったのです。
3. Hieratic Database Project の概要
3.1 Papyrus Abbott Database(pp.25-29)
このプロジェクトは私が筑波大学に在職していた2012年に同じ筑波大学の和氣愛仁さん、高橋洋成さんと一緒に始めたものです。2016年から私がU-PARLに移り、高橋さんも現在は東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所に所属されています。また、2019年からは、当時東京大学情報基盤センターに所属されていた中村覚さんに加わって頂いております。その後、中村さんは2020年7月より史料編纂所の所属となりました。
プロジェクトのWEBぺージ名とURLは以下の通りです。
- Papyrus Abbott Database
https://wdb.jinsha.tsukuba.ac.jp/hdb/
このデータベースは画像、文字、単語の情報を1つのプラットフォームで表示するシステムで、とてもリッチな情報を備えています。残念ながら一般公開は行っておりませんので、概要についてはPDF資料のpp.25-29をご覧下さい。
3.2 Möllerの字典
-1 Möller, Hieratische PaläographieのIIIF画像公開(pp.30-35)
東京大学附属図書館アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門(U-PARL)ではアジア研究図書館の構築支援の一環として蔵書構築を行なってきました。そのような蔵書として購入した資料の1つがヒエラティック字典のGeorge Möller, Hieratische Paläographie, 4 vols, 1909-36(初版本セット)です。本書は、現在、総合図書館3階に配架されておりますが、2020年10月1日からは総合図書館4階にあるアジア研究図書館の開架フロアーに配架されます(→東京大学OPACでの書誌情報)。
また、U-PARLでは研究図書館の機能開拓研究も実施しており、その成果の1つとして資料のデジタル公開を行っています。それが「東京大学アジア研究図書館デジタルコレクション」です。このデジタルコレクションについてはU-PARLのページ(→記事にリンク)に詳細があるので、ここでの説明は割愛します。
- 東京大学アジア研究図書館デジタルコレクション
https://iiif.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/repo/s/asia/page/home
「東京大学アジア研究図書館デジタルコレクション」に設けられた「Digital Resources for Egyptian Studies」にて、先に紹介したMöller, Hieratische Paläographieの画像をIIIF形式で公開しています。全ページのダウンロードが可能ですので、ぜひともご活用下さい。
- Digital Resources for Egyptian Studies
https://iiif.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/repo/s/asia/item-set/415095?sort_by=uparl:identifierOfTheData&sort_order=asc
なお、Digital Resources for Egyptian Studiesのコンテンツは現在のところHieratische Paläographie全4巻のみとなっていますが、今後は他の資料を追加していく予定です。
-2 Hieratische Paläographie DB(pp.36-47)
Möller, Hieratische Paläographieは、第1巻の刊行から既に一世紀以上も経っている書籍ですが、ヒエラティックを学習・研究する際には現在でも必要不可欠な字典となっています。とはいえ、古い書籍ですので、文字番号が現行のヒエログリフ番号と異なっていたり、文字が持つ音価から文字を引くことなどができません。そこで、書籍内の情報を検索するためのシステムを別途構築しました。それがHieratische Paläographie DBです。
- Hieratische Paläographie DB
https://moeller.jinsha.tsukuba.ac.jp/
Hieratische Paläographie DBは、2019年12月12日にドイツのマインツで開催されたヒエラティック国際学会にて発表・公開を行いました。現在、世界52ヵ国よりアクセスして頂いております。国際学会の様子については、U-PARLブログ「エジプト文字のデータベース(IIIF活用)が公開されました」をご覧下さい。
このデータベースの使い方の例はPDF資料のpp.37-46に記していますので、それを参考にしてみて下さい。2つ以上の文字を比較する機能(p.46)は特に圧巻だと思います。
4.まとめ(pp.48-49)
最後に、⾃分⾃⾝が今まで⾏ってきたことと今後に⾏うべきこととを図1にまとめてみました。
図1:データベース研究の見取り図(PDF資料, p.49)
資料(オブジェクト)と言語記述(ドキュメント)を統合させたデータベース(HDB Abbott)が最初に構築されました。その後、ヒエラティック字典のIIIF画像公開と検索システムの構築(HDB Möller)を行いました。これだけでも、かなり便利なものができたと自負しております。
しかしながら、日本におけるエジプト語研究の発展を考えると、どうしても辞書が必要となります。そこで、2020年より開始されたU-PARL協働型アジア研究のプロジェクト(→プロジェクト一覧)として私は中エジプト語デジタル辞典の作成に取り組むことに致しました。辞書作成は2021年12月の完成を目指して、2020年8月3日より動き出しました。
さてエジプト語の研究者として、この20年間ほどの日本の状況を見ていると、エジプト語資料(史料)を自らの力で読み解き、資料(史料)の読解を通じて問題意識を提示するオーソドックスなタイプのエジプト研究者がめっきり少なくなったように思えて仕方ありません。そこで私は、2019年度よりインターカレッジの古代エジプト語勉強会を開催することに致しました。この勉強会は2020年度も活動を続ける予定なのですが、コロナ禍ということもあり前期は活動を保留しておりました。今後、秋には勉強会を再開する予定ですが、幸いにも中エジプト語デジタル辞典の作成では、勉強会メンバーの大学院生・学部生が手伝ってくれております。
今後は、ヒエログリフ碑文を対象とした資料(オブジェクト)と言語記述(ドキュメント)を統合したデータベースを作成するほか、ヒエログリフ番号の再整理(p.19)も行なっていく必要があります。また、20年前に執筆した中エジプト語の文法書『ヒエログリフ入門』も改訂しなければなりませんし、新エジプト語の文法書も執筆したいと考えております。取り組むべきことが山積しているという現実を改めて再確認することができた次第です。
最後になりましたが、貴重な機会を与えて下さった主催者・関係者の皆様、そして参加して下さった方々に感謝申し上げます。
[公開日:2020年8月17日]